第162話、タケ、命を掛けて戦う。
ブラッスリーに乗って小一時間。
俺たちの目の前には、ザイアーク王都と思われるものが見え始めている。
なぜ、あえて思われると表現したのか。それは、黒い靄に覆い隠されていてハッキリ都市だと確信が持てないからだ。
「な、何だよアレは……」
「タケさん、森へ行くときの大木が見えますね」
「位置的にはザイアークの筈ですが……手前にスキーをした丘もあります」
「うはは、わらわの方向感覚は正しいのじゃ」
確かに。サラエルドの街から王都へ来るときに通った丘が見える。そして、奥には麗華さんの特訓をした時にイムニーに乗り換えた大木がある。間違いなく、あそこがザイアーク王都で間違いない。
だとしても、アレは何だ。市壁さえも覆い隠す程の闇に覆われた空間は、この世のものには思えない。中がどうなっているのかもさっぱり見えない。
「ブラッスリー。街道に沿って飛んでくれ。できれば門に近い方がいいかな」
「分かったのじゃ」
三つある正門の内、中央門の手前に降り立つ。
手前までくれば中が見えると思ったが、全くそんなことはない。
「これ中へ入れると思う?」
「タケ様、どうやらこれは結界の様ですよ」
結界ね……。俺は地面に落ちてる小石を拾って中へ投げ入れた。しかし、バチッと、静電気の様なモノに弾かれ、小石は跳ね返された。
「チッ。どうなってやがる」
「ふむ、中からは悪意の塊の様な気が蔓延しておるのじゃ」
「ブラッスリーちゃん、それって魔法ってこと?」
「わらわの属性は闇なのじゃ。だから闇のマナには過敏なのじゃ。ただし、このマナはわらわのモノとは真逆。悪いマナなのじゃ」
うん、どういうことだ。マナに善意と悪意があるのか?
「なぁ、ブラッスリー。マナに善意とか悪意とか種類があるのか?」
「わらわの言い方が悪かったのじゃ。闇属性でもこれは呪いの類いなのじゃ。竜族は呪ったりはしない。純粋な攻撃の魔法といえば分かり易いかのぉ?」
あぁ、なるほどね。って、それってザイアーク王都全体が呪われてるってことかよ。呪術師みたいなものか……。
「これを壊して中へ入るにはどうすればいい?」
「それは旦那様は光属性が使えるのじゃ。ならば、それで攻撃すればあるいは……」
ここに来て光属性かよ。炎じゃないだけマシではあるけど。散々ダンジョンで使ったからな。大丈夫か……。こんな街を全体囲う結界は俺でも不可能だぞ。それを心許ないマナで破壊できるのかねぇ。まぁ、やるしかないけどさ。
「そっか、なら、やるしかないな」
時間はたっぷりある。ここは最大限の威力を出すためにフル詠唱で打ち砕く!
「我、光輝の女神ミキノトリーナに願う。我が前に立ちはだかる闇を打ち砕く力を授けたまえ――ホーリーライツ!」
空中に黄金色の粒子が漂う。次の瞬間、それは光の矢に変わり黒い結界へと襲いかかった。矢は結界に当たると激しく発光する。直視できず俺たちは目を反らす。しばらくして、トタン屋根に豪雨が打ち付けるような音が止んだ。
視線を戻し、正面を見ると――黒い結界だけが残った。
「ダメかッ」「「そ、そんな……」」「これは驚いたのじゃ」
今の魔法は、俺の放てる最大限の光魔法だった。それが全く効いていない。
俺たちは絶句する。女神様の寵愛で、俺の持てるマナは頂点に達したはず。なのに、その最大の火力で押して負けた。確かに、ダンジョンで光属性を乱発した影響も少なからずあるだろう。だが、それを見越した上でのフル詠唱だ。
俺はその場にへたり込む。あれでダメなら打つ手はない。
三人の奥さんたちも皆同じ気持ちだろう。中がどうなっているのか分からない状態で、精神的にも、肉体的にも限界を迎えていた。
他に何かないのか。視界に映る使用出来る魔法の一覧をスクロールする。
水属性、水属性、水属性、水属性、水属性、水属性、水属性、水属性、水属性、
水属性、水属性、水属性。火属性、火属性、火属性、火属性、火属性、火属性。
土属性、土属性、土属性、土属性、土属性、土属性。風属性、風属性、風属性。
闇属性、闇属性、闇属性、闇属性、闇属性、闇属性。無属性、無属性、無属性、
無属性、無属性、無属性、無属性、無属性、無属性、無属性。
あとなにかないか、何か。
光属性は……オプトフラージュ、エグザガーダル、ガーダル、サンダーオプト、ホーリーライツ。くそっ。
ホーリーライツで破壊できなかったモノを、サンダーオプトで壊せるとは思えない。どうする。どうすればいい……。
ん、サンダーオプト。確か、サラフィナも同じ魔法を使えたよな。風と土魔法が得意なのがサラフィナだ。でも、その中で唯一使える光魔法がサンダーオプトとガーダルだったはず。二人で攻撃すればあるいは。
「サラフィナ、俺だけじゃここを破壊する事ができねぇ。だから、協力してくれ」
「分かりました。サンダーオプトですね」
「あぁ。これでダメなら……また考えよう。詠唱短縮なしだ。行くぞッ」
「はい!」
「「我、光輝の女神ミキノトリーナに願う。我が前に立ちはだかる闇を解き放つ祈りを我が手に――サンダーオプト」」
二人の体から吸い出された金色の粒子が、天空へ昇っていく。天空に次々と雨雲が集まってくる。周囲の地面をその陰が覆う。次の瞬間、ドドドドドドォォン。俺とサラフィナの全力のマナを集めた稲妻の奔流が黒の結界に衝突する。
その勢いで、激しく地面が揺れた。
「きゃっ」「むっ」
その激しさに麗華さんとブラッスリーが地に手を突く。
天に昇ったマナが完全に消失するまでそれは続いた。
そして、それが収まった時。目の前には俺たちを嘲笑うかのごとく、黒い結界が残っていた。
「そんなッ」「くそぉぉぉぉぉッ」
俺もサラフィナもこれならいけると思った。だが目の前に突き付けられた現実は無情。俺たちから吐き出される失意の言葉も、黒い結界の前にかき消された。
「もうダメだ……。もう無理だよ。クソッ。俺が全力でやっても、皆に力を借りても壊れねぇ。どうやったら壊れるんだよ。ちくしょぉぉぉ!」
俺の叫びは大地に吹きすさぶ風に溶けていく。
いつもなら、まだいける。諦めないでと言ってくれる皆も、今回ばかりは言葉もない。当然だ。持てる力の限りを出し切った結果だ。
誰の目をみても深い諦念に包まれてる。中にいる侯爵家の皆はどうなってるのか、一刻も早く救い出したい。でも、その力が俺にはない。
やりきれない感情。押しつぶされそうな思い。焦燥が自身の中で絡み合う。
――そして俺はキレた。
「くそっ。諦めねぇぞ。やってやるよ。魔力の枯渇なんて気にしねぇ。とにかくこいつをぶっ壊す!」
正直言って勝てる見込みなんて皆無だ。無茶なことだって分かってる。
本当のヒーロー、本当の勇者なら壊せるのかもしれない。だが、俺はそんな偉い者たちとは違う。だから、命を掛けてやるしかねぇ。
「我、光輝の女神ミキノトリーナに捧げる。その代わりに、我が前に立ちはだかる闇を打ち砕く力を授けたまえ――ホーリーライツ」
「なッ、おやめください。タケ様」「旦那様、無理じゃ。諦めるのじゃ」「タケさん」
皆の止める声が聞こえる。
へへっ。俺だって無謀だって分かってる。分かってんだ。けどさ、勇者じゃない俺にはこうするしかないじゃねぇか。命と天秤に掛けてもさ……。
俺を止めようと、皆が駆け寄る。でも、もう遅いよ。詠唱は完了した。
後は、体からマナを吸い出されるだけだ。
「う゛ッ」
全身の血の気が下がる。
視界がぼやける。
その時、遙か後方から光の奔流が黒の結界へと突き刺さった。それとほぼ同時に、俺の全身からマナが消滅した。
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