第161話、タケ、獣人の国へ行く。⑦
「皆、この魔法が成功するかどうかは正直分からねぇ。でも、失敗しても次がある。それじゃ行くよ……。スプリルボイド」
奥さんたちが首肯したのを見届けた俺は、異次元へと皆を誘った。すぐに景色は暗転し、無重力の空間に入る。ふふっ。皆、驚いてるな。
四人の中では俺しか入った事はない。話には聞いていても、聞くのと体験するのはまた別の話だ。勝手の違う空間に翻弄され、皆は手をバタつかせる。
「うわっ、えいっ、これが異次元ですか……本当に無重力なんですね」
「麗華様、足を伸ばすと安定しますよ」
「うははは。これは楽しいのじゃ。竜の姿になってもいいかのう?」
麗華さんは膝を丸めてくるくる回転してる。サラフィナは……うまいな。もう姿勢制御に成功したのか。そして、ブラッスリーよ遊ぶのはいいが、黒竜に変化するのは止めておけ。万一、ダンジョンの中に戻されたら壁にはまるぞ。
「女神様の話ではあんまり時間に余裕はなさそうだ。さっさと移動するよ」
「「はい」」「分かったのじゃ」
俺はザイアーク王都を脳裏に浮かべて、スプリルボイドを解除する。だが、戻ったのはダンジョンの中。さっきまで茶会を開いていたあの場所だった。
「チッ。やっぱ遠すぎなのか……それじゃ、もう一回。スプリルボイド」
再び、俺たちの体は浮遊感に包まれる。
「旦那様よ。ここはどのくらい広いのじゃ?」
「えっ……」
そんな事は考えた事もない。まさか、異次元で移動していないから、元の場所も移動されてないのか? ここでまた思考の渦に落ちる。そんな考えは指摘されるまで浮かばなかった。何が正解か分からない中で、藁をも掴む気持ちというヤツだ。
でも、待てよ。どうやってここで移動すんだ……。
そもそもここは無重力。普通の人間に推進力を発生させる機関はない。
まさかブラッスリーの竜ならできるのか?
「なぁ、ブラッスリー」
「なんじゃ。旦那様」
「竜の姿ならここで自由に動けるのか?」
「やってみないと分からないのじゃ。そもそも旦那様はなぜ竜は飛べると思う?」
「そりゃ、デカい翼があるからじゃないのか?」
何を言ってんだ。
「それは見かけに惑わされすぎなのじゃ。竜はマナで飛んでおるのじゃ」
「あっ、それ聞いたことがあります」
「さすがサラフィナさんですね」
マジか。鳥と竜は根本から違うって事かよ。この空間で魔法を使えるのは既に試した。そして実際に使えた。と言うことは、ここにはマナが存在する。マナがあるということは、ブラッスリーなら移動が可能な訳か。盲点だったぜ。
「じゃ、ブラッスリー。頼む」
「任せるのじゃ」
目の前に空間と同化する様な漆黒の竜が現れる。空間との違いは、ブラッスリーの方は艶やかな漆黒。対して、この空間は先の見えない深淵だということだ。
ブラッスリーは尻尾で俺たちを釣る。釣られた獲物は尻尾から首に移動した。
「それじゃ、できるだけ遠くに移動してみてくれ」
「分かったのじゃ」
一気に後方に投げ出される感覚を受ける。それは前に進んでいるということだ。
ただし、どれくらい進んだのかは全く分からない。星でもあれば分かる。だが、ここには何もないのだ。しばらくするとブラッスリーは動きを止めた。
「この辺でいいかの?」
「うん、ありがとう。上出来だ!」
俺は念のため、皆にフライの魔法を掛ける。ブラッスリーが人の姿に戻ったのを確認してスプリルボイドを解除した。が、出現した場所は元のダンジョンだった。
二度目の失敗。これで異次元では移動しても、出現する場所は変わらないという結果がでた。
エルフの里で、海洋生物相手に何度もスプリルボイドは使った。でも、ここはダンジョンの中。火属性が枯渇したように、無属性まで枯渇すると詰んでしまう。俺は焦り始める。アイテムボックスも、テレプスも、創造魔法も無属性だ。もしこれ以上失敗したら……。背中に冷たいモノが流れる。
「タケさん、大丈夫ですよ」「そうです。まだ二度目ですから」「何度でもやればいいのじゃ」
俺が情けない顔をしてるから、また気を遣われてしまったな。
「ふぅぅぅ」
俺は思いっきり息を吐き出すと、再度、スプリルボイドを発動する。今度は距離を詰めた状態での検証だ。失敗を恐れず、とにかく成功することだけを考える。
「さて、三度目の正直だ! いくよ!」
皆の声援を受けながら、魔法を解除する。思い浮かべるのは、狐の王様。
悪気はなかったと聞いてるが、一発くらいはぶん殴ってやる。そう心に決めて解除した。洞窟の中なら炎が視界に映る。だが、俺の目に飛び込んできたのは……。
「およっ………………」
「おい、狐。随分と手荒い歓迎をしてくれたじゃねぇか!」
目の前に、長椅子のような大きな玉座に横になってる狐がいる。胸に菓子皿を抱き、呆けながらポリポリ囓ってやがった。
「うぉっ…………よく戻ったに」
「よく戻ったじゃねぇ! いきなり落としやがってどういう了見だ!」
「タケ様、ここで狐の相手をしている場合ではありません」
「そうです。早く戻らないと……」
「おい、狐。竜族の姫を落とした報い……分かっておるの?」
おいおい、俺の時と態度が違うじゃねぇか。ブラッスリーに一睨みされただけで、完全に萎縮しちまったぞ。かわいそうに尻尾丸めてんじゃん。
「悪気はなかったに。急いでた様だったから近道を用意しただけに……だから許してほしいに…………」
「っち。そういうことにしとくよ。でも、次はないからなッ」
「分かったに……」
反省はしてるみたいだし、狐の方はこれくらいでいいか。それよりも、早くザイアークに戻らないとな。
「じゃ、ブラッスリー。ここからまた頼むぞ」
「分かっておるのじゃ」
俺たちは謁見の間のテラスに飛び出した。
ブラッスリーがテラスから飛び降りる。次の瞬間に黒竜へと姿を変えた。差し出される尻尾から首に移動した俺たちを乗せると、ブラッスリーは勢いよく大空へ舞い上がった。
残された獣人の王はタケたちが去ると、虚脱したように椅子から転げ落ちた。
「ふぅ、もう来なくていいに……」
すっかり怯えきった口から呟きが零れる。そんな王を、謁見の間に控える兵士たちは、我関せずと目を反らしていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
連日の誤字脱字報告ありがとうごございます。かなり助かっております。
物語の修正は現在22話までしか行っておりません。修正の大きな点は、月一の時間というこの時間軸での時間の数え方を地球時間に変更しています。紛らわしくてすみません。他は、視点をコロコロ変えすぎているので、基本タケ視点に修正しています。
私用で書き出しが連日遅れてますが、毎日、二、三話のペースで話を進める予定です。
ちょっと細かなプロットの方が追いつかなくなってますが……。
では、次回をお楽しみに。