第159話、タケ、獣人の国へ行く。⑤
「それじゃ、もう少し先へ進もうか」
軽い昼食をとった俺たちは、十一階層の攻略に乗り出す。
入る扉を決めるのは麗華さんだ。ここまでほぼ百パーセントの勝率だ。麗華さんに決めてもらった方が早いからな。
「えっと、ではここで」
左から三番目か。十一分の一の確率。これで正解だったらラッキーガールだな。
「じゃ、ここも俺が先に行くね」
扉を開けて中へ入る。うん、これまでと変わらない。レンガを積み上げた通路。苔のような臭い。所々に設置してある松明。どれをとってもこれまでと同じだ。
進むこと五分でそれはやってくる。シュルシュル、と何か擦れる音が聞こえてきた。
「皆、くるよ!」
「「はい」」
「どんとこいなのじゃ」
ブラッスリー、魔物に飛びかかられたら倒されるじゃん。ちゃんとサラフィナの後ろで隠れてろよ。おっ、きた。
「えっ………………」
現れたのは巨大な蛇。しかも、通路の半分を埋め尽くす太さだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
「タケ様、今こそ炎竜の出番です」
「タケさんッ……ウインドウォール」
「旦那様は蛇が苦手なのじゃ」
苦手なんて生やさしいものじゃねぇ。蛇、蜘蛛、毛虫は大嫌いだぁぁぁ!
麗華さんの放った風壁魔法の影響で足止めを食らっている間に、俺は炎の竜を顕現させる。クソッ。チロチロ舌を出し入れして、気持ち悪いんだよ!
「ブレス、ブレス、ブレス、ブレス」
「タケ様、ブレスは何度も命じなくとも大丈夫ですよ」
そんなことは分かってんだよ。でも、恐怖心だけは拭い去ることはできない。
麗華さんの放った風の壁に、ブレスが到達すると一気に炎上した。カエルの液体ですら突き抜けたんだ。風の壁を利用して、一気に畳み込む!
風の壁が炎を巻き取ると、より業火は激しさを増す。いっけぇぇぇ。そのまま押し込むイメージを固める。よしッ。風を貫いた。増幅されたブレスは蛇を包み込んだ。なんだかウナギを焼いてるような香ばしい匂いが漂う。ゴクリ。
「なんだか美味しそうな匂いが……」
「これはご馳走なのじゃ」
「麗華さま、でも、蛇ですからね」
「俺は蛇なんて食わねぇぞ!」
確かに美味しそうな匂いはする。けど、これは蛇だ。
オーストラリアの無人島に、毒蛇が大量に生息する島がある。その動画を見てから俺は蛇が大嫌いになった。その島では一平方メートルの中に数匹の蛇がいるという。あんな悍ましい光景はない。
島に足を踏み入れたら、確実に待ち受けるのは死。
冗談じゃない。この蛇がそれと同じとはいわない。だが、姿形はそっくりじゃねぇか! こいつは、ウナギじゃない。ここで形を残して復活されたら迷惑だ。
俺は姿が見えなくなるまで、ブレスを止めない。一分は続けただろうか。感覚的に抵抗が消えた感じを受ける。ん、倒しきったか?
炎の竜を解除すると、目の前にはただの暗闇だけが残った。
「あぁ。旦那様はひどいのじゃ」
「消滅しちゃいましたね」
「でも、蛇ですからね。お二人とも」
「あははははは。消し炭にしてやったぜ。蛇は死ね!」
なんだか生暖かい視線を向けられてる気がする。だが、これで終わりじゃない。 さっさと先へ進もう。ふふっ、反撃する余裕すら与えぬ。これが蹂躙だ。
「旦那様の視線が……」
「はい。ブラッスリーちゃん。ここは黙っていましょうね」
「そうですよ。きっとタケ様は……」
「はい。サラフィナさんも良いですね……」
「はい。麗華様」
背後でそんな会話をしているが、今の俺は気分がいい。足取りも軽い。天敵を退治した後だからな。うん、実に爽快だ。ふはははは。
「おっ、あった。さすが麗華さん」
「今度も当たっちゃいましたね」
「さすが麗華なのじゃ」
「素晴らしい勘です。もしかすると、長に匹敵するかもしれませんね」
何だと……エルフの長に匹敵だと。確かに、あの長の先読みには感心させられた。だが、それを麗華さんも持ってるというのはどういう……。まぁ、それはいいか。さっさと進もう。
階段を下りると、やはり扉は十二個。ここで時間をつぶして、またデカブツに襲われたらたまらない。すぐさま麗華さんの選んだ扉に潜り込んだ。
カシャカシャ、カシャカシャ。忙しなく歩く足音が聞こえる。はぁ、また虫系かよ。サラフィナがライトの魔法を飛ばすと、そこに映ったのは巨大なムカデ。
「「「ひぃっ……」」」
「あははは。みんな、あんなものが怖いのか? ただの虫なのじゃ」
ただの虫じゃねぇよ。足なんて数えきれないくらいあるし、口の両脇に付いた牙を見てみろ。クワガタみたいにデカいじゃん。あんなのに挟まれたら一刀両断じゃねぇか。
分かってんのかブラッスリー。特におまえが一番危ないんだぞ。
「タケ様。これは、消し炭にしましょう」
「そ、そうね。タケさん、お願いしますね」
「よし! 任された! ファイアドラゴン!」
炎の竜を顕現させようと詠唱したが、顕現できなかった。
「えっ、何で……」
「まさか……」
「サラフィナさん、どうしたんです?」
「あぁ。なるほど……旦那様の体内にある炎属性のマナが切れたのじゃ」
えっ……そんなことがあるのか?
確かにダンジョンに入ってから、何度も炎の竜を連発したけどさ。
でも、俺のマナって女神様のお墨付きだぞ。
「そんな話は聞いたことがねぇぞ」
「普通はそこまで魔法を行使しませんからね。外ならマナに溢れてますから枯渇することは少ないですが、ここは地下ですから」
「となると……どうすんの?」
「簡単なのじゃ。炎属性以外の魔法を使えばいいのじゃ」
へぇ……。そう、そうですか。それなら……。
「ワインドブレード ワインドブレード ワインドブレード」
俺はムカデに接近される前に、風の刃を無数に飛ばした。いくつもの刃はムカデの足を切り裂いていく。牙にも当たるが、それは弾かれた。だが、足はそこまでの強度はなかったようだ。緑の体液が辺りに飛び散る。
「よし、これで動きは封じた!」
「でもこれだとまた復活されてしまいますね」
「ブリザード」
麗華さんがすかさずムカデを凍らせる。よし、これで時間は稼げたな。
「さぁ、復活される前に先へ進もう」
「はぁ、先が思いやられますね」
「タケ様、炎以外の消滅魔法を使えば良いのでは?」
炎属性以外のって言われてもな。後は光属性くらいしか思い浮かばねぇ。まだ十二階層でコレかよ。本当にやってらんねぇぜ。ん、待てよ。マナの補充には一晩眠れば良いんだよな。ということは、ここで野宿すれば回復するんじゃね?
「こいつを光属性で消滅させたらさ……」
『それは認められません』
またいきなり現れたな。小女神。
「何でだよ。炎属性を得意としてる俺が、炎なしでこの先どう戦えと?」
『すみません、ちょっと立て込んでまして……連絡が遅れました。この先に進む必要はなくなりました……』
はぁ。何だそれ。それに何でそんなに青い顔してんの小女神は。あ、それはいつもか……。それにしては、様子がおかしい様な……。
「それで女神様、認められないとはどういう……」
『この先の祭壇が消失しております。ですので、ここからの攻略は無意味なのです』
「はぁ? いったいなんで……」
「どういうことなのじゃ」
「まさか……」
『はい。エルフの娘よ。そのまさかです。既に堕天使は復活してしまいました』
マジかよ。ここまでダンジョンを攻略してそれはないだろう。
しかも、復活だって……。女神と同等の力を持ってるんだろ。それが復活って……。あぁぁぁクソッ。何だっていうんだよ。
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