第151話、タケ、サラフィナの実家に行く。
「迷い人様、討伐ありがとうございました」
全ての魔物を倒した俺の姿は、アルフヘイムの最上階にあった。
相変わらず人形のような長に礼を言われ、『お茶でも』と誘われたが、疲労が蓄積した体だ。丁重にお断りを入れて中央街に戻った。
「それにしてもタケ様は強くなりましたね」
自分の彼氏が褒められて嬉しかったのか、サラフィナの顔もご機嫌だ。
「海中に引き込まれた時には焦ったけどね。でも……」
「「何とかなった」」
なんだか二人の息がぴったり合ってる気がする。
「ふふっ。サラエルドの街で私から魔法を学んだ時もそうでしたね。実際の戦闘になったときに、時間のロスを極力減らす。そのための詠唱短縮も、一つの目標を成し遂げるために前向きに努力してました。だから……」
うん? 何を言いたいんだ?
「だから?」
「私はタケ様に惹かれたのかもしれませんね」
かぁぁ。そんな事を言われたら男冥利に尽きるというか、照れるじゃん。
それはまるでプロポーズのように、俺の心に突き刺さる。
「何だか照れるじゃん」
「ふふっ。麗華様のおっしゃる通りでした。もっと距離を詰めるなら、正直に思った事を言えばいいんですよ。そう言ってくださったので」
そうか。そんな事を麗華さんが。
「皆は、サラフィナと俺がこうなることを知ってるんだよね?」
「はい。応援すると言ってくれました」
「そっか」
はは……。それだけが気がかりだったんだよね。【また奥さんを増やしたんですか】そんな罵倒を浴びせられる想像だって脳裏をかすめてたから。
でも、それなら気にしないで大手を振って帰れる。
今日はさすがに疲れたから、ブラッスリーの件も、神殿へのマナの補給もできなかった。まぁ、マナは一日眠れば全回復するからな。明日だ、明日。
しかし結局、エルフの里を満喫はできなかったな。この島がどこなのか、それすら分かっていない。帰りは船便になりそうだから、それで分かるだろうけど。海の魔物を退治した事で障害は取り除いた。これで海路も使える筈だ。
それにしても、今どこを歩いてるのか分からないな。中央街でエレベーターを降りたけど……遊郭のような宿に帰るんじゃないのか。街の中心からどんどん離れて行ってる気がする。
「えっと、今日泊まる所はあそこじゃないの?」
「はい。今日は私の家にお泊まりいただきますね」
おぉぉ。サラフィナの家か。ちょっと興味があったんだよね。サラエルドの街は店だったけど、寝室には入ったことはなかったし。侯爵邸の部屋は普通の来客用を使ってる。サラフィナの個性を感じる自室はこれが初めてだ。
うん? 家……。と言うことは。もしかして、いや。もしかしなくても家族がいて、エリフィーナとその旦那もいるって事か……。
おいおい、昨日の今日でもう両親にあいさつかよ。やべっ。なんだか緊張してきた。麗華さんの時にも、かなりテンパったからな。
やっぱり、娘さんを俺にください。とか言った方がいいのかな……。
「私の家では嫌ですか?」
ほら見ろ。俺が黙ってしまったから、心配になってんじゃん。
「ううん。嫌じゃなくて……その……何て言うか……二人のことをちゃんと言わないといけないな。そう思ってさ」
うわぁ、珍しい。サラフィナが真っ赤になってる。首に吊してあるデジカメにちゃんと映ってるかな。後で確認が必要だ。
それにしても、以前は俺の胸くらいだった視線が、今は首の辺りとは。本当に女になって背が伸びたんだな。しかも、顔つきまで優しくなったような。
これなら幼女には見えないな。俺の嫁さんだと胸を張って言える。うん。
「あっ、ここです」
そう言って立ち止まった家は、普通の二階建ての家だった。裕福そうでもなく、至って普通の家庭。そんな感じがした。
スライド式の玄関を開けて、案内されるまま中に入る。侯爵邸に慣れ親しんだ俺にはこぢんまりした家だ。でも、下駄箱の上に飾られた花瓶。壁に掛けられてる絵画を見ると、日本の家庭を思い出す。そんな作りだった。
「あら。帰ってきたのね」
そう言って、居間から顔を覗かせたのはエリフィーナ。
「おっ、どれどれ」
続いて顔を出したのは、細身の優しそうな青年だった。俺よりカッコいいじゃねぇか。誰だよ。まさかサラフィナの兄貴か?
「ただいま。父さん」
「えっ」
俺は思わず、呆けた声をあげる。これがオヤジだと……オヤジっていうのは、こう、ヒゲ顔でちょっと腹が出てて、どっしり構えた感じだ。だがどうだ、目の前のオヤジは、俺よりイケメン。宗っちすら劣る超イケメンだった。
動揺して固まる俺に、サラフィナ父が話かける。
「やぁ。君のことはエリフィーナから聞いてるよ。サラフィナがいろいろお世話になってるんだってね……」
えっ、何です。今の……。いろいろの部分で、やけに棘があったような。
「いえ。こちらこそ、いろいろ教えてもらってます」
「へぇ。いろいろ……ね」
ひえぇぇ。やり返された。これ絶対怒ってるだろ。一人娘を嫁には出したくない。そんな父親独特の威圧が感じられるぞ。剛人さんの時は、チャット越しだったから分からなかったけど。正面で話すと良く分かる。
「もう、父さんは引っ込んでて。それよりお風呂は沸いてる?」
くくっ。ざまぁ。サラフィナから冷たい口調で引っ込めと言われて、ショックを受けてやがる。
「はいはい、ちゃんと用意はしてありますよ。さぁ、タケ様、どうぞお先に」
エリフィーナからタオルを渡され、サラフィナの案内で家に上がり込む。
さすがに魔物と戦ったあとだ。俺の服も汚れてる。風呂にでも入って仕切り直せって事だな。
風呂は家の奥の方にあった。脱衣所があって、その奥に扉がある。
「ここです。お湯はたまってるので、お湯のつぎ足しは必要ないと思います。もし足すなら、赤の蛇口をひねってください。青なら水が出ます」
「うん、ありがとう」
ここは何から何まで日本風だな。赤でお湯。青で水とか。これも勇者が教えたのかねぇ。今は敵だっていうのに……。複雑な心境だろうな。
浴槽は二人で入るには狭く、一人なら余裕があった。この世界では一緒に入る風習はないからな。こんなもんだろう。
じゅうぶん体の汚れと汗を落とした俺は、久しぶりの湯につかる。
「はぁ。やっぱ風呂はいいな。気持ちいい」
おっさん臭いが、思わず口から零れる。いいんだよ。風呂ではリラックスするもんなんだから。全身の力を抜くと、睡魔に襲われた。ふぅ。昨晩は酒が入ってあんまり寝た気がしなかった。それに二回も頑張って、昼間にはあんだけの魔物との戦闘だ。さすがに疲れたな。
そして気付けば、浴槽で寝てた。
「タケ様、タケ様」「おいおい、なんだこの男は!」「あらまぁ、よっぽど疲れてたのね」
そんな一家の声も俺には届いていなかった。
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