第143話、タケ、アルフヘイムに到着する。
宿場街と呼ぶにはいささか抵抗がある。広場にはここに居住しているドワーフの家と二部屋しかない宿。壊れた馬車を修理する鍛冶屋しかなかった。
「ドワーフたちはここの番人ですから」
各国家に散らばっているエルフやドワーフはここを通る。そのためだけに築かれた場所なのだそうだ。もっとも他の洞窟では鉱石を掘ったり、都市を形成したりしているそうだが。
「で、俺は今どの辺にいるんだ?」
簡素な宿で質素な乾パンを食べながら俺はサラフィナに尋ねる。海沿いの洞窟に入ってからの方向感覚が全く分からない。緩やかに湾曲している道もあった事から海の方へ向かった事は確かだ。でも、現在地を地図で示すと心当たりがない。
「そうですね……」
正解を言っていいのかサラフィナはエリフィーナの判断を仰ぐ。
どうせ目的の場所は謎に包まれたアルフヘイムだ。別に教えても問題はないだろうに。それでも教えないのは、単に俺を驚かせたいだけか。それとも別に意図があるのか。どちらにしても、エリフィーナの回答待ちという訳だ。
「ふふっ、別に変な意図はありませんよ。ただその方が面白いですから」
それだけかよ!
こっちは不安で仕方がないというのに……。地下に潜って行ってるんじゃないのかとか、実はアルフヘイムは海中にあった。なんて事もないとは言い切れなくなってる。これまでの付き合いからサラフィナは信用できるが、エリフィーナの事はよく知らない。そんな事情もあって不安な訳だよ。俺は!
まぁ、あくまでも秘密だと言うならいいけどさ。我慢してやる。その変わり、バッチリ動画には残すからな。
宿場街にも地下水は流れていて、水にも困らない。その晩は軽く塗れたタオルで汗を拭いて早めに就寝した。
翌日、エルフの二人に起こされ運転を再開する。正直、暗闇の中で朝だと言われてもスマホの時計を見なければ分からなかった。二日目だと少しは狭い洞窟にも慣れ、両脇を注視する余裕も出てくる。良く見ると、一定の距離で若干広くなっている場所もあった。恐らく、馬車がすれ違った時に回避するためだろう。
どれだけ昨日は余裕がなかったんだか。悔しいぜ。
慣れてくると少しは速度も出せる。数時間走行して、一度休憩を挟む。そんな事を繰り返してようやく暗かった洞窟に日の光が差してきた。
「思ったより早く着きましたね」
ははっ。おかげで俺の神経はズダボロだけどな。
でも、これでやっと洞窟から解放される。そう考えただけで気が緩んだ。
一日半ぶりの太陽に目を細める。
「止まってください!」
エリフィーナの言葉で慌てて急ブレーキをかけた。
「げっ……」
洞窟を抜けた先は橋だった。背後を見ると、やはり崖。はぁ? まさか魔法か。今確かにイムニーで洞窟から抜け出してきた。なのに後ろに見えるのは崖だ。
全く意味がわからない。幻術魔法が掛かってるんだろうけど、ここまで用心深いとは思わなかったぜ。しかも、前方は狭い吊り橋。あのまま突っ込んだら崖下に真っ逆さまだった。危ねぇ。こういう事は出る前に言えよ。
「ここから先は歩きですよ」
「あれ、エルフが洞窟に入るときは馬車で入るよな?」
「はい。馬車で入りますね」
「どうやって馬車でこの橋を渡るんだ?」
「えっと、馬は通れますから」
なるほどね……。エルフなら収納魔法が使える。使えない未熟なエルフは外界へ出ない。熟練のエルフだからこそ収納魔法で馬車をしまい、吊り橋を渡りきってから崖の上で馬につなぐわけか。徹底してるな。おい。
吊り橋を三人で一列になって歩く。グラグラ揺れて正直危ない。まぁ、ここから落ちてもフライがあれば死ぬことはないが。それでも足元がグラつくのはな。
先頭はエリフィーナだ。続いてサラフィナ。最後が俺の順で進む。
橋を渡り終えると、橋自体が消えた。何を言ってるのか分からないだろう。うん、俺にも分からない。だが、俺が渡り終えたタイミングで吊り橋は消失した。
先に見えるのは陸地から離れた岩山だけだ。
これだけ見れば、誰もこんな場所に秘密の抜け穴があるなんて分からない。
「どうなってやがる……」
「ここはエルフの住む島です。これくらいは普通ですよ」
「そうかよッ」
サラフィナはそう言うけど、こんな細工はザイアーク王国にはない。王城の隠し通路だって、理解の及ぶ範囲内だったぞ。台所の床収納のような場所から、地下へ続く道がつながってたからな。
俺の目の前には、背の高い針葉樹の森がいくつも広がっている。
「タケ様、足元に気を付けてください」
サラフィナに注意を促され足元を見ると、気味の悪い色の蛇がいた。
「うぉぉぉぉ」
思わず後ずさる。
「ふふっ、大丈夫ですよ。毒はありません。でも、踏むと噛まれますからね」
その言葉でホッと胸を撫で下ろすが、そうじゃねぇ。山育ちじゃない俺の苦手なものの第一位が蛇だ。次にムカデ。その次に蜘蛛だ。引きこもり時代に、庭先に現れた直径十センチのアシダカグモを見つけ恐怖に叫んだ事もある。アシダカグモはゴキブリを退治する害のない蜘蛛らしいが、怖いものは怖い。
考えてみれば、この世界にやって来て森へ入ったのはゴブリン退治の時だけだ。樹海の基地は整地されてたし、遺跡も原爆で更地になってた。
よし。俺は決意を新たにした。【アルフヘイムには住まない】と……。
しっかしこの道中ろくな事がない。閉鎖空間に蛇。肝試しでもさせられてる気分だ。エルフの里へ行きたいと考えた自分を殴りたいわ!
そんな俺の心中など気にせず、エルフの二人は森の奥へ入って行く。
俺も遅れまいとそれに続く。足元と木の枝に動いているものがいないか注意しながら。そうして歩く事一時間。何か違和感を感じた途端、針葉樹の森は姿を消す。
代わりに前方には――直径にして数百メートルはあろうデカい巨木が出現した。
「はっ?」
「ここがアルフヘイムです」
エルフの二人が、紹介するように両手を広げる。
釣られて俺もそれを見る。巨木じゃない。形容すれば、ドバイにあるブルジュハリファよりもさらに高い。天空へと続いてると言ってもいいほどの大樹だ。
当然、天辺なんかは高すぎて見えない。周囲の木々は針葉樹から広葉樹へと変わり、色とりどりの果実が成育している。大樹からそれらの木々に縄ばしごが張り巡らされ、大勢のエルフたちが行き交っていた。
「す、すげぇ!」
「ふふっ。さぁ、行きましょう」
俺はサラフィナに手を引っ張られ、大樹の下に開いた空間へ足を運んだ。
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また、評価していただきありがとうございます。
無茶苦茶励まされます。ガンガン書きますね。
本日の三話までちょっと長かったですが、アルフヘイムまでの道中になります。