第142話、タケ、神経をすり減らす。
エリフィーナの案内通りに丘を越え左折すると、前方に岩肌が見えてくる。この先はリアス式海岸のようだ。
「へぇ。砂浜じゃないんだな」
「はい。先ほどの道を真っすぐに進めば漁村で砂浜はありますが、ここは断崖絶壁の海岸へと続いてますからね」
エリフィーナの解説を聞きながらも、その絶景に目を奪われる。
「あっ、そろそろゆっくり走ってください」
「了解!」
エリフィーナの指示通りにゆっくり進む。数分で目的の場所へ着いた。
「ここです」
そう言われ見た先は、絶壁。右には海が広がり、左は一面の花畑。そう、行き止まりというヤツだ。まさかエリフィーナに担がれてるなんて事はないと思うが、訝しむ視線を向ける。
「なぁ、行き止まりじゃねぇか。どうなってんだ?」
「ふふっ。ちょっと仕掛けがあるんですよ」
そう言ってエリフィーナは車から降りると、崖に向かって歩いて行く。
「なぁ、サラフィナ。あれ、何やってんの?」
「今に分かりますよ」
はぁ? どこに大樹があるんだか……。花畑と断崖絶壁、海。とてもエルフの里とは思えない。しかもここは俺の知識では侯爵領のはず。
大人しくエリフィーナの後ろ姿をジッと見てると、絶壁に穴が開いた。
「はぁ?」
「ふふっ。アレが入り口です」
入り口といっても洞窟じゃねぇか。アルフヘイムは地下都市なのか?
いやいや。それはないな。大樹っていうくらいだ。地下に木が生える訳がねぇ。
何がどうなっていやがる。混乱する頭でエリフィーナを見てると、エリフィーナが手を挙げた。まさか、洞窟に入れって事なのか?
「タケ様、進んでください」
「あ、あぁ」
馬車が通れるスペースはあるらしく、軽乗用車のイムニーなら楽に通れそうだ。
それでも、両壁に気を配りながら徐行して進む。車体が中に入ると洞窟の内部が薄青く発光しだした。これと同じ光景を最近見たばかりだ。
「マナの明かりか……」
「はい。魔力のない者の侵入を拒むためですね」
「へぇ……」
「さぁ、タケ様行きましょう」
エリフィーナが戻ってきてそう言う。イムニーが洞窟にスッポリ入るのを待っていたようだ。バックミラーで後ろを見ると、外の風景は見えなかった。どういう仕組みかは分からない。けれど、イムニーが入った事で入り口を閉めたのだろう。
「分かった……」
道幅はそれ程広くはない。当然だ。もともと馬車を想定して作られた洞窟だ。速度だって出せない。ゆっくり進んだ方が良さそうだ。幸い、車体より一メートルは幅広く作られている洞窟だが、街道のように時速八十キロは出せない。
俺は時速三十キロ前後でゆっくりと進む。青いマナの明かりだけでは心許なく、ヘッドライトをつけた。細い道を飛ばすことに慣れている人ならもっと速く走れるだろう。でも、俺はそんな経験はない。
通勤は自転車通勤だった。しかも入社して短期間で首になった俺は自家用車なんて持っていない。運転免許は高校の時に親の金で取得したから持っているが、異世界に来るまでペーパードライバーだったからな。
そんな俺にこの洞窟は難易度が高い。神経がガリガリ削られる。
何もない暗い中を走行すると眠気に襲われると聞く。しかし眠気というヤツは集中してる時には起きないんだよ! ちょっとでもハンドルを切り損なったら、新車のイムニーに傷跡を残す。そう考えると、怖い。
「なんだかタケ様の目つきが変わりましたね……」
「心配しなくても道は真っ直ぐですから」
サラフィナもエリフィーナも余計な事を言ってくれる。だが、そんな二人の顔を確認する余裕すら俺にはねぇ。こんな恐怖は戦車と戦った時にもなかった。当然、竜と戦った時にもだ……。
「ちょっと黙っててくれる。今、それどころじゃねぇから」
閉鎖空間がこれ程恐ろしいとは……侮ったぜ。
「うーん、この速さだとアルフヘイムに着くのは明後日ですね」
はっ? 今、何て言いやがった。バックミラーでエリフィーナをチラ見する。
「うぉっ……岩肌が飛び出してやがる!」
「あっ、気を付けないと危ないですよ」
うるせぇよ。サラフィナ。俺だって分かってんだよ。そんな事は!
それよりさっきエリフィーナは何て言った? 『明後日?』確かに明後日って聞こえたよな。まさか、アルフヘイムってそんなに遠いのか……。まぁ、ザイアーク国内じゃないのは知ってたけどさ。でも、こんな場所を通るなんて聞いてねぇ。
「なぁ。今、明後日って言ったか?」
「はい。街道を進んだ速さだと一日くらいで着くと思ったのですが。今の速度だと休憩を挟んでも二日は掛かりますから……」
クソッ。聞き違いじゃなかったぜ。
しかも何でそんなに残念そうなんだよ。街道を進んだ速さだ? 時速八〇キロをこの空間で出せってか! 無理に決まってんじゃねぇか!
こんな事ならサラフィナにも運転を教えとくんだった。今からでも……いや、でも初めてで狭い場所は難易度が高すぎる。俺のイムニーが傷物に……。無理だ。
軍用トラックは全部陛下に進呈したし。ハマーは宗っちにあげたからな。
イムニーを失ったら俺の愛車はない。ここはどうやっても安全に進まなければ。
「あと三時間も進めば宿がありますから」
何を言ってんだ。こんな地中にそんなもん、えっ、まさか本当にあるのか。
エルフは馬車で通ってるんだよな。という事は、当然この道中を二日以上かけて通行する訳だ。本当に宿があるのか?
「なぁ。宿ってマジであるの?」
「はい。この洞窟は長いですからね。当然、宿場町はありますよ」
ははは……そうですか。さすが異世界だぜ。じゃなかった。五億年前の地球だったか。そう言えば、いつの年代かは知らねぇけど、欧州には地下道が多かったってテレビで見たな。誰が何の目的でそんなモノを作ったのか謎の洞窟だが。
神経をガリガリすり減らし、進むこと三時間。
正面にマナの光じゃない炎の明かりが飛び込んできた。
「おっ、何だ……アレ」
「あそこが宿場町ですよ」
サラフィナに教えられ、俺の気力も少しは上向きになる。
なんだか目が腫れぼったい。きっとゲームを長時間した時のように、目の周りが赤くなってるはずだ。まぶたの熱さが余計、疲労感に拍車をかける。
果たして、俺たちの乗るイムニーは宿場街に到着した。
そこだけ広い空間になっていて、関所のように門番が立ってる。が、サラフィナが窓から顔を覗かせると、検査もされずに呆気なく通された。
門番の男たちはどう見てもエルフじゃなかった。あのずんぐりむっくりでガッシリした体型。顔を覆うヒゲ。どう見てもドワーフに見える。
「なぁ、もしかしてあの人たちって……」
「タケ様はご存じですか? ドワーフという一族です」
「やっぱりな……」
「王都の鍛冶職人の店にもいましたけど」
うん。サラフィナ。それは俺も知ってる。スキーを作る時に世話になったからな。でも、まさかこんな洞窟の中に住んでるなんて思わないじゃん。
どんだけゲームに忠実なんだよ!
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