第137話、タケ、女神に会う。②
『現在の地球の酸素濃度は二十一パーセントと言われています。ですが、この時代の酸素濃度は三十パーセントあります。あなたの育った世界では二十パーセントの説もあるようですが、それは逆なのです。酸素を多く取り込んだ生物は巨大化する傾向にあります。木々が二酸化炭素を得て酸素を出すことは知っていますね』
まぁ、それくらいなら。
『あなたの世界では木々の排出する酸素を調整するために、木々を伐採するといった誤った知識があります。では、なぜ古代の人々は生活できたのでしょう? 古代の人間は木とともに生き、木々が作る果実によって栄養をとり生きてきました。そこに木々をむやみに伐採するといった理はありません。酸素濃度の低下に慣れ親しんだ人間が濃い濃度の酸素を吸えば、多少体調がすぐれない事もあるでしょう。しかし、人間の構造上慣れるものなのです』
この女神が何を言ってるのかさっぱりわからねぇ。結局、何を言いたいんだ。
『ごほんッ。話はそれましたが、この世界は間違いなく未来のあなたの世界へと続いています』
はぁ。そうですか……。そう言う物だと言われたらそれしか言いようがねぇ。
正直、話の半分も理解できてないし、言いたい事もさっぱりだ。でも、この世界が俺の世界に続いてるなら――下手に子孫を残したらマズいんじゃねぇのか?
『それは飛躍しすぎですよ。五億年の間で何度も人は絶滅の危機に瀕します。その過程であなたの子孫は死に絶えるかもしれません』
はぁ、それって俺が子作りしても無意味って事じゃねぇか。バカにしてんのか。この女神様は……。
『あなたは今ここにいます。それが全てなのです。脈々と続いた血統は確かに現代まで続いた証ではないですか。ここであなたが子供を作ったとして、その祖先があなただっただけの話です』
うわぁぁ、ややこしいな。俺がこの世に生を受けたのが、俺のおかげ?
なんだそれ……。
『理解ができないのであればいいです』
良いのかよ! ここまで長々と説明しておいてソレ?
『う゛ん! では本題に入ります。もともと、この地は堕天使を封印していた土地でした。勇者が魔族を倒した事で、堕天使の信仰も途絶え私たちは封印に成功したのです。それが――あなたが吹き飛ばした原爆のおかげで破壊されました。竜族の守るこの神殿、そして、エルフの崇める大樹。最後に獣人の納める国にある祠に新たにマナを補充しなければいけません。それをあなたに頼みたいのです』
えっ、そんなの女神様なんだから自分でやればいいじゃん。別に俺なんかに頼まなくてもできるんじゃねぇ?
『それができるのなら頼みません。エルフ、獣人、竜族は女神への信仰心は衰えていませんが、人族の信仰心が圧倒的に足りないのです』
それを同じ人族だから俺にやれと?
『その通りです』
で、それと俺の親戚たちが滅ぶのと何の関係があるわけ?
『もし、この時代の堕天使が解き放たれれば――人族は滅びます』
はぁ? 人族が滅ぶって……何でだよ。
『神界に刃を向けた堕天使が望むのは、世界の破滅だからです。エルフ、獣人、竜族を崩すのは難しいでしょう。ですが、人族なら? 信仰心の薄れた人族は復活した堕天使の前に呆気なく滅び去るでしょう。三百年前に魔族を使い人族、エルフ、獣人に対し攻め入った理由でもあります』
三百年前って……もう魔族はいないだろうに。勇者が魔王を倒したと聞いたぜ。
『魔王は死にました。ですが、堕天使の力を得た人族が同族を殺します』
それは無理なんじゃねぇの? だいたい魔法すら碌に使えない人が多いんだぜ?
『ですが、封印が完全に解ければ確実に堕天使は人族を取り込もうとするでしょう。それを阻止しなければいけません。堕天使の力は強大です。魔法の使えない人族に魔力を与える事など容易いのですから』
ふぅん。さっぱり分からねぇ。この世界の人族って実際に弱いからな。急激に強い人間が生まれるなんて思えないんだが。
『仕方ありませんね。それならあなたに私の力の一部を授けましょう。それと同じ事を堕天使もできると考えればいいでしょう』
えっ、急に何を……。
霊体と化してる俺の手を女神が触れた瞬間、俺の体は吹き飛んだ。そうじゃねぇな。体に膨大なマナが入ってきて許容量をオーバーした。
薄れ行く意識の片隅に女神の声が聞こえる。
『では、頼みましたよ』
そして、現実の世界へ戻ってきた。俺は紐の切れた操り人形のようにその場に倒れ込んだ。視界に、麗華さんが映り込むが何を言っているのか聞こえない。
「タケさん、タケさん。大丈夫ですか! タケさん!」
* * *
それから三日。
俺の体は侯爵家のベッドの上にあった。長い夢を見ているような、不思議な体験をした。なぜかあの女神が天御中主神になっていて、日本を建国する話だ。周りには高御産巣日神、神産巣日神、伊耶那岐命、伊耶那美命、他にも多くの神々がいた。
そんな途方もない夢だ。
「タケさん、気がつきましたか! えっ……その目は……」
ふと、ベッドの脇に目を向けると、目を赤くして心配そうな面持ちの麗華さんが見えた。俺と視線が合うと、なぜか驚いてる。
「あれ、何で俺ここに……」
俺はあの神殿にいたはずだ。それが起きたらマイホームって……何でだ。
麗華さんはかぶりを振るうと、『皆を呼んできますね』そう言って部屋から飛び出していった。はぁ、何が起きてるのやら。
「タケさん」「「タケ様」」「タケくん」
なぜか慌てた様子でアロマ、サラフィナ、エリフィーナ、侯爵が飛び込んできた。その後ろには麗華さんとブラッスリーもいる。
「だから心配ないと言ったのじゃ」
「そ、そうは言われても……やはり心配ですわ」
「それで、タケ様。そ、その瞳は……」
はぁ? 瞳が何だって。麗華さんが差し出す手鏡を受け取って、自分の顔を見る。うん。いつもの天然パーマだ。しかも寝癖まで付いてやがる。
あれ……なんだコレ……俺の面玉はごく普通の黒茶色だったはず。それが、金色に光ってた。
「はい? 何で俺サイヤ人になってんの?」
「なんですの、そのサイヤ人って?」
「サイヤ人とな?」
「ふふっ、タケさん。誰も知りませんよ。お猿さんの変化した姿なんて」
いや、麗華さんが知ってる事の方が驚きだけどね。俺は……。
「ふむ。旦那様は女神の寵愛を受けたのじゃな」
「「「「寵愛?」」」」
いや。俺、めっちゃ嫌がられてたけど。じろじろ見るなとか。舐めるような視線が気味悪いとか……。
「うーん、何だか知らないけど……頼まれ事をしちゃったみたいね」
おっと、皆めっちゃ驚いてるわ。驚いてないのはブラッスリーだけか。意識が飛ぶ前に女神様が言ったのは本当だったんだな。これが女神の力ね。
一部だって言ってたから、どうせたいした事はないんだろうけど。
それにしても、この目は、どう見ても人間じゃねぇぞ!
タケ、人間辞めました! そういう話だっけ?
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