第135話、タケ、樹海の神殿に入る。
翌朝、俺と麗華さん、サラフィナ、エリフィーナの四名は庭にいた。そしてブラッスリーはといえば――。
「尻尾から登って来れば良いのじゃ」
侯爵家の広い庭が狭く感じる程の巨体を晒していた。艶やかな漆黒の巨体に浮かぶ、灼熱の瞳は見る者を畏怖させる。現に窓からコッソリ様子を窺っていた陛下なんかは今頃腰抜かしてるだろうな。
まさか、あの小娘が。とか言って怯えてるに違いない。
ちなみに戦闘になるとは思えないが、アロマは今日もお留守番だ。こればかりはかわいそうだと思うが仕方がない。
「ブラッスリーちゃん、いつでも良いぜ」
全員が黒竜の首に跨がった所で合図を送る。
「では行くのじゃ!」
かけ声と同時に巨大な翼をはためかせる。ふわっ、という浮遊感のあとでものすごい風圧が俺たちを襲った。とっさに、エグザガーダルを張る。
結界が俺たちを包み込み風圧は収まった。
「ははは、済まぬ。人を乗せるのは初めてなのじゃ。許してたもれ」
悪びれもしないそんなセリフに返す言葉もない。これまで人族と交流のなかった娘だ。気を配れと言う方が間違っている気がした。
「別に気にしなくて良いぞ。それより爆心地は近いのか?」
「ばくしん……なんじゃ。それは」
「あぁ、悪い。神殿までは近いのか?」
「うむ。わらわの足ならあっという間じゃ」
俺はフライで空を飛んでるから下を見ることに抵抗はない。でも、麗華さんは違ったようだ。
「ひっ。た、高い。街があんなに小さく……」
「飛行機に乗り慣れてる麗華さんでもやっぱり怖いの?」
「飛行機は足元なんて見えませんよ。それにこれ、――足が地面に着いてないじゃないですか!」
「ふはははは。麗華は怖がりなのじゃ」
「ブラッスリーちゃん。普通の人間は怖いと思うよ。うん、間違いなく」
現在の高度は、低めの三千メートルって所だろう。でも考えてみてほしい。垂直落下のアトラクション。フリーフォールで地上三千メートルと考えれば怖いなんてものではない。地に足が着かないと言うことは恐怖心を高める。
「麗華さん、怖かったら目を瞑っててね。大丈夫。最悪、落ちても俺が助けるし」
「ひえっ。落ちませんよ。絶対に!」
あはは。それは残念。絶叫の声をあげる麗華さんを華麗に助けるなんて、ちょっと想像しただけで俺、カッコいいじゃん。
「何だか、タケ様の顔がイヤらしいですね」
「サラフィナ、殿方というのはそういう生き物ですよ」
「父様も?」
「えぇ。あの人も昔はねッ。ふふふ」
男が全員イヤらしいとか、そういう話は困るな。ここには子供もいるしね。
「ほぉ。旦那様はイヤらしい事をしたいのか。夜伽ならいつでもするのじゃ」
だから子供とするつもりはねぇよ。多分、きっと、分かんねぇけど……。
樹海に入ってしばらくすると、ぽっかりと穴の開いた場所が見えてきた。
「うへぇ、木がねぇぞ」
「うむ。旦那様の魔法で木っ端微塵じゃったからな」
冗談じゃねぇ。俺が全力でやってもここまで酷くはないはず。直径数キロに渡ってクレーターができていた。当然、そこに生えていただろう木々は跡形もない。
これだけ被害が大きければ、そりゃ竜たちも怒るよな。
「あった。あそこなのじゃ」
ブラッスリーが翼で示した先に、真っ白な白亜の塔? がそびえている。
どう見ても神殿には見えない。どういう事だ……。
「なぁ、ブラッスリーちゃん。塔しか見えないけど?」
「旦那様、あれは塔ではないのじゃ。降りるのじゃ」
そう言うと、漆黒の巨体は急降下を始める。これ結界を掛けてなかったら、吹き飛ばされてるよな。そんな事を考えている間に、塔の正面へと着地した。
上空からでは分からなかったが、塔の下に扉があった。そこから中へ入るのは確かだと思うが……。塔じゃない。の意味が分からない。
「その扉に手を触れるのじゃ」
言われた通りに扉の取っ手に手を触れた瞬間。ゴゴゴゴーっと地鳴りが響く。塔の周りに次々と建物が現れた。ブラッスリー以外の一同は目が点になる。
「なんだ……コレ」
「さぁ。何でしょうね」
「それよりもタケ様、ものすごいマナを感じます」
「ふふっ、何が始まるのかしらね」
塔は一つじゃなかった。次々に地中から突き出してきて、俺たちを左右から取り囲む。そして正面には来る者を誘うように神殿ができていた。
ははっ……確かに塔じゃねぇな。ギリシャの古代遺跡アクロポリスのような神殿だった。上部につながる部分がないだけで、塔と思われたものは柱のようだった。
「さぁ、中に入るのじゃ」
ブラッスリーの案内で神殿への階段を登る。十段にも満たない低い階段だ。
奥には扉のない入り口が開いていた。
「何というか、言葉にならない幻想的な建物ですね」
「麗華さんもそう思う? 俺も同意見だよ。しかもこの建物の一つ一つがマナを帯びてる。まさかとは思うけど……これ全部魔導具だったりしてね」
「私もタケ様の考えと同じですね。まるで魔導具です」
「そうねぇ。これと似たものをどこかで見た覚えがあるけど……」
へぇ。さすが年の功。エリフィーナはここじゃない場所で似たようなものを見た事があるようだ。歳の話をすると怒られるからしねぇけど。
「ボサッとするでない。行くのじゃ」
「へいへい」
俺たちが中に入ると、白い大理石は光を帯びる。青く幻想的な空間を奥へと進んだ。中は何もない空間が続いている。
「ここは邪気を弾くのじゃ。悪人がやってくるとここで消し飛ぶのじゃ」
そういう大事な事は先に言ってくれよ。万一、俺が悪人と判断されたらここで消し炭にされてるって事じゃねぇか!
「それにしても、神聖という言葉がしっくりくる空間ですね。濁ったものが何もないというか……空気も心なしかキレイですし。埃すらありませんよ」
うん。俺もそれは感じてた。さすがに嫁の掃除具合を確認する姑の様なマネはしないけどね。俺たちが歩いても足跡すら付いていない。どんな技術なのか全く分からない。ここが神の作り賜うた場所ってのはウソじゃなさそうだ。
広い空間から次第に細長い通路に切り替わる。ここも変わらず青い何かが光ってる。もしかしたら、これはマナの光なのかもしれない。ちょっと聞いてみるか。
「なぁ、エリフィーナ。もしかしてこの光はマナなのか?」
「ふふっ、やはり気付かれましたか」
ちっ。やっぱり試してたのかよ。道理で静かだと思ったぜ。荘厳な場所だから静かなのかと思ったが、違ったようだな。
マナは魔法を使える者にしか見ることは出来ない。と言うことはだ、ここに魔法の使えない者が入れば、当然この青い光にも気づけない。さっきの悪しき者を選別する場所も、火を使う者で選別している可能性もあるわけだ。なるほどね……。さすがファンタジーだぜ。
お読みくださり、ありがとうございます。
良い場面ですが、本日はここまでにしますね。また明日をお楽しみに。