第132話、タケ、竜族の姫に懐かれる。
ザイアーク王都上空を旋回していた全ての竜に異変は起きる。
ドォン、と地響きを鳴らし次々に落下していく竜。
気付けば遙か上空に浮かんでいる、巨大な黒竜しか残っていなかった。
地上に落下した竜たちは、翼をバタつかせながら暴れている。
「えっ、今の俺がやったのか?」
まさかフル詠唱でこれ程の威力が出せるとは思っていなかった。自分で行使しておいて言うのも何だが……恐ろしい。
這いつくばる竜に向け麗華さん、サラフィナ、エリフィーナ、宗っちの魔法が炸裂すると思われた瞬間、上空から豪雨のような威力のブレスが吐き出された。
「きゃッ――」「っつ――」「はぁぁぁぁッ」「ガーダル!」
麗華さんが短く悲鳴をあげ、エリフィーナは歯を食いしばる。宗っちは……うん、何をやってるのか分からないが、踏ん張ってる。そしてサラフィナは結界の上掛けを行った。街を覆っている結界は呆気なく突破され、サラフィナが張った結界も押し込まれる。
「止めろぉぉぉぉぉ! サンドウォール!」
俺はとっさに皆の前に土の障壁を張った。尚も勢いは収まらない。
「チッ。テレプス」
漆黒の竜の頭上へ瞬間移動で飛び移ると、鼻先をげんこつで殴りつけた。
「ギャウ!」
「――いてぇ」
漆黒の竜の鼻は鋼鉄よりも硬い。指先に痛みが伝わる。だが、なぜか竜も鳴いていた。えっ、なんでコイツが鳴いてんの。とっさに殴ったけど、今の一撃で俺の指は折れた。結界魔法を使っていても、身体強化の魔法ではない。
素手で殴れば当然、骨も砕けるし、皮だって剥ける。
魔物を倒す事でレベルは上がっているから、力は強くなる。その一方で、骨が強化されている訳ではないのだ。なのに、この竜はかわいらしい鳴き声をあげた。
鼻先に乗る俺を灼眼の瞳が睨む。怖えぇぇ。瞳だけでも俺の身長くらいはある。
少なく見積もっても、これまで相手にした竜とは大きさは桁違いだ。なのに、この竜はめっちゃ涙目だった。
このまま膠着状態に入ると思われた。しかし、竜は徐々に地上へ降りていき、ついに王城跡地に降り立つ。
早いところ、フェイルスで折れた指を回復したい。だが、目と鼻の先にある燃えるような視線を外すことができない。目からは水滴が零れてるが、これはきっと錯覚だ。こんなデカい竜が、人間のげんこつ程度でどうにかできる筈はねぇ。
しばし睨み合っていると、竜の巨体が消え去った。
はぁ?
何が起こった……。
俺の視線の先にあった、灼熱の目はもうない。
呆然と立ち尽くしていると、誰かが足に抱きついてきた。恐る恐る足元を見る。
すると、そこには真っ黒な和服を着た幼女が立っていた。
何をバカな事を……正確には漆黒の髪に燃えるような真っ赤な瞳の幼女だ。
背が低く、頭が俺の腰までしかない。
俺は混乱した。これは何だ……いつ子供を授かったっけ?
おっと、子供と会話する時は目線を合わせなくちゃな。確か。上から目線だと嫌われる大人になる。うん、そう何かの本で読んだことがある。
俺はしゃがみ込んで、その幼女と目を合わせた。すると、『合格じゃ。チュッ』
……………………………………………………。
なぜかキスされた。しかも唇に。
何が起きてる。今のは、何だ……。
そもそも、あの漆黒の竜はどこへ行った。
完全に思考停止していた。そうしていると、皆が王城跡地へ走ってきた。
「タケさん!」「タケ様」「タケ様、その子は……」「タケくん、君というヤツは……」
皆に白い目を向けられ思わずかぶりを振るう。
「違う。違うんだ。俺の話を聞いてくれ……」
「何が違うのじゃ? お主はわらわの鼻先を殴った。わらわはその返事をキスで返したのじゃ。これで婚姻は成立じゃ。がはははは。眷属が殺されたと聞き、どんなヤツかと興味本位で来てみたが……思わぬ拾いものをした。のぉ旦那様」
何だ……コレ。
王城跡地には次々と竜が集まってきて、翼をパタパタ叩きだす。
何が起きてるのか……。全く理解が及ばない。
「もしかして……竜族の姫さまでしょうか?」
はい? 竜族の姫。なにそれ。
「エルフの小娘よ、いかにもわらわは竜族の長老の娘でブラッスリーなのじゃ」
何だよその名前、どこのフレンチだよ。
「それはご丁寧に。私はエルフ長老会が一人、エリフィーナと申します」
エリフィーナ、自分で長老会とか言っちゃってるよ。サラフィナで三百歳だろ、と言うことは何歳なんだ……この人。しかも幼女に小娘扱いされてるし。
人族以外の人種は年齢の幅が大きいな。
などと、俺はなるべく自分の身に起きた事を受け止め切れずにいた訳だが。
そんな事は許さないと、麗華さんが口を開いた。
「そうですか……それで、いつまでタケさんに抱きついてるんでしょうか?」
何で空気が張り詰めてんの……。というか、さっきまで戦ってたよね。俺たち。
「うむ、よく聞いてくれたのじゃ。わらわはこの男と夫婦になったのじゃ」
いや、違うだろ。俺そんな約束はしてねぇぞ。
「タケさん、これはどういうことでしょうか?」「タケ様……」
麗華さんが怒るのは分かるけど、何でサラフィナまで目くじら立ててるわけ?
「あのブラッスリーちゃん」
「なんじゃ、旦那様」
「だから何で旦那様なの?」
「それはさっきも言ったのじゃ。旦那様がわらわの鼻先を抱擁し、わらわはキスで答えたのじゃ。これは竜族で言えば――」
抱擁じゃねぇ。俺は殴ったんだ! 指を骨折してまで!
「まぁ、それでは……」
ん、エリフィーナは何かに気付いたのか? 釈然としないながらも、俺はブラッスリーの言葉を待った。皆も固唾をのんで見守ってる。
「婚姻の成立した証なのじゃ。わらわもまさか千年生きてきて求婚してくる男がおるとは思わなんだ。きっと爺も安心するのじゃ」
「「「……………………………………」」」
「まぁ、これでタケくんに並ばれたのか。僕も頑張らないとねッ」
「並んでねぇよ。そもそも麗華さんとアロマだけで精一杯だって言うのに、こんな幼女相手にナニしろって言うんだよ!」
「旦那様は子供がほしいのか? それなら早い方がいいのじゃ」
いや、そんな事一言も言ってないから。ほら見ろ。麗華さんがめっちゃ怒ってるぞ。口から冷気でも吐き出しそうな勢いじゃねぇか。
それに便乗してなぜかサラフィナから静電気がバチバチいってるし。
どうしてくれるんだ……。これでアロマまで来たら……。
「タケさん、これはどう言うことですの? もう竜の襲撃はなくなった……」
ぐはっ。来ちゃったよ。しかも、幼女に抱きつかれる俺を見て固まってるし。
「やぁ、アロマ。竜騒動は……」
俺はブラッスリーに視線を向ける。考えてみれば竜族が悪いんじゃねぇか。樹海の基地を襲ったりするから。あれさえなければ竜を倒そうなんて考えなかった。
「誰なのじゃこの小娘は? わらわはブラッスリー。竜族の姫にしてこの男の妻になったものじゃ。旦那の国に攻め込んだりはしないのじゃ。安心するがよい」
「……………………………………………………」
ほら見ろ。アロマも絶句しちまたじゃねぇか。
そもそもアロマとはお披露目をしてないからまだ婚約の段階だ。それを先超されたとなれば、どんだけ悲しむと思ってんだよ。ここはガツンと言ってやらねぇと。
「ブラッスリーちゃん」
「なんじゃ。旦那様。あっそうじゃ。まだ旦那様の名前を聞いてなかったのじゃ。名は何というのじゃ?」
「はい。長田 武郎です」
そうじゃねぇ。ちげぇよ。
「オサダタケオじゃな。これでヨシッと。契約は成立したのじゃ」
ブラッスリーがそう言った瞬間、俺の腕とブラッスリーの腕が光った。光が収まると、なぜか二人の左手首に漆黒の幾何学模様が入った入れ墨ができていた……。
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