第130話、バレンス、尾行される。
「タケさん、相手が法にのっとり仕掛けてくるなら命の危険はありません。実際に、お兄様も会社は失いましたが、無事ですから……」
麗華さんはそう言ってくれるけど、それで、はいそうですか。と言い切れない部分は残る。俺一人が解雇になるのと訳は違う。独り身だった俺と、家族を養っていかなければいけない親戚たちでは立たされている位置が違うからな。
「うーん、ちょっと考えてみるよ」
「お兄様に頼んでみてはどうです? それらしい動きがあれば知らせてくれるように。それを見てから、デスチルド氏の延命と引き合いに交渉は可能かと思いますよ」
まぁ、陛下も即処刑なんてマネをするとは思えないからな。
ある程度の情報は陛下もほしいはずだ。特に戦車を諦めていない内は……。
それにしても、麗華さんはますます知謀を巡らせるのに長けてくるな。
両親の件で、いろいろ苦労もしてきたからか。魔法という力を得て、より顕著になったような。浅はかな俺のパートナーとしては、申し分ない。
気弱な俺を支えてくれる、心強い奥さんだよ。
「麗華さんの言うとおりだね。今焦っても、異世界からじゃできる事は少ない。まずは様子見かな」
その後、テストサーバーで剛人さんに親族の情報を伝え、動きがあれば知らせてくれるように頼んだ。『タケくんの親戚なら私の親戚でもある。喜んで手伝わせてもらうよ』そう言ってもらえて、泣きそうなくらい嬉しかった。
これが結婚するって事なんだな。そう実感する事ができた。
「それにしても、竜の件は気になりますね」
「うーん、基地から戻る時ってさ、途中まで、帝国方面に向かうんだよね。俺たちの跡を追った訳でなければ……帝国がヤバいんじゃないのかな」
「もしそうなったら、帝国が消滅してしまいますね」
それから七日後、侯爵家に思いも寄らぬ人物がやって来た。
薄汚れた格好でスラムの住人と間違えられる出で立ちは、侯爵家の門番に訝しまれた。門での騒ぎを聞きつけ顔を出すと、そこにいたのは死んだと思われていた軍務卿のバレンスであった。
「それで、バレンスよ。その格好はどうしたというのだ?」
今は、侯爵家の談話室に通され、陛下との目通りを行っている。
重大な報告と言うことで、ここにいるのは陛下と軍務卿、近衛兵だけである。
「はっ、グスタフ将軍を樹海基地へ向かわせた後で、私奴は旧帝国の内情を調査に行ったのでございます。そこで、民主主義の危うさを調べ、戻ろうかと思った矢先にアレが現れました」
「ふむ? アレとは……」
「はっ。夥しい数の竜でございます。幸い私奴は、帝都から少し離れた場所にいたため難を逃れました。しかし、帝都は……あっという間に……」
「……なにッ」
図らずも、タケの抱いた想像が当たった。子供の竜は、タケたちが走り去った方角で敵の拠点を報告した。そのため、無数の竜は旧帝国へと向かったのである。
「タ、タケをここへ……」
陛下からの呼び出しを受けて、談話室には侯爵家に滞在する主だったメンバーが集められた。そこにはなぜか、この人物も。
「いやぁ、まさか子竜の勘違いで帝国が攻撃を受けるとはねッ。あの街並を撮影する事はもうできないのか……」
「えっ、それだけ? 大勢の顔見知りとかいたんじゃないの? 案外、宗っちって冷てぇのか?」
「ん、タケくんは何か勘違いをしているようだね。僕は帝国の民との接点はほとんどないよ。帝国を陥落させたのは、傭兵とトライズっていうデスチルドの子飼いの男だ。僕が帝都でやったのは、ただ動画を撮ること。そりゃ、なじみの女でもいれば悲しむかもしれないけど……ねぇ」
「ねぇ、じゃねぇよ。少なくとも宗っち達が来なければ、帝国は滅ぼされずに済んだんじゃねぇのか。ドライというか、何て言うか……」
「お言葉だけどね、僕がいなくても帝国は落ちたよ。初めからデスチルドの計画に組み込まれてたからね」
はいはい。そうですか。俺だって滞在期間は短いが、サラエルドの街には愛着があったぜ。坂の上の林檎亭とか、治療院、そこの患者と交流があったからな。
もしあの街が竜の被害にあったと聞いたら、さすがに罪悪感に苛まれる。
「そのような話はどうでもいい。で、バレンスよ。続きを話せ」
「ハッ。竜に焼き尽くされた帝都を確認した私奴は、いち早く報告をしようと馬で早駆けして戻ったのであります」
なるほどね。それでそんなに汚れてるのか。この爺さんも結構苦労人だな。
「うむ、ご苦労であった」
「それで、陛下。兵士たちから話は聞きましたが……あの城は」
陛下は、なんでそこで俺の方を向くんだ?
俺は異次元に収納しただけで、直接的な原因ではないって決まったじゃん。
いっぺん帝国のように滅びないと理解できねぇのか。この陛下は。
「で、宗方、タケよ。そなた達はこれをどう考える」
バレンスに情報を共有させると陛下は退室を命じた。さすがに疲労困憊の爺さんをこの場に止め置くのは忍びなかったのだろう。
「うーん、竜が相手を間違ったことに気付けば……ここにも来るかなぁ」
「はぁ。宗方もそう思うか」
陛下も盛大なため息ついて、何とかなるんじゃね?
ここにはサラフィナたちエルフも、俺、麗華さんだっている。宗っちもまぁ、使えない訳じゃない。心配しすぎだと思うけどね。
「俺が竜なら、逃走をはかったヤツを尾行するけどね。だって樹海で尾行をしなかったのが間違えた原因だろ? なら……次は尾行するんじゃね?」
「確かにタケ様の言う通りかもしれませんね。帝国に竜を相手取る者がいなければ、必ず仲間を殺した者を八つ裂きにしようと探すはずです」
おいおい、なんでそんなに焦った顔してんだよ。
そもそも怯えた子竜だから尾行しなかったんだろ。なら、次は大人がしっかり尾行してきたっておかしくはない。
「まさか……バレンスが生きて逃れたのは……」
「陛下。あくまでも可能性の問題だって。心配すんなよ。たかがトカゲだぜ」
「トカゲの上位種というか、頂点に位置する存在だけどね」
嫌だなぁ。宗っちまで……だいたい二体倒したのは宗っちじゃねぇか。
余裕そうに倒してたじゃん。あんまビビりの陛下を脅かさないでほしいね。
「むっ、何だあの音は……」
あぁぁぁ。またかよ。陛下の顔色真っ白になってるぞ。ただの空襲警報だって。
「来ちゃったみたいだね」
「……その様だな。まぁ、陛下は地下にでも隠れててよ。侯爵とアロマはいつものヤツ頼むよ。で、宗っちは戦うだろ?」
「やるしかないじゃないか」
だよな。奥さん三人も娶って、逃げ出すなんて宗っちらしくねぇもん。
「私も行きます!」
「私もタケ様の援護に回りますね」
「なら、私もそうさせてもらおうかしら。タケ様の実力をまだ見ていませんしね」
はいはい、エリフィーナは勇者と比べるからな。本当にやりにくいぜ。でも、一度は助けられてるからデカいことも言えないしな。
「じゃ、行くぜ!」
「「「はい!」」」
「やれやれ……」
だからさ、宗っちにも原因はあるんだからね。分かってる?
お読みくださり、ありがとうございます。
プランAorBで迷ってましたが、Cを新たに考えました。Cで行きますね。