第114話、タケ、異次元へ飛ぶ。
「「うぉぉぉぉぉぉぉー」」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁーー」」」
謁見の間に集められた老若男女の悲鳴が鳴り響く。
クソッ。間に合え、間に合ってくれ。足場を外され落下する刹那、俺は全力のマナを使って、スプリルボイドを詠唱した。視界が急に暗転する。魔法を制御する余裕もない。ありったけのマナを注ぎ込んだ。そして、効果はすぐに現れる。
全力で放った魔法は範囲を超え、王城を丸ごと異次元の空間へと運んだ。
「あれっ、なんだ……ここ」
異次元の空間には重力がなかった。王城の材料だった石材も、大理石も、人も、全てのものが宙に浮かんでいた。
「死んだぁ。死んだのか」
何を勘違いしたのか、人々は嗚咽を漏らし泣きわめいている。
第一王子を見ると、心ここにあらずといった状態だ。立った状態で、目だけが動いてる。おっ、俺に気づいたようだな。結界の効果で無傷だ。
国王は目をつぶった状態で震えている。他の王族だろうか。小さな子供からキレイなドレスを着た女性たちまで体を丸めて震えていた。少なくとも、崩壊の最中に瓦礫に体を打ち付けたのか、ケガをしているようだった。
傭兵たちを見ると、宙でバランスを取れずにくるくる回っている。この世界の人よりは対応力はあるみたいだな。宇宙ステーション内部の無重力空間で良く見るアレだ。この場所で銃を使われたら困るな。傭兵たちにはスリーピを掛けてさっさと眠ってもらう。で、豚だが……玉座にしがみついた状態で、ガチガチと歯を鳴らしてる。あっ、良く見ると下半身から水滴が漏れ出してた。
豚は無傷かよ。玉座の背もたれが壁の役割として、瓦礫から身を守っていた。
「タケくん、ここはどこかな?」
どこ、どこでしょう。俺に聞かれてもねぇ。とっさに思い当たった魔法使ったら来ちゃった。としか言い様がない。
「さぁ。俺にも分からん。でも、死んでないのだけは確かだな」
「分からんって、なんでこんな事に……」
ハドロ王子が慨嘆してる。俺たちの会話で正気を取り戻した豚が、俺たちの存在に気づいた。ハドロ王子を指差し、傭兵に命令を飛ばす。
「は、は、ハドロ。おい、おまえらハドロだ。ハドロを撃ち殺せ」
何とか声を絞りだして、発声したと思ったらそれかよ。でも、残念だったな。傭兵たちは全員、夢の中だぜ。俺はユニオンサークルで玉座ごと豚を拘束した。
「ふあぁあ。さて一件落着だな」
「いや、タケくん。どう見ても解決してないよね。それにここは――」
「おぉぉぉ。ハドロ、ハドロじゃないか。無事だったのか」
「兄様。おにいざまぁぁぁぁぁ」
「ここは一体、何があったのです」
ハドロ王子が騒ぐから。他の皆も正気に戻ったじゃねぇか。
一〇歳未満の子供は全員ハドロの妹なのか。王子に向けて救いの手を伸ばす。
王妃も、国王も、ハドロ王子の無事を喜んでる。
それにしても、ここは――。ちょっと予想外の場所だな。初めて使った中級魔法。異次元の空間に入り込めるらしいが、入り込んだと言うよりも、放り出されたような感じだ。城が崩れている最中に使ったから、人と残骸が入り交じった。
「ハドロ王子、まずは要救助者を一カ所に集めてくれないか。このまま元の世界に戻ったら――俺たち以外は瓦礫で押しつぶされるからさ」
「あ、うん。分かった。やってみるよ」
これで重力が戻ったら、上にある瓦礫がヤバいからな。ハドロ王子が空中遊泳してる間に、瓦礫をどかさねぇと。何かいい魔法は……。さすがに全員に結界を張るのは困難か。範囲の結界もあるが、それだと瓦礫も範囲に入ってしまう。
やっぱ、瓦礫を一つずつ退かすしかねぇか。
この世界の構造がどうなっているのか分からない。これで魔法を解除して元のザイアーク王城の敷地に戻った時、退かした瓦礫はどうなるのか。
帰還とともに瓦礫も戻すと最悪、瓦礫で街を破壊した。なんて事もありえる。
面倒だけど、アイテムボックスに収納するしかねぇのか……。
王子が王族の皆を一カ所に集めている間に、俺も瓦礫の収納に奔走する。
足場を確保したら、目的の瓦礫に向かって蹴り飛ばす。
水泳で折り返すターンの要領で、目的に近づく。瓦礫に手を触れアイテムボックスへ収納。それをしばらく繰り返した。
小一時間もやった所で、大きい瓦礫の回収をほぼ済ませた。
「よし。これくらいなら残っても大丈夫かな」
野球のボールくらいの大きさの瓦礫は放置した。数が数千とかあるから、これも全部回収となったら俺の心が折れる。
「タケくん。こっちも終わったよ」
ハドロ王子の元に、全員が集められていた。
フッ、分かり易い構図だな。豚と傭兵は放置かよ。まぁ、いいけど。
王子が集めた王族と貴族、宰相たちに結界を掛ける。
「エグザガーダル!」
魔法の適性がない人には見えないが、よし。ちゃんと固まってる全員を包み込んだな。ハドロも王族も皆、これから何が起きるのか不安そうだ。
全く。落ち武者は薄の穂にも恐れず。ってことわざ知らねぇのかよ。俺も良くは知らねぇけどさ。
「じゃぁ、行くぜ」
かけ声とともに、俺はスプリルボイドを解除した。
「「「「うわぁぁぁぁー」」」」
「「「「きゃっ――」」」」
フワッとした浮遊感が一変。俺たちの体に重力がのし掛かり落下が始まった。
「――ぐっ」
俺も胃を圧迫する感覚に思わず息を飲む。
十メートルは落下しただろうか。地面に降り立つと、柔らかい布団にダイブした様な感覚が走った。なるほどな。結界を掛けたまま落下するとこうなる訳か。
「ふぅ。戻ってきたぜ」
ハドロ王子も、他の皆も、あぜんとしたまま動かない。視線はある一点に向けられている。ん、何でだ。ちゃんと王城に戻った筈だが。俺もその視線の先を追う。
「げっ、なんだ。これ――」
視線の先には、更地があった。いや、正確には王城のあった場所だけ更地になっていた。あれ、これ俺がやった訳じゃねぇよな。
あっ、でも、後宮の建物は無事じゃん。
「ホッ。良かった」
「タケくん。何が良かったのかな?」
「こ、こ、こ、コレは何だ――」
コレは何だじゃねぇよ。陛下。見りゃ分かるって。王城跡地だよ。
俺の魔法で異次元に飛ばしたのが原因。とは、思いたくはねぇけどな。
でも、命あっての物種だろ。良かったじゃん。
国王は口をあわあわさせてるし、他の王族もぽかーんとしちゃってる。
俺は上空を見渡すが、崩壊の原因となった飛行機は飛んでいない。しかし、まさか爆撃までするとはね。侯爵にアレをお願いしといて良かったぜ。
お読みくださり、ありがとうございます。
天候が回復し暑い日に入りましたが、皆さんも体調の変化に気を付けてくださいね。
私も、熱い中犬の散歩で出歩いて頭痛が……そんな訳で半日寝込んでおりました。夜は涼しくていのですが。これから朝まで書きますので、お楽しみに。それでは。