第111話、ハドロ、逃走する。
「カサノーバよ。これはどういう事だ!」
ザイアーク王国、王城の謁見の間に、この城の主だった者たちが集められた。
中でも異彩を放つのは、玉座に腰をおろす豚、第四王子のカサノーバだ。
両脇を武装した傭兵六人に守られ、王族、宰相、内政をつかさどる貴族たちを見下ろす格好で睨みを利かしている。ザイアーク王の物言いに、ニヤリと笑いながら論争を繰り広げる。
「はっはっは。いい気味です。陛下、いや、父上。見下ろされる気分はいかがです。僕はずっとこの日を待ち続けてきた。あなたたちの上に立つこの日をね」
「カサノーバ様、ご乱心か!」
「そうですぞ。カサノーバ様。今ならまだ――」
宰相二人が口を挟み諫言するが、
「黙れ! クソ爺。おまえたちが父上に、いろいろと吹き込んでいたのを知らなかったと思うのか。僕の心情を理解せず、ハドロ兄上と比較ばかりしやがって。どれだけの苦汁を飲まされたことか……知らぬとは言わせないぞ」
カサノーバが言い終えると、傭兵の銃口は二人の宰相に向く。
フフッ。この銃の威力を知っていれば、もう口は開けまい。そう思い尚もカサノーバは口を開く。
「父よ。先程も申したが、今日で父の治世は終わる。今日からは僕が王になるのだ。帝国に王都まで入り込まれた父上には、もはやその資格はない。そして、たかが計算が得意なだけで宰相になった爺たちも不要。ハドロ兄上が見つかり次第、ここにいる全員を断罪する。僕は建国より誰も成し遂げられなかった大陸統治を目指す」
「何を、世迷い言を、カサノーバよ血迷ったか!」
「フフッ。父上、僕は、あなたには失望したのですよ。あのような訳の分からぬ魔法師を重用し、公爵の位を授けるあなたにね。アイツを殺す手段はいくらでもあった筈だ。それを、あなたは貴族の反対を押し切って公爵にしようとしている。ここに居ない貴族たちもきっと――僕が王になることに賛成してくれるでしょう」
言い終えると、話の途中で入室してきた傭兵がそっとカサノーバに耳打ちした。
「何をやっている。まだ城の中に居るはずだ。早く拘束してここに連れてこい!」
苛立たしげに命令すると、たっぷりと肉の付いた顔を醜悪に歪めた。
* * *
「はぁ、はぁ、はぁ――」
「大丈夫かいフリーシア」
「はぁ、は、はい。大丈夫でございます。殿下こそ」
「僕は大丈夫さ。これでも鍛えているからね」
腰まで伸ばした金髪の女性に声を掛けたのは、第一王子のハドロだ。彼は、カサノーバの怪しい動きを察知すると、すぐに正室であるフリーシアを連れて城から待避していた。今居る場所は、冬の間に使われる地下道であった。
「それにしても義父様たちは大丈夫でしょうか?」
城のあちこちから銃声が響いた事で、慌てて逃げ出した。他の者たちの行方を気にする余裕はなかった。それでも、城からかなり離れると一気に不安が押し寄せてくる。フリーシアは頬を伝う汗をハンカチで拭い不安を口にする。
「カサノーバが簒奪を行うとしても、すぐに殺したりはしないと思うよ。第一に、僕が見つかっていなければ、カサノーバの味方に付く者も限られるからね」
「ならいいのですけど……」
「それにしても、傭兵たちを味方に引き入れるとは。工作員の拷問を願い出た時からこうなることを考えていたのか。それとも、今回、たまたま傭兵たちの思惑と重なる所があったのか。まさに寝耳に水ってヤツだね」
次世代の王が確約されていたハドロは、王位をカサノーバが狙っているとは思えなかった。王位を狙うのであれば、侯爵家の婿取りが決まる時に拒んだ筈だ。
一度、侯爵家に入れば次の王にはなれない。その事は本人も知っている。そう考えると今回簒奪に走った理由は――そう考え、ハドロは左手に持つ銃を見つめる。
そして、過剰な力を手に入れた事で、過信したのだろう。そう結論づけた。
「ハドロ様、この先はどちらに行けばいいのでしょうか?」
フリーシアに促され、ランプに照らされた通路の先を見る。そこは三つに分かれていた。真っすぐ進めば、警備兵の宿舎へと続いている。だが、相手は銃を持つ集団だ。となると、剣で武装した兵士たちでは荷が重すぎる。そう考えたハドロを右の道を選択する。この先にはあの貴族家がある。侯爵家が――。
「ここは右へ行こうか。右へ行けば、侯爵家があるからね」
「ふふっ」
「何がおかしいんだい?」
「だって、ハドロ様が楽しそうだからですわ。まるで、イタズラを成功させようと考えている子供みたいでしてよ」
「ははっ。やっぱり分かっちゃうか。彼に頼めば、すぐに解決すると思うんだ。彼に銃は通じないからね」
やっぱりこの娘と結婚して正解だったな。こんな状況下に於いても、僕の考えを理解してくれるのだから。
そう考えると、ハドロは目の前の女性を愛おしく思えた。
そして、お目当ての場所にたどり着く。
「地下道から屋敷へ続く格子には鍵は掛けられていないな。後は、屋敷のどこに出るのかだけど……最悪は、扉をこれで破壊すれば気づいてもらえるかな?」
「ふふっ。お手柔らかにお願いしますわ。後で侯爵様から叱られましてよ」
「非常事態だからね。それは勘弁してもらいたいかな。おっと、階段だ。フリーシア、足元に気を付けてね」
薄暗い階段をゆっくり登っていくと、鋼鉄状の扉があった。ハドロはドアノブを回してみるが、やはり冬の季節が過ぎたことで鍵が掛けられていた。
「うーん、やっぱりコレしかないか。フルーシア、ちょっと下がっててね」
フリーシアをヘドロの背後に隠しながら、銃口を鋼鉄のドアに向ける。
封鎖された空間に銃声が響き渡る。そして、目の前の鋼鉄の扉に穴が開いた。
「後は、待つだけかな。早く気づいてくれるといいけど――」
* * *
俺はこの時、自室で動画の編集をしていた。この動画は、麗華さんとの結婚式を映した動画で一般に公開するものではない。タカトさんに見せる事を目的とした動画だ。最初にウエディングっぽいエフェクトを入れて、BGMにはネットで落とした教会音楽を使用した。
「よし。われながらうまくいったぞ」
後は、この動画をタカトさん専用のテストサーバー宛てに転送してと……。ちなみに麗華さんは、アロマたちと、お茶会をしている。アロマとの披露宴の打ち合わせを兼ねているらしく、俺は入室禁止を言い渡されていた。
「転送まで結構時間が掛かるな……」
結婚式の入場から、退場。ブーケトスまで全部納めた動画はさすがに容量が大きかった。余談だが、ブーケは当初アロマに向かって投げられた。次の花嫁はアロマだから間違ってはいない。けど、実際にブーケを拾ったのはサラフィナだった。
アロマは、「なんでサラフィナさんが拾っちゃうんですの」なんて言って、涙目になってるし。
サラフィナは、「あれ、誰が拾ってもいいんですよね」なんて惚けてるし。計画は滅茶苦茶だったが、結構、盛り上がったからいいか。
そんな事を思い浮かべていると、屋敷に銃声が響き渡った。
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