第110話、樹海の基地。
「では、将軍。頼むぞ」
「ハッ、今度こそ、わが命に代えましても成し遂げてみせましょう」
カサノーバがザイアーク城で不穏な動きを見せていた頃、北の国境警備隊のグスタフ将軍と軍務卿のルジアースが引き継ぎを行っていた。
この北の砦は、戦車部隊が侵攻して来た際に武器を捨てて逃げ出した。今回はその名誉を挽回させるため、グスタフ将軍に敵基地への潜入を任せる事になった。
ルジアースの同行はここまで。ではなぜ、北の国境にルジアースがやって来たのか。帝国へ報復戦を仕掛けるための情報集めである。グスタフ将軍の率いる傭兵たちが基地で部品を調達している間、ルジアースは帝都の調査をする。
その様な事を軍務卿自らが、といった苦言は、ルジアース本人の説明で退けられた。相手がこの世界のものであれば、間者に調べさせればいい。だが、相手は、この世界の者ではない。
先の侵略で使われた戦車、銃、他にも何が出てくるのか分からない。間者の報告だけで事を動かすのは危険だ。そうルジアースは判断したのである。
ルジアースは馬車に乗り換えると、商人に偽装した者たちと一緒に、旧サラムンド帝都を目指して去っていった。
「さぁ、俺たちも行こうか!」
ルジアースの出立を見送ったグスタフ将軍も、軍用トラックに乗り込み出発した。目的の場所は、ここより二百キロ先にある樹海に作られた基地である。
基地までの道は、戦車部隊が踏みしめた後だけあって凹凸も少ない。
「私の知る限りでは、一度、樹海に足を踏み入れれば生きては出られない。そう聞いていたのだがな……」
「あぁ、この世界の人々であればそうかもしれませんね。私たちもM1エイブラムスの大砲と魔法師の青年の力がなければ危なかったでしょう」
全長十メートルに及ぶ地竜相手には、銃も役に立たない。基地を建造し始めた頃は魔物の縄張りを荒らした事で、日に何度となく魔物の襲撃を受けた。
それを撃退したのは魔法を操る宗方と、M1エイブラムスであった。地竜の多くを殲滅した事で、最近は鳴りを潜めている。
樹海の横を進みながら、傭兵は当時を懐かしむように説明する。
北の砦を通過された時は、M1の砲撃で呆気なく門は破壊された。その威力に恐れをなし、グスタフ将軍も身を隠すように守備隊を引き連れ逃走を図ったものだ。
あの攻撃ではさもありなんと、思いを巡らせ、今作戦の疑問点を吐き出す。
「だがその基地は、この地へのゲートなのだろう。ならば、作戦が失敗した時点で次の戦力を投入しているのではないのか……」
ザイアーク王都の攻略に失敗した以上は、次の部隊を投入するのは当然と思われる。特に、首謀者のデスチルドなる者には逃げられたのだから。そういった疑念が浮かぶのも当然であろう。
「どうですかねぇ。雇われの傭兵である私には分かりませんが……ただ聞きかじった話ですが。東側の連中がうるさくて、それはないらしいですよ」
「ルジアース軍務卿から少しだけ聞いたが、その方たちの勢力も一枚岩ではないという事であったか」
傭兵への聞き取り調査で、地球側の勢力図はある程度知られている。グスタフ将軍も当然、ルジアース軍務卿から聞かされていた。
「そうですね。私たちが所属するのは西側の国家で、東側の共産主義の連中がうるさいんですよ。もっとも、東側の連中の思惑も西側とそう変わりはないでしょう」
「異世界へ侵攻する事で得られる資源であったか」
「はい。ここは私らからすれば宝の山ですからねぇ。どの国家も利権に絡みたいってのが正直な所でしょう」
グスタフ将軍の顔色が険しくなる。先日、砦を崩壊させた戦車。それ以上の兵器を持つ国々が一斉に異世界へ来たらどうなるのか。考えただけで頭の痛くなる話である。これから向かう基地が異世界へのゲートであるならば、それを破壊した方がいいのではないかと思慮するのであった。
「おっと、ここから樹海へ入りますよ」
傭兵が指し示したのは、樹海の奥へと続く舗装された道だった。
道幅は、二十メートルはあるだろうか。両隣は鋼鉄製の高い壁で仕切られていて、それが奥まで続いている。
先程までは砂地を走行していて、腰に振動が伝わっていた。その揺れが消えた。
「何だ、この道は――」
道は石畳であればつなぎ目に車輪が乗り上げるたびに、揺れるものだ。
その振動が全くといって伝わってこない。驚きを隠しきれないグスタフ将軍に傭兵が説明する。
「これはコンクリートで作られています。簡単に説明すると、地面をロードローラーで押し固めた上に、砂や砂利、水をセメントで混ぜ合わせた物を敷き詰めたものですね。もっとも、ここの路面にはポリオレフィン系の繊維を混ぜ込んでいるので雨が降っても水はけはいいですよ」
「これは簡単に作る事が可能なのか?」
「ええ。簡単といえば簡単ですね。材料さえあればですが……。私の世界の道は全てこんな感じですから」
グスタフ将軍は心胆寒からしめる。それも当然であろう。このような道があちこちにあれば、交通は今以上に便利になり、軍の移動も容易になる。
さらに馬車であっても車軸や車輪にかかる負荷を減らせることで、迅速な行動を可能にできる。
この技術だけでも、この世界で優位に立てる。そう考えてしまうのも致し方ないだろう。戦車も必要だが、この技術もほしい。そう考えていたグスタフ将軍に、傭兵から張り詰めた声が掛けられる。
「将軍……あれが基地です」
グスタフ将軍もその声に先導されてそれを見た。
「なっ、なんだ。ここは――」
彼らの正面には巨大なコンクリートの門がある。そのコンクリートの両脇には、入場者を監視する守衛の部屋がおかれていた。その部屋はガラス張りになっていて、中からこちら側は丸見えの状態。
自分たちの接近に気づいた者たちが、一斉に銃を向けていた。
慌ててグスタフ将軍も銃に手を掛けるが、それを運転席の傭兵に遮られた。
「無駄ですよ。あれは正規兵だ。こちらで不自然な動きをすれば――あれで攻撃されます」
傭兵の視線の先には、M2ブラッドレー歩兵戦闘車の砲口が旋回を開始していた。狙いは明らかに、自分たちだろう。M1エイブラムスをも破壊できるTOW対戦車ミサイルを備えている事で有名な戦車だ。
これからギアをバックに入れて逃げ出しても、あれからは逃げられない。
グスタフ将軍は傭兵の顔色から不利を悟った。そして、銃を車内へ残し外に身を投げ出した。傭兵もそれに続く。当然、武装を解除して。
「おまえは、第一陣でザイアーク王国へ侵攻した傭兵だな。これはどういうことだ」
銃を構えた兵士の中から、偉そうな男が問いただす。傭兵は観念した様子でグスタフ将軍に目を向ける。
「私はザイアーク軍の将軍を人質に取り――逃げてきました」
「――なにっ」
グスタフ将軍は信じられない事を聞いたとばかりに声をあげる。そして傭兵の意図に気づくと、トラックの座席に置いたままの銃に手を伸ばした。
だが、正規兵がそんな行動を見逃すはずもない。グスタフ将軍が銃に手を伸ばす前に、銃声が聞こえ――その場にグスタフはくずおれた。
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