第107話、タケ、結婚する。
カーン、カーン。教会の鐘が鳴り響く中、俺は麗華さんとの結婚式を行う。この世界にはそのような風習はないらしいが、陛下の計らいで可能になった。
シスターたちが両手に花を持ち、両脇の礼拝椅子には侯爵家と王家の者たちが立ち並ぶ。孤児院の子供たちが先導する形で、俺と麗華さんがウエディングロードを歩く。
麗華さんの服装は、王家御用達の店で新調したものを着ている。無垢な白を基調とし、薄いブルーの刺繍が入ったプリンセスラインのドレスだ。一方、俺の方は、公爵家の紋様が入った黒いロングジャケットに、ブルーのパンツを履いている。
二人、お揃いの色にしようといった意見もあった。でも、結婚式だけのために新調はできないので、取りやめになった。麗華さんのドレスは王家のパーティでも着ていける。だが、俺のロングジャケットは白だと目立つ。陛下より目立つ格好の服装は好ましくない。そんな理由で黒にした。
「この子たちかわいいですね」
先導役の子供たちの格好も、白を基調とした服装で統一した。当然、費用はこちらもち。さすがに陛下から賜った金貨の十分の一は、今回の服装に消えた。
「う、うん、そ、そうだね」
緊張と興奮が冷めやらぬ様子で、俺は、たどたどしく返事をする。
それも仕方がない。隣には眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備。全てを兼ね備えた麗華さんがいるんだよ。しかも、俺の花嫁として。一生に一度の晴れ舞台だからね。
俺たちが祭壇前に到着すると、神父が用意された祝詞を読み上げる。
これも、この世界にはないものだ。俺たちで考えて渡してある。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御祓祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等諸々の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐み恐も白す。二人の行く末に幸あらんことを――では誓いの品を」
日本の祝詞と神父のせりふを掛け合わせてるが。大丈夫だろ。と思った瞬間。
俺たちの頭上に太陽が浮かび、一気に弾けた。
「「「「おおぉぉぉぉ」」」」
今のは何だ――。
驚いて後ろを振り向くと、サラフィナも、アロマも、公爵も皆が驚いている。中には、俺が何か魔法を使ったと思っているものも居そうだが、それはない。
俺は何もしてないからな。
麗華さんも驚いて俺の方を見ているが、ここは何事もなく終わらせよう。
手順通りに、俺は胸ポケットから指輪を出す。俺の動きを見て、麗華さんも指輪を取り出した。思わず息をのむ。俺は麗華さんの左手を掴み、そのままゆっくり彼女の薬指に指輪をはめた。同じ動作で今度は麗華さんが、俺の指に指輪をはめる。
「では、新郎、新婦は誓いの口づけを」
そして、その時がやってきた。
「麗華さん、いくよ」
「はい」
はにかむ彼女のベールを捲って、彼女を片手で抱きしめる。そして、俺からひと思いに口づけをした。初めての時のような余裕はない。ただ、彼女の火照った体温だけが感じられた。
その場にいる皆が盛大な拍手をする。
俺は、体を離して麗華さんの顔を見る。すると、麗華さんは満面の笑みを浮かべてた。俺も照れながらそれに応える。これで名実ともに、俺たちは夫婦になった。
俺たち二人は、反転してみんなの方を向く。アロマは、うん。なんだか羨ましそうな顔してる。サラフィナは良くわからん。あんまり人前で笑わないからな。侯爵はただ頷いてるし。侯爵婦人も笑みを浮かべてる。麗華をアロマと置き換えている感じがする。陛下は満足そうだな。第一王子はニヤついてる。王妃は、ほほ笑ましい物をみたって顔か。第四王子は呼んでない。
孤児院の子供たちも指をくわえて眺めてる。女の子は特にそうだ。
俺が旦那さんか。自分で言うのも変だが。実感が湧かねぇな。
「麗華さん、ステキでしたわ」
「アロマさんも結婚式をされてはいかがですか?」
「私がですのッ――」
あぁ、アロマはニヤけちゃってるし。でも、こっちの風習ではお披露目イコール結婚だそうだからな。俺たちの挙げた式は新鮮に映っていたようだ。
「おお、ムコ殿。なかなかに素晴らしい演出であったな。感動しましたぞ」
うん。それ俺がやった訳じゃないけどね。まぁ、そう思ってるなら別にいい。
「タケ様、麗華様、おめでとうございます」
「うん、サラフィナも参加してくれてありがとう」
「ところで、先程の魔法は――」
「おぉ、タケよ。見事な式であった。これで名実ともに公爵の任を引き受けてくれる訳だな。はっは。次は、アロマとの披露宴であったな。楽しみにしておるぞ。ああっはっは」
サラフィナの問いかけは陛下の言葉に遮られた。まぁ、後で話す機会はあるし。別にいいか……。とは言っても、俺から話せることは何もないけどな。
こうして麗華さんとの結婚式はつつがなく終わりを迎えた。
そして、その晩。
俺はソファーにくつろぎながら、ノーパソで初夜の勉強をしていた。
「なるほど、新婦が初めてなら、俺が優しくリードしないとダメなのか」
ここからは俺も未体験ゾーンだ。しっかり勉強しないとな。お互い緊張しているから和らげてと。ただし、鼻息を荒くして野獣のようにならないこと。うーん、中々に難しいな。やっぱ欲望のままにってのはダメか。
「傘問答だって! 傘なんてねぇぞ。なになに……」
あぁ、なんだ。本当に傘を使うわけじゃないのか。新郎が傘を持ってきたか新婦に聞いて、新婦が持ってきましたと答える訳ね。で、新郎が、差しても良いかと尋ね、新婦は許可を出すと。なるほど、奥が深いな。
「他はっと。何々……中世ヨーロッパでは、新婦は新郎の前に統治者に処女をささげる! はぁ? なんでそんな事するんだ。陛下とか侯爵がそんな事を言ってきたらぶっ殺してるぞ!」
まったく。ろくな風習じゃねぇな。ただ統治者がスケベだっただけじゃねぇか。 この世界も中世と変わらないが、地球でなかった事にホッと胸をなで下ろす。
既に、部屋には麗華さんのベッドが運び込まれている。彼女の着替えも、クローゼットに収納してある。俺は新婚さんなのだ。ムフフ。
そして、その時がやってきた。
「タケさん、お待たせしました」
バスタオルを頭に巻いて登場してきた麗華さんも、なんだか熱っぽい。風呂上がりだから当然か。薄いピンクのネグリジェが妙にそそられる。うん。俺の息子も準備はできている。だが、焦ってはダメだ。野獣になってはいけないと書いてた。
「麗華さん、傘は持ってきたかい?」
「えっと、雨なんて降ってませんけど」
「――――――――――――――――」
あれ、どうなってんだ。初夜のしきたりじゃないのか?
しばし、見つめ合う二人。
「あぁ、えっと。そうだよね」
「くすくすっ。タケさんも緊張しています?」
楽しそうに笑いながら、そんなことを言ってくる。
「う、うん。俺も初めてだからね」
「なら一緒ですね」
「あ、風呂上がりなら喉が渇いてるよね。といっても。冷めた紅茶しかないけど」
俺はテーブルの上に用意しておいたカップに紅茶を注ぐ。手が震えて、カチカチと鳴った。隣に座った麗華さんの体温が、やけに艶めかしい。
「ど、どうぞ」
「あ、ありがとう」
ゆっくりとした所作で、彼女がカップに口をつける。思わずその行動を目で追う。麗華さんの喉がコクリと震えた。俺も、唾を飲み込む。
「はぁ。お風呂上がりなので助かりました」
うっとりとした彼女の視線に、俺も酔いしれる。麗華さんは、俺に体を預けるように近づく。そして、彼女が瞳を閉じたタイミングで、俺は薄いピンクの唇にキスした。そのまま、彼女をお姫さま抱っこでベッドへと優しく運ぶ。彼女の吐息が首筋にあたる。俺の息子も彼女に当たる。
「それじゃ、いいかな?」
「はい、明かりは――」
「恥ずかしいよね」
「――はい」
うわぁ、いよいよか。俺が麗華さんと、麗華さんと。ついに――。
麗華さんの全てを見たかったけど。今日は我慢だな。焦らず、野獣ではダメだ。襲いかかってはダメだ。あくまでも紳士に。タケはジェントルマンになるのだ。
布団の上に麗華さんを下ろした俺は、サイドテーブルの蝋燭を消した。
お読みくださり、ありがとうございます。
本日はここまでです。