なりそこないの王 -私がバンパイアになった夜-
どうも皆さんこんばんは!
私の名前は宇井崎 奏。16歳。花も恥じらう女子高生になったばかり。ぴちぴちのギャルです。嘘です。ちょっとオタク入った地味めな女子です。
入学してまだ一月も経ってないけど、現在進行形で不登校してます。いや多分このままだと退学になりそうです。
いじめとか友達できないからとかじゃないですよ?
地元から遠い学校には来ましたけど、初日からそれなりにコミュニケーションはとりつつ腹の探り合い、じゃなかった気を使いつつ友達候補は確保していました。
友達になれそうだった佐倉ちゃん。
君には同じ空気を感じていたので、そのうちオタトークできたんじゃないかな。でももう叶うことはないの。嗚呼、無情。
その理由は、私が今、深夜の樹海を走っていることにあります。
女子高生が、樹海ですって?
まさかまさか自殺をする気なんて、と考えたそこのあなた!
そんな気、これっぽっちもありませんよ!
むしろ生き延びたい結果こうなってしまったんです!
私の話し、聞いてくれますか?
ことの起こりは半月ほど前に遡ります。
*****
その日、私はカラオケからの帰りだったんです。
高校生になったからってことで、門限が中学の時よりちょこっとだけ延びまして、親睦会やろうってことで、その門限をちょこっとだけオーバーしちゃったんですね。
ちょこっとだけですよ?
結果、母から鬼のようなメッセージがきまして、来月のお小遣いが半減される危機に陥ったわけです。
帰るしかないでしょ、死活問題ですから。
そんなわけで、慣れない道なのに早く帰らなきゃと近道を探していたんです。
大通りを避けて、ちょっと臭い路地裏を走って、迷ってしまいました。
急がば回れとあの時の自分に言いたい。
そうは言っても現代っ子ですから、知らない道でも焦ることなくスマートにルート検索、北はどっちだとスマートに端末をくるくる回していたら手が滑っちゃったんです。
拾おうとしたら、そこにまさかの人の足が落ちてきて、くしゃっと潰れてしまいました。
くしゃっと。
踏んだくらいじゃ画面割れるだけじゃん?
それが、潰れてたんです。
その時点で冷や汗ものですよね。
見上げた先にはとんでもない美人さんがいました。
そう、潰した犯人ですね。
普段の冷静沈着な私なら、ちょちょちょい、弁償して私を家まで連れていきなさいと当然の主張をしたところですが、この時は違いました。
何故って? ……動揺していたからです。
とんでもない美人さんてのに気後れしたというのもあります。
まあ私も、美人寄りの親しみやすい系美少女風女子高生を自負してますから、動揺なんてしないんですけどね。
一番の理由は、美人さんの胸がなかったんですよ。
ぺったんこって意味じゃありません。
元々あっただろう胸が、なかったんです。
具体的に言うと、抉れ……いえ、やめときましょうか。
ですが、恐怖よりも何よりも、それでも脈打つ心臓に目を奪われました。
なんで動いてるんだろうって、すごいなって。
口に出してたんでしょうね、それを聞いた美人さんは真っ赤に染まった唇を歪めて、それはそれは慈しみ深く笑いました。
私も思わず笑顔を返してしまうくらいに。
その後は、実はあんまり覚えてないんですよ。
だって、美人さんは取り出しやすそうな自分の心臓を掴んで、引きちぎって、私の口の中に押し込んだんですから。
夢かもしれないです。
夢でしかあり得ないでしょ。
夢だったらって何度思ったことか。
味? ……聞かないでください。
多分、私それ食べちゃったんですよね。
噛んだり飲み込んだりした記憶はないんですけど、そうとしか思えないんです。
だって、体がおかしくなったんですもん。
母よ。帰りが遅くなったのは不可抗力なのです。どうか、お小遣い半額だけは。
*****
ぼんやりとした意識の中、家にはなんとか辿り着きましたが、体調が悪いこと悪いこと。
怒ろうとした母も、いじろうとした姉も、私のあまりの顔色の悪さにベッドへ叩き込みました。もう少し、優しさを。
次の日は一日中寝ていたようです。死んだように反応がなかったとか。覚えがありませんね。
私が気づいた時には、気分がすごく晴れやかで、体がとっても軽くって、何でもできそうな万能感に包まれてました。
天下統一を果たした信長さんの夢でも見ていたんでしょうか。
そして。
そして、私はひとりじゃないことに気づいてしまったんです。
私はひとりじゃない。
みんながいる。
みんなの存在が手に取るように分かったんです。
みんなは、私の子どもたちのようでした。
愛しく、守ってあげたいと思いました。
私に子供なんていないのにね。ギリギリ結婚はできるよ?
ついでにおかしな能力も手に入れました。
切れた指から滴る血が操れるようになったんです。
なんじゃそりゃ。
でもこれはたいしたことではないです。
出血量しか動かせないので、糸のように細くうねるだけで、あんまり役には立ちそうもなかったからです。
そんなことより、体がとっても軽くなったことが役に立ちました。
身体能力が上がったと言えばいいんでしょうか。
屋根から屋根へ、ぴょんぴょん跳んで行けます。自分でびっくり。
走り幅跳びの世界王者になれそうでした。体育で若い才能を開花させた女子高生が、世界各国から引く手あまたのスカウトを受けて、やがてセレブになるのです。
ですがその妄想が叶うことはありません。
まあ、現実味のない妄想ですからね。
まあ、この現実が一番現実味がないんですが。
私は、みんなから命を狙われていたようでした。
母よ。多感な思春期の娘はしばらく家出をします。お小遣いは、何とぞそのままで。
*****
みんなの居る場所は全て分かっていました。
ひとりひとりの存在を感じていたので、ぜひとも会ってみたいと思ったのです。
私はみんなを愛しく思っていたので、みんなもきっと私を愛しく思ってくれていると。
自然ですよね?
実際は一方通行の愛なんて、重くつまらないものでした。
私からのアプローチは、殺意によって返されました。
何故でしょう?
それはみんなが、私の子どもだったから。
親を殺そうとするなんて、許しません。ぷんぷん。
嘘です。許せないことなんてありません。
愛しいみんなの気持ちも分かるんです。
嫌ですよね、自分が把握されてるのなんて。
嫌ですよね、一方的な愛なんて。
嫌ですよね、支配されるのなんて。
みんなの言っていることはよく分かりませんでしたが、私はみんなを支配するものになったようでした。
私は逃げました。
そりゃあ、死にたくないですもん。
まだたった16年しか生きていないんですよ?
これからいっぱい遊んで、そこそこ勉強して、彼氏を作ったりして、部活して、オタトークして、受験して大学生になって大人になって就職して結婚して子供を産んで家族が増えて親孝行して。
それから、私は逃げました。
くしゃっと潰れた現実は、まだ新しく買ってもらえてませんでした。
そして樹海に来ました。徒歩で。
生きている人を巻き込みたくなかったんです。
ナイスチョイスでした。
ここに来たおかげで、イケメンなお兄さんとダンディなおじさまに出会えたからです。
運命の出会いとは、こういうことをいうんでしょうか。
母よ。帰れる気がしませんが、捜索願は不要です。お小遣いの繰り越しってアリですか?
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外見はイケメンでしたが、事実世捨て人でした。
樹海住みニートなお兄さんです。
でも、私の子どもです。
お兄さんは色々と教えてくれました。
私やみんなが何者なのか。
いわゆる、バンパイアでした。
中二病は卒業したと思ったら、意外にはしゃいでしまいました。
お兄さんは、正しくはレヴァニスフィアだと言っていましたが、実質似たようなものです。
みんなは人の血を糧とします。怪力を持ち、太陽にも強く、にんにくも嫌いではないそうです。
心臓を銀の杭で突き刺したら死にますが、首が切れても、出血が多くても死ぬそうです。
丈夫ですが、人と近しいです。
私はみんなの血を糧とします。自身の血を操り、太陽にも強く、にんにくは嫌いです。
心臓を銀の杭で突き刺しても、首が切れても、出血が多くても死なないそうです。
もはや人ではありませんでした。
私は、私の心臓を食べられたら死ぬそうです。
心臓を食べた者に、王さまが引き継がれるらしいです。
あの美人さんは、どうやら死んでしまったようでした。
みんなは、みんなが同じように私を殺そうとしているわけではないそうです。
朗報でした。
王さまになりたい者と、王さまが不要な者と、王さまを求める者が、私の心臓を狙っています。
お兄さんのように無関心を貫く者と、引き継がれた者が王さまであると認める者もいるそうですが、後ろ盾も派閥もない、ぽっと出の私を積極的に守ってはくれないようです。
悲報でした。
孤立無援とはこういうことを言うんですね。
国語が役に立ちました。
あの美人さんは、王さまが疲れちゃったんでしょうか。
お兄さんは、私に血をくれました。美味しくはなかったですが、不味くもなかったです。
母よ。私はまだあなたの娘と名乗ってもいいですか。お小遣いは、貯めておいてください。
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私はみんなの居場所が分かるけど、みんなは私の居場所が分からないようです。
片想いは、辛いですね。
イケメンの自宅(樹海)に身を寄せている時でした。
武装した男の人が乗り込んで来たのです。
イケメンは私を置いて逃げました。切ないものがありました。
私はその男の人に捕まった、というより保護された模様です。
対レヴァニス特殊部隊だそうです。世の中は知らないことばかりですね。
男の人はおじさんでした。
おじさんと呼んだら微妙な顔をしたので、おじさまと呼んだらさらに微妙な顔をしたので、おじさまと呼ぶことに決めました。
おじさまも色々なことを教えてくれました。
バンパイアは人の血を糧とします。
その過程で人を殺めることも少なくないそうです。怪力ですもんね。
その過程で人をこちら側に引きずり込むことも少なくないそうです。まさに私のことですね。
私のような引きずり込まれたまま放置される被害者は時々いると言われ、樹海から連れ出されました。
おじさま達はそんな人を助け出し、日々研究してあちら側に戻す治療もしているそうです。
治療? 私はどこも悪くないんですけどね。
疑いを見せると、おじさまは熱心に説いてくれました。
安心させようとしてくれているのが伝わりました。
多少、いや随分とんちんかんなことも言ってましたが。
そんな折、私がいた治療所が襲われました。
みんなと特殊部隊の人たちは長らく敵対しているので、襲ったり襲われたりを繰り返しているようです。
おじさまは私を守ろうとしてくれました。
人肌に飢えていた私は、ころっとみんなを裏切り、おじさまと一緒に行くことにしました。
王さま失格です。
というより、元々、王さまになれていなかったんです。
このまま、王さま不在でもいいんじゃないですか?
私を殺そうとしてくるみんなのことなんて、私にはどうすることもできないんだもん。
私は、私のことをおじさまに話すことにしました。
母よ。親不孝な娘でごめんなさい。少ないお小遣いの使い道を考えるの、好きでした。
*****
おじさまは真剣に私の話を聞いてくれました。
久しぶりに泣いた気がしました。こんな歳になって、超はずぃ。
久しぶりに撫でられた気がしました。掌は大きくて、あたたかかったです。
私みたいな、辛い経験をする人を増やさないためにと、協力を求められました。私はみんなの居場所が分かるから、百人力なんだそうです。
おじさまは怪我をしながら怪我をしない私を守ろうとしてくれたので、少しくらいなら、とつい言っちゃいました。
ほだされたわけじゃないですよ?
私の操ることのできる血も見せてみました。前に使ったときよりもなんだか大きくなったような気がします。
おじさまは、使わないように、と私に釘指しました。
どうしてでしょうね?
私はしばらくおじさまのところにお世話になることになりました。
一度だけ髭を剃ったおじさまは結構若い気がしたんですが、男の矜持ってやつだとかよく分からないことを言ってました。
テレビでは1分にも満たないニュースで私のことが流れてましたが、同じ名前だなとかよく分からないことを言ってました。
豪華であたたかい食事は、美味しくなかったです。
人としての、最後の穏やかな時間でした。
そして私は前線に駆り出されたんです。
女子高生をですよ?
大人の考えは信じられません。
それからのことは割愛しますね。
一度使ってみたかったんです、割愛。かわいいじゃないですか?
嘘です。痛かったので思い出したくないんです。
この体になってから痛みには鈍感になってたんですけど、多分、心が痛かったんです。
結果を言うと、私は王さまになったんです。
え? それがね、今までの私はまだ完璧な王さまじゃなかったんです!
新誕! ニュー奏ちゃんですよ。
いや、再誕! かな。
きっかけは、おじさまが危なかったんで、ついうっかり。
すごいですね。
支配するってこういうことだったのかと。
こんな力、王さまを殺しに来るはずです。
美人さんもこれを使えばあんなにボロボロになることもなかったのに。
美人さんは、優しい人だったんですね。
私はおじさまを守りました。
一宿一飯の恩というやつです。
まあ、一宿でもないし、実はおじさまのお家でもなかったんですけどね。
女子高生と成人男性は暮らせないですよ、当然でしょ。
それでも、嬉しかったことには変わりないから。
私は、みんなの王さまになりました。
母よ。健康には気を付けてください。お小遣いは、お姉ちゃんにあげてください。
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私は、みんなの王さまになりました。
おじさまとはサヨナラです。
涙は見せませんでした。私は強い女なので。
嘘です。涙はもう出ませんでした。
きっと、心は泣いていたかもしれません。
でもおじさまのことを考えると、あったかくなれるので、それだけで充分でした。
私は、みんなの王さまになりました。
みんなを、従え、守り、そして戦わなければなりません。
それが私の役割。……違いますね、自分で決めたことです。
いつの間にか、私を置いて逃げたイケメンが傍にいました。
恨んでなんかいませんよ? 私の子どもですから。
恨んではいませんが、一番働いてもらいます。
今さら態度を改めたって、一番働いてもらいます。
そしてお兄さんは、私に一番近くなりました。
私は、みんなの王さまになりました。
私は王さまになったので、もうみんなを裏切ることはありません。
なので、しょうがないです。
おじさまとは戦いたくなかったけど、しょうがないです。
感情的ではなく、理性的に行動しなければなりません。
それが大人ってものでしょ?
私は、学校の友達になるはずだった彼らより、ちょっとだけ早く大人になってしまっただけなんです。
ただ、それだけなんです。
だから。
だからどうか、戦うことを躊躇わないでください。
あなたが死んじゃったらとても悲しいです。
涙は出ないけど、とてもとても悲しいんです。
私は、みんなを選ばない選択肢は持ってないんです。
それが、私を殺そうとしていた者であっても。関わらないよう独りで森にいた者であっても。まだ私を認めていない者であっても。
私は、みんなの王さま。
みんなは、私の子どもたち。
変えることはできません。
母よ。…………ごめんなさい。お母さん。
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理由はお分かりいただけたでしょうか?
なので、私は今、深い森の中を走っています。
手には随分立派になった、私の血が握られています。これ、自由に形を変えられて、中々便利でした。
私は生き延びるために戦います。
死にたくはないし、みんなを死なせたくはないから。
私が居れば千人力ですからね。
でも実は…………これは内緒ですよ? もう一回だけおじさまに会いたくて、私は前線に繰り出します。
たとえ、化け物と罵られようとも。
早く、会いたいなぁ。
母よ。初恋は実らないって嘘ですね。今度は私がお小遣いをあげれたらいいな。
歳の差恋愛のつもり。
以下、概要です。読まなくてもいいです。
平凡な少女には普通の未来があるはずだった。
ある晩、赤く染まった美女と出会った奏。食わされたモノのせいで、普通ではなくなってしまった体と心。そして“みんな”の存在を知った。
感じたことのない激しい衝動に突き動かされ、奏は今までの人生では想像に及ばない残酷な世界に身を置かざるを得なくなる。自分のせいで人が傷つき、家族にさえ会えず、頼れる者もいない。加えて、この感情は自分のものなのかも分からず、苦しみ、泣けず、死ぬこともできない。
そんなつらい時、寄り添ってくれた人がいた。偽りの生活だとはわかっていたけれど、短くもあたたかい日々に癒され、奏は自分の心を信じることができるようになる。
その人を守るため、みんなを守るため、奏は王になることを選んだ。それは決別を意味していた。
ただ生きていてほしかった。決して戻ることはできない。でも後悔はしていない。
そして二人は再会する。あの時のように触れることは叶わないけれど、もう一度だけ――――




