剣狂、巌流、魂魄、エルフ。の巻 七
二人は互いに刀の柄に手を掛けた状態で、互いの出方を窺う。
だが、それぞれの意識はやがて、二人の間に横たわる空間の、ある一点に向いた。
景虎は小さく息を吐き、ツバメに目で告げた。
「どうやら、直接聞いた方が早いみてぇだな」
「同感だ」
先に、ツバメが動いた。背に負った鞘から物干し竿が飛び出して三本の亀裂を虚空に刻む。すると、そこから何かが逃れるように、僅かに空気が不自然に揺らいだ。まるで、目に見えぬ霊体がそこを漂っているかのように。
「そこか!」
景虎はさらに詰めより、納刀状態で押さえつけていた自らの獣性を一閃に解放した。
「『首狩り』ィィッ!」
真一文字に空気が裂ける。
だが、宙を走った刀身はやはり空を切った。手応えも無い。
「……良い勘をしているね」
涼やかな声がした。まるで透明な霧が立ち消えたかのように、刃の走った空間から二人の男の姿が現れる。
一人は銀の瞳と銀の髪をした、白粉を塗りたくったように白い肌をした異人の青年であった。手には見慣れない意匠の錫杖が握られており、装束も和装とは明らかに異なっている。
そして、もう一人の方は二人のよく知る、大剣豪の姿であった。
「武蔵ィ……ッ!」
景虎は歓喜して斬りかかろうとしたが、ツバメが制した。
「待て。足元を見ろ」
武蔵には足が無かった。腰の辺りから姿が霞み、膝から下は完全に煙のようになって空気に溶け込んでいる。
また、その顔には恐ろしい程に表情が無い。
生きとし生ける者、例え虫けらであろうと、武蔵の表情に比べれば幾分か表情豊かに思える程の無表情である。
「ええい、本当に武蔵なのかっ!?」
困惑する二人に、銀眼の青年が微笑みかける。
「呼び出しておいて申し訳ないが、武蔵とは戦えないよ。
魂魄の状態だから、意思の疎通も、干渉する事も出来ない。
本来なら、このまま世界に溶けてしまう存在なんだ。
今は、僕が繋ぎ止めているんだけどね」
ツバメが物干し竿に手を掛けた。
「貴様、何者だ」
「おっと、申し遅れた。僕はハルトロン=ミーダ。
僕は君たちから見た異界、どこか遠いどこかからの旅人と言うか、まぁ『探索者』かな。
その名の通り、見て回り、探している。僕たちの国に招くべき、武に優れた達人をね」
奇妙な物言いであった。頭の中で別の言語を逐一日本語に訳して話しているようだった。
「達人を、招くだと?」
「うん、そうさ。
僕……いや、僕たちの国の人々は、不思議な力を扱うのは得意だが、いかんせん腕っぷしが弱くてね。
だから、色々な場所を渡り歩いて助っ人を探すのさ」