剣狂、巌流、魂魄、エルフ。の巻 四
「……景虎殿。実は父が景虎殿に渡すようにと、私に遺した物がございます」
伊織は、景虎が落ち着いたのを見計らい、懐から二つの書状を取り出した。
「父は、あなたの才と獣の如き闘争心を高く評価していたようです。
ここに、父がしたためた二通の書状が有ります。
もしも仕官を望むならこの『推薦状』を。恐らくは縁ある細川藩もしくは我が小倉藩への便宜を図るものと存じます。
しかし、もしも景虎殿があくまでも戦いを、更なる強者との切磋琢磨を望むのでしたら、こちらの『果たし状』をお受け取りください。
二つに一つ、片方だけを選ばせるようにと仰せつかっています」
景虎は神妙な顔をした。
「『果たし状』だと?」
まさに今果し合いをしに来た景虎に対して、しかも死人からの果たし状とはおかしな話である。
伊織もまた、神妙な顔をしている。
「私も中身については何も知りません。
ですが、この果たし状は武の高みへのこの上ない縁となる。
父はそう申しておりました」
「……」
景虎はしばし黙考した後、伊織に向けて手を伸ばした。
手に取ったのは、推薦状であった。
伊織は僅かに安心したように息を吐いた。
「分かりました。そういうことでしたら、この伊織も、景虎殿の仕官に微力ながらもお力添え……」
だが、景虎は伊織から推薦状を受け取ると、刀に手を伸ばした。
さすがの伊織も、これには驚いた。
「何をなさる!?」
「こうするのだ!」
景虎は、伊織の眼にもとまらぬ一刀のもとに、推薦状を真っ二つに斬って捨てた。
「仕官なぞのために剣を曲げるぐらいなら、ハナッから武蔵を斬ろうなどとは思わなかった。
己は唯、『最強』となりたい。倒したかったのだ、武蔵を……」
景虎は呆然とする伊織から果たし状を受け取ると、ゆっくりと封を破り取って一瞥した。
「ヌッ、何だと!?」
突如暗く下を向いていた目が驚きに大きく見開かれ、景虎は狂笑した。
「ははは、死人め、何と面白いことを書くものだ!」
「?」
伊織も気になってこれを覗きこむ。すると、やはり神妙というか、理解が追いつかないというか、そんな顔をした。
「……景虎殿はこの意味が分かるのですか?」
「分からん! だが、どうすればいいのかは分かる」
景虎は狂喜していた。伊織がかつて理解しようとして理解できなかった、若き日の武蔵がそこにいた。強い者や未知に立ち向かい、体当たり的に自分を試す。その事を何よりの喜びとする性情である。
果たし状にはただ一行、記されていた。
巌流島にて待つ、と。




