八話 後悔が道を塞ぐ時
終わりは中々来なかった。がたがたと震えて、強く瞑った目を開けることもできなかった俺だが、恐る恐る目を開けて見た。
――FAⅡは、頭部側面に大穴を開けて、機能停止しているようだった。唯、その足が俺の頭の横で止まっているのは、酷く恐ろしかった。
「……へ?」
そんな間抜けな声をだして、ようやく尻餅をつけた。見れば、何時だったかの白マネキン……K4が、大型の拳銃を構えていた。
「お前は……K4?」
「はい。私の個体識別番号はK4です。貴方を助けに参りました」
「固まってくれていて良かったです」と、のたまうK4は、正直言って前とは雰囲気が違うように見えた。……いや、此方が正規の用法? 前の時から筋力重視のアンドロイドを唯の付き添いにするには高価だとは考えていた。
というか、E7! そうだ、自分の事で手一杯だったが、E7は!?
俺が慌てて走り出そうとすると、K4が俺を止めた。「何だよ!」と振り返ったが、
「E7は既に救出済みです」
と言われて、落ち着いた。考えて見れば、幾らでも替えが効く俺を助けるよりも、E7の方が優先度が高いに決まっている。俺が後回しにされている事など一目瞭然だ。要するに、俺の心配は無用だったという事であった。
「あぁ……いや、その……」
「一体引き受けて貰えて助かりました。しかし、貴方は一般人なのですから、軽率な行動は控えてください」
俺の言葉を、K4が遮った。……気遣い、か。
「……クソが」
そうか。気遣われたのか。もはや、悪態をつく気にもなれなかった。唯漏れたのは、自分の迂闊さと愚かさに対する後悔と、情けなさで満ち溢れた胸の中だった。
そうだよな。認めるしかないのだろう。認めたくはなかったけれども、アンドロイドの方が、人間よりもすぐれている。筆の動かしすぎで腱鞘炎になることもなければ、無限に増え続けるデータベースからスランプが起こることもない。精神を病むこともないのだ。
悔しさで涙がこぼれそうになって。はぁ、と短い溜め息でごまかした。
それに、何て情けない様だ。もう一度、今度は長い溜め息。偽善で走って、反応もできずにふっとばされて。ボロボロにされた挙句、自分が大嫌いなものに助けられて。ハハ、こんなクソ展開、最近のラノベじゃすくないだろうな。
K4は俺を助け起こしながら、先程蹴られたあたりを触診している様だった。
「骨折していますね。肋骨を二本。私は分析型ではないので正確ではありませんが、臓器には刺さっていないと思います」
「……そう、か」
まだ、ぼんやりと、しかししっかりとした断続的な痛みは続いている。今夜は眠れなさそうだ。痛み的に。まぁ、どうせ禄に眠る事などできなかっただろう。
「……すまん、でしゃばった」
俺がでて来ても意味はないのに、と。そんな意味で呟いた言葉に、K4は返答しなかった。
それで、E7はなんらかのデータ的汚染をされていないかのシステム細部整備、駆動部に問題はおきていないかを確認する為の分解整備等で、NALに一旦送り返される事になった。
俺は病院へ搬送され、骨が肺なんかにめり込まない様な処置を施されてから、絶対安静と言い渡されて家に帰された。三日かかってこそいたが、こんなんで良いのかと思った。唯、絶対主義者のあいつ達が大丈夫といったのだから、まぁ大丈夫なのだろう。
愛すべきボロアパートに戻った。唯、一瞬雰囲気が違う気がして、ここは俺の家なのか? とふと思った。そして、「そうか」と呟く事になる。
「……E7がいないのか……」
なんだかんだ、人付き合いの少なかった俺に話し書けてくれた、数少ない奴だった。たとえそれが任務で致し方ない事だったとしても、独り言が少なくなった俺にとって、静かなアパートでは唯一のまともな話相手だった。
いなくなってから、自分が寂しがっていたのかと知る。
学生時代、ツンデレと友人からいわれた事があった。その時は、そんな気持ち悪い呼び方するなと言って笑ったものだが、あながち間違いでもなかったのかもしれない。今になって、そう言われたのが何となくわかる気がした。
俺は多分、話し相手がいなくなるのが嫌なだけだったんだろう。そこにアンドロイドへの嫌悪感とかは存在しなかったんだろう。あったなら、俺は迷う事無く見捨てた筈だ。
いっその事、見捨てられるほど俺が孤独に慣れていたのなら――
こんな決意、しなくても良かったのに。
E7が戻ってくるまで一週間を要した。機械の修理という観点で見れば相当に長い時間だった。それだけ万全を期したという事だが、今となってはどうでも良い事だった。
当たり前の様に、何事も無かったかのように入室してきたE7。俺はそれを待っていて、ゆっくりと頭を上げた。いつもの、最近になってようやく見慣れた顔をみて、俺はいった。
「契約を破棄したい」
嗚呼。俺って、面倒くさい奴だよな。
だからさ。アンドロイドの癖に、ちょっと傷ついたような顔するの、やめてくれよ。
「現実を認めたくない」自分がいて、「現実を受け入れろ」という自分もいる。現実を認めなければ、今を生きることができないですから。
――本田圭佑