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六話 滲む夜と見捨てられない男

 駄目か。結局俺は、小説を書けないのか。


 そんな考えが静かに零れた。




 結局、何一つすることもないまま、E7と過ごして一ヶ月だ。そう言えば、期間なんかは決められていないが、何時までやればいいんだろうか。まぁ、どうでもいい。


 今日も雨が降っていた。一昨日は雪が降っていたと言うのに、随分な事だ。雪が氷になって、明日は交通事故が増えるんじゃ無いだろうか。アンドロイドが滑るのは大変結構な事だが。


 何をする気にもなれず、俺は――五万ドルから持ってきて買った――高級布団の上で横になっていた。やわらかい。久しぶりだ。だが、そんな高い布団でさえも、眠気を呼ぶ事はできなかった。外をチラリと見れば、凄まじく暗かった。


 今、夜七時か。んでもって、この悪天候だ。しかたないと言えばしかたない。そこでふと、唐突に外を見たくなった。


 考えてみると、殆ど外にでていない。出不精で、殆ど必要な時しか外に出ていない。もう暗いが、それでもいい加減外に出た方がいいかも知れないと、その時の俺は考えたのだろう。


 振り返って、E7の方を見た。あいつはあいつで、勝手に発注した本を読んでいる。元々俺の金とも言い切れない物だから、別に良いが。俺が立ち上がったのを察して、チラリとこっちを一瞥した。芸の細かいスクラップ(アンドロイド)だ。


「俺は外にいくが」

「この雨の中ですか」

「やかましい。人の言葉を遮るな」


 話の腰をへし折られたが、咳込んでもう一度。


「俺は外にいくが、お前はどうする」


 何故こいつはこうもアンドロイドらしくない。忌ま忌ましい。E7は暫くこちらを見てから、溜め息の真似事を一つ。パタンと本を閉じて、「行きます」とだけ言った。俺は振り向かずに、扉を開けて外に出た。外はやっぱり、土砂降りだ。寒いが、そこまでではない。


 傘さえ差せば、濡れる事もほとんどない。下水関係の強化も行われているから、水溜りがそう深い事もない。しいて言えば、川が溢れているぐらいだが、橋を越える事はない。安心設計だ。


 後ろをチラッと見ると、E7が雨の中、黙々とついてきていた。雨に濡れたボディが、街頭の光を反射していた。傘に入れる気はなかった。


 黙って歩く俺と、黙ってついて来るE7。奇妙な雰囲気だった。


 最近。こいつは他のアンドロイドとは違うんだな、と。ようやく気付けた様な気がする。まぁ、前々からわかり切っていた事ではあるが。


 自分の役割に妄信的、或いは盲信、猛進的ではない。かといって、全く無気力の鉄屑でもない。何か突出しているかと言われても、特にはないのだろう。ないないずくしのアンドロイドだが、特殊な哲学思考用という役目(?)をおっている。


 本当に、よくわからない。だが、何となくこいつは、何処か嫌いになりきれなかった。


「なあ、E7。お前って――」


 そういって振り向いた視界の先に。


 白いボディの、E7の姿は、何処にも無かった。




 荒く息が漏れる。何処だ。何処だ。何処にいる!? 傘すら投げ捨てて、雨が俺の服を濡らして、焼け付くような寒さが俺を襲っていた。だが、そんな事はどうでも良かった。道行くサラリーマンに、怒鳴る様に聞いた。


「なぁあんた! アンドロイドを知らないか!? 髪の毛が生えた女性型の!」

「い、いや……すまないが、知らない」


 舌打ちも鳴りきらない内に走り出した。くそ、どこだよ! こんな時だけ迷惑かけて来やがって! そんな悪態も雨で流れて行く様だった。走り回って探しながら、警察にも連絡した。応対したのはアンドロイドだったが、そんな事すらも俺には関係無くなっていた。


「もしもし、もしもし! 警察か!? アンドロイドがいなくなったんだ! 捜索をお願いできないか!?」

「はい。こちら警察です。アンドロイドの型式番号か、登録名を教えていただければ信号をた」

「E7! E7だ! NALに所属しているE7だよ!」


 そう言うと、一瞬の間があってから、アンドロイドの声が続いた。


「了解しました。大至急捜索を開始します」


 そう言うと、すぐに電話は切れた。しまう時間も惜しくて、手に持ったまま走り回る。何処だよ。何処だってんだよ! 誰に聞いても、答えは「みていない」しかなく、俺の焦りは募るばかりだった。


「くそ! E7、何処だァッ!」


 叫んた声が届いたのか、どうか。


 唯、耳が割れるかと思うほどのノイズが走った。


 キィーンだかピィーンだか分らない、風呂上りに鳴る物を数万倍に強くしたような音。テレビがまだあった頃に聞いた事があったソレは、確か最近開発されたばかりの、対暴徒用の、スタングレネード? ――いや、これは窃盗防止用の、アンドロイドに装着する追加機能(オプションパーツ)の方か?


 となれば。……もしかすると、E7?


 そう思った瞬間、俺の運動不足な足がはち切れんばかりの勢いで駆け出した。大嫌いな、決してお互いに分かり合えないアンドロイドでも。一ヶ月一緒に過ごした奴をみすみす如何にかさせるほど、俺はアンドロイドを嫌いになりきれなかったのかも知れなかった。


 夜が滲んでいる中、俺は走った。


 何となく、見捨てられなかったアンドロイドの為に。

 "焦ることは何の役にも立たない。

後悔はなおさら役に立たない。

焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔をつくる。"

 ――ゲーテ

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