五話 存在意義の二人
それで。E7のテスターになってから、もう二週間は経った。
E7はよくわからないアンドロイドだ。いや、アンドロイドの事などわかりたくもないが。俺の事をジッとみているかと思えば、何かを思いふける様に天井を見上げてる事もある。何を考えているのか思わず聞いてみた事があったが、
「アンドロイド、及びAIのこれからを思考しておりました」
と、随分なことを考えていた。
そもそも、愛玩用と決めつけていたが、こいつは一体何のための機械なのか。俺はE7を見つめた。機械とはつまり、人に使われる道具だ。何かしら自動化されていても、結局自分のために動く機械などない、はずだ。故に、こいつにも何か役割があるはず。だが、ソレがさっぱりわからない。
愛嬌を振りまく訳ではなく、掃除や料理等の雑用をする訳でもない。静音式の人工筋肉という観点からすれば、護衛アンドロイドでもないだろう。まさかロボットアームで済む作業用のアンドロイドなど作る意味もなく、テスターが俺である必要もない。
そんな事が、更に俺の頭を悩ませていく。そこで俺は、E7に直接聞いてみることにした。
「質問、いいか」
「……はい。何でしょうか」
こんな感じに、俺の問いに即答しない事もしばしば。アンドロイドにはない筈の思考時間がこいつにはある。本当に何なのだろう、こいつは。
「お前は、一体何のためのアンドロイドだ?」
機密であれば、もう気にしなくてもいいのだが。E7はほんの少しだけ俯いた後、暫く熟考していた。そしてふと、顔をあげてこちらを見た。無表情のままだったが、なにやら違う物を感じた。
「私は、人間模倣用。しいていうなら、哲学的思考をする目的で作られたアンドロイドです」
哲学的思考。一瞬だけ、視界がクラッとした。哲学的思考。その言葉を舌の上で転がした。
生意気にも、人を模倣しようと言うのか。それこそ、中学二年生が考えそうな、自分が生きる意味とかを本気で考える為のアンドロイド、か。馬鹿馬鹿しい、意味がないと切って捨てるには、革新的技術の使いすぎが否めない。
「ふざけるなよ……」
思わず、声が漏れた。
「ふざけるなよ! これ以上、人間の必要性をなくすつもりかッ!?」
人を模倣する。つまり、人間がいらなくなる。E7はその下準備とも言えた。これ以上人間の必要性がなくなれば、俺達人間が排斥されるのはそう遠くない未来のはずだ。それに気付いた俺は、立ち上がって大声で叫んだ。幸と言うべきか、俺の部屋の両隣と上は人がいなかった。
「その様なつもりはありません。少なくとも私には」
「じゃあ何だ! お遊びで作られたとでもいいたいのか!」
俺は怒った。何よりも、人間として。必要とされない事が恐ろしかった。元々、俺を必要する人間が一人もいないのだと知っていても、恐かった。だが、E7の答えは、俺の怒りを迷わせた。
「私は自分が"お遊び"で作られたと考えたくはありません」
張り上げようとした声が、着地点を失った。怒りは一気に下火になっていく。そりゃあ、こいつだって自分が遊びて作られたとは思いたくはあるまい。ましてや、アンドロイドという特殊な立場からすれば、尚更。喉に上がった声を飲み下し、はぁー、と大きく溜め息を吐いた。
「……すまん」
「いえ」
また、八つ当たりだ。結局、その日は話さないまま、過ぎた。
俺は相変わらず、こいつがわからないままだ。
今日は雨が降っている。土砂降りだ。E7生活を初めてから、三週間目。あれから、殆ど話して以内。精々が、残高を聞いたぐらいだろうか。日に日に増えていくドルに苦笑いしたが、まぁそれはいい。
胡坐を掻いて、台に向かい合う。無論、置いてあるのは原稿用紙。手に握ったのは万年筆。
――それと、その周りに散乱した紙くずの山。
E7が頼んでもいないのに黙々と片付けている。何でも、「自身の居住空間は清潔に保つのが人間なのでは?」だ、そうだ。ちなみに、何も言い返す事はできなかった。結局あれから、一枚たりとも書く事はできていない。紙くずを量産するだけだ。泣きそうになったが、E7がいたからか、涙は出てこなかった。
精神科にも一応いってみた。まだアンドロイド化はされていない、稀有な職業の一つだ。こういう症状で行ってもいいのか気になったが、まぁいいのだろう。こういうところにきた事はなかったが、意外と静かだった。
それで、俺は。「極軽度で特殊なうつ病」と診断された。それも、かなり特殊な奴らしい。小説――執筆活動など、創作的な意欲が失われ、それに対して拒絶反応を起こしているらしい。俺は気付かぬ間に、簡単な絵すらも描けなくなっていた。
とはいっても、類を見ない特殊な症状だと言う。心理学的にはありえることらしいが、ここまで極端な例は初めてらしい。正直、「へぇー」という、感想とも言えない様な感想しか浮かんでこなかったが。
唯。不意に放たれたようなE7の言葉が。
「貴方は何故原稿用紙を無駄にしているのでしょうか?」
酷く心を抉ってきたのを、強く覚えている。
Life can only be understood backwards; but it must be lived forwards.
"人生は、後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない。"
――キルケゴール