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二話 始まりを伴わない夢の終わり

 眠い。暗い。睡魔は思ったよりも早く帰り、窓の間からつめたい隙間風が俺を完全に覚醒させた。ムクリと起き上がる。窓から差し込む暗闇が、まだ夜明け前だと言っている様だった。


 寒い。体がぎこちなく動く。それで、何とか起き上がる事ができた。体中の間接がカチコチに凍ってしまったようだった。動くのも辛く、すぐに胡坐をかいて座りこんだ。掌を見つめつつ、指を動かしてみる。ギシギシと音が鳴りそうな動き。かじかんでいるらしかった。


 木の台は出て行く日に、ババアにでもプレゼントしてしまおうと思っていた。どうせもう必要ない。とはいえ、出て行くのは明日ぐらいにしようとは考えていた。今日で見納めとなるだろう木の台に、向かい合った。


 父が作ってくれた台は、角材を切りそろえたような不恰好な感じだ。だが、怪我をしないようにと丁寧に削られた表面は酷く滑らかだった。俺には勿体ない、いい父親だと思う。母も、この万年筆をくれた。高かっただろうに、無理に貯金をしてまで買ってくれた。


 俺なんか、いない方が良かったんだろうな。


 俺の家は、そもそも裕福と言う訳ではなかった。俺含めて五人の子供がいたからだ。俺は四番目に生まれた。姉、姉、姉、俺、弟、父、母という家庭だ。姉は全員、それなりにいい会社で働いている。今も元気だ。弟も、凄腕エンジニアとして活動していて、まともに働いていないのは俺だけだ。


 こんな俺がいたから、きっと大変だっただろうな。よく喧嘩したし、意見も食い違い、殴り合いにまで発展したりもした。俺だけだ。落ちこぼれは。ふぅ、と大きなため息を吐いた。


 いつの間にか、台に原稿用紙が置かれていて。俺は万年筆に手をかけていて。まだ、書こうと言うのだろうか。俺は。諦めたのでは無かったのか。くくっと、苦笑。まぁ、俺が優柔不断なのは今に始まった事じゃない。最後に一つぐらい書いたっていいだろう。


 黒光りする高級な万年筆の蓋を取る。原稿用紙の、一行目に題名を書こう。さて、何を書こうか。そうだ、何時か姉が夢で見たと言っていた、星から追い出された少年の話を書こう。題名はまぁ、とりあえずシンプルに"星から追い出された少年"でいいだろう。出す事もないんだろうし。スラスラと題名を書き、昔より随分字が綺麗になったなと思った。


 SFがいいか? それとも、童話にすべきか。いや、姉はSFが苦手だったな。そんなことを考え、ファンタジーでいいかと思った。さぁ、書くぞ。冒頭は何がいいかな。とりあえず、「一人って、酷く暗い」で――


 はた、と気がついた。手が進まない。最初の一文字を書こうと、一文字目の所に筆を置いてから、一切動いてくれない。早く書くぞ、と自分に言い聞かせるように、冒頭の文字を書こうとする。


 だけれど、動いてくれない。何でだ? と、万年筆を見た。万年筆が震えている。……(いな)。違う。俺の手だ。俺の手が、書きたくないとガタガタと震えている。


「何でだよ」


 静かにそう呟いた。何で動いてくれないんだと。何で、震えるだけなんだ、と。無理矢理に筆を走らせようとして、インクの染みは文字にすらならずに、ガガッと原稿用紙を派手に横断した。――それは、拒否反応と言えるレベルだった。俺の体が、本能的、無意識下で小説を書くことを嫌がっていた。


 そんな、馬鹿な。俺は小説が書きたくて、こんな都会まで出て来たんだぞ。呆れた様に右手を見た。万年筆を強く握り締め、書こうと言う意思とは反対に、ぶるぶると震え続ける腕を見た。


 そんな。そんな! 右手からポロリと万年筆が落ちた。何で、何でだよ! そう当り散らすように右手を床に叩き付けた。バシンッ、と乾いた音。右手はもう書く物も落としてしまったのに、ぶるぶると震えたままだった。


 何度も、何度も、震える右手で床を叩き続けた。書けよ! 書きたいんだろ! そんなことを口走りながら、狂ったように叩きつけた。痛みか悲しみか、ボロボロと涙を流しながら。


 結局、夜が明けるまで俺の手の震えが止まる事は無かった。




「そんな……」


 結局完全に日が昇ってから、自分の心にある物を言葉にすることになった。書きたくないのだ。"無駄になると分かっている物"を生み出したくないというのが、本音であったのだ。今更書いても、どうせAI小説の方がと否定されると、心のどこかでそう思っていたのであろう。


 コロコロと転がって部屋の隅にまでいった万年筆を拾って、蓋を閉めた。汚く線が書かれた原稿をみて、嘆く様な長いため息。俺は、小説が書けなくなっている。そんな事実が浮き彫りになったからだった。


 これからどうしようという言葉が一瞬出かけたが、すぐに意味もなかったと飲み込んだ。どうせ、最後に一つぐらいと言う、うすい希望だったのだから。だけど、そんな安い言葉で、完全に夢が崩れ去ったのを納得する事などできなくて。がむしゃらに、インクで汚れた原稿用紙を引き裂いた。


 こんなのが現実だと、信じるのは嫌だった。


 だが、その反面、どこかに「俺の夢などこんなものだ」と囁く俺もいた。

Death is a friend of ours; and he that is not ready to entertain him is not at home.

"死は我々の友である。死を受け入れる用意の出来ていないものは、何かを心得ているとはいえない。"

 ――フランシス・ベーコン

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