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一話 雪中行軍三十分

 結局、電車が駅に付いても、俺の心の怒りは晴れない。雪を蹴りあげて、ロボットやアンドロイド、AIに対しての悪態を吐きながら帰路に着く。住居であるボロアパートは、駅から遠い。このクソ寒い日に傘すらさせずに歩くのは、正直憂鬱だ。


 それも、失敗して帰ってくるのだから、余計にそう思えてしまった。考えを振り払って、フードに降りかかる雪を、頭を振って撥ね退ける。前が殆ど見えない。くたばれ気象庁と八つ当たりをしながら、雪のせいか非常に重い足を引き摺るようにして、何も考えず歩いた。


 或いは、その時に限れば。何も考えられない事は、寧ろ幸せだったのかも知れなかったが。




 遠いと言っても、そう何キロと離れている訳でもない。三十分も歩けば着くというもの。誰も迎える人はいないが、確かに此処が俺の家だ。


「あと一週間家賃滞納したら追い出すからね」


 前言撤回。この大阪風のクソババァがとてもお優しく向かえてくださりやがった。これがライトノベルであるような美人大家さんだったら、まだ払おうと努力する気になれる物を。これじゃ、無理がありすぎるって物だ。ぴしゃりと閉じられた扉は無慈悲だった。


 大体なんだあのババァ。あの珍妙な髪型はいまどきの奴らの選択肢には絶対ねぇぞ。適当にパーマ掛けまくったアホ面晒しやがって。そんな悪態を小声で二、三。ペッと吐きすてて、部屋の鍵を開けた。あいも変わらず。殺風景きわまりない光景であった。


 少ない畳は、部屋の狭さを示している。上を見れば、染みだらけ。下を見れば、畳。家具は一切ない。強いていうなら、金にもならない書く為の木製の台ぐらいか。父が日曜大工で作ってくれた手作りの奴だった。後は、古本が一束ぐらいと、原稿用紙数百枚ぐらいの物だ。


 電話一つなく、寂しい部屋としか言い様がない。ふぅ、と大きな溜め息一つ。


 強いていうなら。夢の、残骸。成れの果てと言った所か。くくっ、と自嘲の笑みがこぼれた。もう、家賃の滞納はなんともならないだろう。仕事なんて、どうせ見つからない。


 今回、小説を売り込めなかったら。もう、諦めると決めていた。いざ現実になると、躊躇わざるをえなかったが。信じたくなどない。だが、現実は小説よりもずっと残酷な事が多いと、つい三年前から知っていた。首吊る準備をしておいた方がいいかな、とそんな事を考えた。


 どちらにせよ、諦めていなくても、結局は近い内に首を吊る事になるのだろう。もはや当たり前の様に日常へ侵食したAIは、様々な職場に蔓延っている。そこに、人間が入り込む余地などない。拾い読んだ新聞では、失業率が五十.五五%と凄まじく高くなっているらしい。


 経済を回しているのは、AIになってしまった。東大卒が揃って仕事がほしいと叫ぶ昨今。平凡な高校を卒業し、前職もない俺に、満足な仕事など回ってこない。一日限りの仕事すらない。大家に金を払うことすらできず、充分に食い物を買うことすらままならない。惨めに餓死するぐらいなら、首を吊る方がマシという物だろう。


 ただまぁ。2ヶ月待ってくれたババァへ恩を感じない訳でもない。せめて、何処か人目に付かない所で首を吊ろう。さすがに、ビルの屋上から飛び降りたり、電車の前に飛び込んだりする勇気も、そんな迷惑をかけるような気もなかった。


 後回しにすればするほど、生へしがみ付いてしまいそうで、俺はさっさと荷物をまとめてしまうことにした。死ぬのはこわい。だけれども、ソレしかないのなら、せめて楽に死にたかった。


 売らずに残した鞄に、本、原稿用紙と、少量の荷物を叩き込んでいく。もとより持ち込んだものは少なく、その殆ども、金に困った時に売ってしまった。もはや私用の物は千円以上の物は質屋に叩き込んだので、安物か配られたものかしかない。入れる時間も少なくて済む。


 精々、母から貰った万年筆ぐらいな物だろう。ただ、もう使うこともないだろうけれども。




 十数分もしなうちに、俺の部屋の荷物は片付いてしまった。悲しむべきか、余裕が出来たと笑うべきか。少しだけ膨らんだ鞄を枕に、寝転ぶ。随分疲れたが、気疲れのせいか、寒さのせいか。不思議と、眠気は起こってこなかった。


 寒いな。一人ごちた。


 部屋にはストーブもエアコンもなければ、布団さえない。両親に示しがつかないと嘆いていたのは、つい昨年までだ。俺はこういう運命だったんだと、適当にこじつけて諦めた。俺を生んだ両親には悪く思っている。こんな不出来な息子でごめんと、会う度にいっていた。


 ようやっと、睡魔が目蓋を塞ぎにきた。今日もきっと、夢は見ない。何時からだっただろうか。夢を見なくなったのは。丁度、三年前か。ソレより前は、もっと綺麗で創造性のある夢をみていた覚えがある。ただ、そんな記憶すらも朧気で、今にも消えてしまいそうだった。


 人の夢と書いて、儚いとは。まさに至言なのかも知れないな。最近の俺は、そう思うようになっていた。昔は、儚いという言葉が嫌いですらあったのにと思うと、昔との変化は大きいのだろうなぁ。


 俺はそんな思考の中、ゆっくりと溶けるような眠りに身を委ねた。

Some people feel the rain. Others just get wet.

"雨を感じられる人間もいるし、ただ濡れるだけの奴らもいる。"

 ――ボブ・マーリー

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