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十話 戦わねばならない時

 ふぅ、と少し大きめに息を吐く。こいつは時々、端的な結果しか言わないことがあると思い出して、だ。


「よし、まずはなぜそうなったか言え」

「あぁ。一応俺が推薦した、って形になるな」


 取り敢えず、益々意味がわからん事は分かった。と言うわけで、俺は詳細な説明を要求した。


 最初に、こいつ――直治の所属する出版社、春川文庫の説明が入った。今の時代には珍しく、アンドロイドと人間を半々で扱い、そして成功した会社であるとの事だ。幅広いジャンルを備えている有名会社だった。


 其処のエース作家である直治は、ある日掃除の途中に俺が昔書いた原稿を見つけたのだと言う。そしてふと思い立ち、それを自分の担当編集者に見せた所、「多いに伸びしろがある」と言って、呼ぶよう言われたと。そういう話らしかった。


 しかも、社長直々の許可があると言うお墨付きだ。「こりゃ君(直治)と並べるぞ」と言い、「チャンスを逃すな」と言わんばかりに、契約書とかそう言った類いのものまでキッチリ用意しくれたらしい。


「どうだ? これ以上無いぐらい良い話だと思うが」

「あぁ……」


 俺は胡乱気に返事した。確かに、これ以上ない、良い話だとは思う。このチャンスを逃す訳にはいかない事も。しかし――


「……考えさせてくれ」


 ふむ? と、直治が首を傾げた。わかってる。俺だってこんないいチャンス、逃したい訳じゃない。だけれど、俺は……もう。


「……お前が考え無しに否定するとは思えない。口ぞえして待って貰えるが……来週までって所だからな」

「何時も、すまんな」


 にへら、と申し訳なさが混ざった笑みを浮かべた。何時も、だ。中学時代、何時もこいつに助けられてきた。馬鹿で間抜け、愚図でのろまな俺の事を助けてくれた数少ない友人であった。あいつらは……今、どうしているだろうか――?


「お前も、変わらんよな」

「お互い様だろ」


 クツクツと笑いあって、再開をまた軽く喜んで。「それじゃあ、またな」と言って別れた。




 さて、と。どうするかな。何も考えていない。考えさせてくれ、とは言ったが。多分、断る事になるんじゃないか、と思っている。あぁ、考えていない訳じゃないか。


 少なくとも、今回の提案は受けられそうにない。だって俺は、もう。書けないんだから。


 頭を抱えて、台にもたれた。あれ程書きたかった物が、こういうチャンスに限って書けない。この時程この世界に神様という奴がいるなら、かなりのクソッたれだと思った事はない。怒りがふつふつと沸くが、向ける対象もいない。


 嗚呼。クソッたれめ! 片腕で台をドンッ、と叩いた。八つ当たりだ。まるで初めの頃と同じように。まるで進歩していない俺の方が、よっぽどクソッたれだろう。俺の中の、何処か冷静な部分が静かに、冷ややかにそう告げた。確かにその通りなんだろうな。これじゃ、駄々をこねる子供の方がマシって物だ。


 ハァッ、と鋭く息を吐いた。そうすると、何時も幾段か落ち着くのだ。今回も例に漏れず、多少は冷静になれた。


 千載一遇。そんなチャンスだ。俺は、今立ち上がるべきなのだ。


 一ヶ月強前から、俺は小説が書けなくなった。今まで書きたい物を書くと、流行なんぞに乗るかと。そんな意気込みで立ち向かってきた。が、いざ書けなくなると、口だけしか動かせない屑人間だ。


 直治は、随分先に進んだ。それはアイツに、才能が合ったからでも何でもないと、俺は知っていた。――小説を書く才能など、存在しない。あるのは人それぞれに持つ、唯一にして絶対な想像力。そして、"書きたい"という心に過ぎない。


 どんな世界のどんな主人公が、どんな生き方をしていくのか。それを考え、そして書きたいと思った者。それはもう一端で一人前の作家なのだから。


 それを絵に出せば漫画家だ。それを文章に直せば小説家だ。


 簡単な話を、昔の作家達は芸術にしてしまった。今考えて見れば、所詮は妄想の類を何かに変え、ぶち撒けているだけに過ぎない。大して崇高な物ではないのだ。それが多数の人間に評価され、売れれば、人気作家なんだ。


 まるで自己暗示だ。いや、自己暗示なのだろう。しかし、意外と的を射いている気がした。ハァー、と大きな溜め息。やってやる。やってやるんだ。どの道、それしかないのだから。


 そうと決まれば、あまりに余った原稿用紙を台に広げ万年筆のインクを入れ替え、背伸びをし指をかるく曲げ伸ばしする。準備は万端だ。


 後は……書けるかどうか。俺の腕が、動いてくれるかどうか――。


 万年筆を、力をいれて――あくまで壊さないように――握りしめ、原稿用紙と立ち向かう。考えろ。焦るな。しかし――




 腕は動いては、くれなかった。


 考えてもみれば、当たり前だ。仮にも、精神病。それも、うつ病だ。そう易々と克服できるものではない。だけれども、悔しくて涙が出た。所詮、俺はこの程度だったか。書きたいと口にするだけの、臆病者であったか。


 だけど。


 俺の代わりに、動いてくれる腕があった。


「……どう言う、物語でしょうか」


 彼女は後に、「あれが優しさという物なのでしょう」と言った。

In the depths of winter, I finally learned that within me there lay an invincible summer.

"真冬、私はついに自分の中に非常に揺るぎない夏があることを悟った。"

 ――アルベール・カミュ


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