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九話 彼女を傷付けた独り善がり

「……それは、どういう……?」


 E7が、困惑したような顔で、俺に問いかけた。こいつの無表情以外の顔を、初めて見た気がする。こんな顔、見たくも無かったけれども。


「……不愉快になった点がございましたら、即時修正いたしますが」

「いや。E7、お前は悪くないんだよ」


 そうだ。悪いのは、俺の考え方だから。頼むから、そんな顔をしないでくれないか。




 そもそも、何故俺がテスターに選ばれたのかは初めから(はなは)だ疑問ではあった。何故貧乏極まりなく、更に今にも死のうとしている俺なのか、と。もっと良い条件の人間は幾らでもいた筈だ。もっと面倒臭くない人間は、それこそ星の数程に。


 だというのに、俺が選ばれた。そこには、E7の一存があったらしい。


 詰まる所、平々凡々な人間な上、ジリ貧で、もはや雨露凌ぐ場も失おうという俺を、彼女(E7)は選んだ。何故かと聞いた事があったが、彼女はそれに「極秘です」と答えていた。


 唯。彼女が選んでくれる程の"何か"を俺が持っていたのだとしても。どうしても、俺にこの役目は続けられそうに無かった。FAⅠ・Ⅱの襲撃は、"無国籍企業"に因る物とK4に教えられてからは、もっとだ。


 俺には彼女を守れない。


 いや、別に俺が守る必要はないのだろう。万が一の時は、K4がかけつけて守る。だが、K4が間に合わなかった時は? ――情けない俺では、守れない。命を懸けて、なんてできやしないのだ。


 一種の、逃げだ。弱い俺らしい逃げだった。背負えない物――E7を投げ捨てて、俺は逃げ出そうとしている。大丈夫、俺よりももっと強く、E7を守ってやれる人はごまんといる。嫌いになれない。好きでもない。まるで友人の様な関係を気付けたからこそ――危険な目にはあってほしくない。だから。


「契約書にサインをしたのは、俺の後悔なんだよ」


 もう何年ぶりになるかわからない、だけど紛れもない。


 本音だった。




 それで。E7は俺の言葉に全く反応しなくなった。いや、反応しない訳ではないか。俺が契約破棄の話をしようとすると目をきつく瞑って耳を塞いでしまう。まるで子供みたいだった。


 傷付けて、しまっただろうか。


 実は、K4と話はついている。E7が抵抗しようがしまいが、直に契約も破棄される事だろう。俺は無職へと逆戻り、そして自殺。


 そして――E7は、もっといい立場、職、能力を持った人間をテスターに変える。きっと今の、俺の所にいるより安全快適、そして有意義な暮らしをする事だろう。


 それでいい。どうせ、俺なんかいてもいなくても何も変わるまい。社会のゴミが一匹消えて、E7は本来の役目を果たせる。そして、アンドロイドが人間を置き去りにして、遥か高みへと上っていく。


 話し相手……友人が傷つくくらいなら。俺が自分から身を引けばいいなら、拒否する気は無かった。


「貴方は、何でそんなに、一人善がりなんですか」


 最後の反応は、酷く傷ついたが。きっと、これでよかった。


 良かった、筈だ。


 コンコン。

 そんな微妙で居心地の悪い雰囲気の部屋に、ノックの音が転がり込む。誰だろうか? K4ではないだろう。早すぎる。


 チラリと見たE7は、しかし動く気が全く無い様だったので仕方なく俺が立ち上がった。ゴキッと背骨が鳴る。考えて見れば、もう数時間は動いていなかった。E7に聞かなければ、相変わらず時計もないこの部屋には時間を確認する術はなかったからな。


 扉を開けた先には、意外な奴。


「よ、生きてたかー?」

「……内山?」


 十年来……とはいっても、最近は殆ど連絡が取れてい無かった友人。内山直治(なおはる)であった。




「元気そうで何よりだな、アポロ!」

「まだ、そのネタ引き摺ってたのか……」


 苦笑しながら答えた名前は、友人間の俺のあだ名だ。通信ソフトでふざけた話をしており、「お前だれだっけ」という会話から、あから始まってろで終わる、と言った時に「アポロか」とふざけた奴がおり、そのまま定着してしまった名であった。今はもう忘れてしまっていたが。


「お前は……随分、有名になったよな」


 父製の台を挟んで、話かける。残念ながら茶ぐらいしかでないと言ったが、「別にいい」と言っていたし大丈夫だろう。直治は、著名な作家の一人に数えられている。ライトノベル作家ではあるが、その独特な作風からコアなファンが生まれている。俺とは、大違いだ。


「ま、先輩の名指導あってこそ、って感じだよ。な、アポロ」

「……」


 俺は何もいう事無く、茶を飲んだ。


 先輩、という言葉は、俺が直治よりも早く小説の執筆を行っていたからだ。俺は大体、中学の頃から小説をトボトボと書いていた。直治は、高校二年ぐらいからだ。高校は別だったが、中学の時に良く話していた。


 それが、ここまで差がつくとは。世も末と言うか、才能の差だろうか……。


「それで、何か用だったのか?」

「あー、それなんだけどな」


 後頭部に手をあてて、困ったように見える直治。俺は首を傾げたが、返事を待った。よし、と小さく息を吐くように仕切りなおしてから、ふと顔をあげた。


「お前、うちの出版社で小説出してみないか?」

If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?

"もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?"

 ――スティーブ・ジョブズ

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