プロローグ 落ちぶれ小説家の負け惜しみ
この作品は拙作、
「近未来にて、ありえなくはないストーリー」
のリメイク・連載バージョンです。
不定期更新な上、元と大きく展開が変わると思います。
ご了承くださいますと幸です。
「くそったれめ」
ボソリと、言の葉が漏れて、電車の車窓に当って消えた。誰もいなかったのは幸だろうか。どちらにせよ、これだけ雪が降っていれば、誰も気にはしなかっただろうが。近年、稀に見る大雪であった。とはいえ、AI達が作った特殊なレールのお陰で、電車の運行に支障はなかった。
西暦で言えば2048年。AIは遥かに進化した。情報、戦術をパターン化し、将棋を打っていた頃とは訳が違うレベルで。簡単にいうなら、物を掴む、と言う動作を人と同じように不自然無く行動出来る様になったという話である。無論、思考レベルでも同じような物だ。
そのお陰で、随分な数の職業が駆逐された。オフィス系の仕事は勿論、介護、救助、研究開発に至るまで全て。職人芸とかいう物も駆逐されている。俺の仕事である……いや、仕事であった、小説家すらも例外ではなかった。
AI固有の無数の言語データベースから叩き出される、高度で美しく、かつ分かりやすく親しみやすい文章の羅列。それは小説家――特に、俺を含めた名の売れていない者の心を悉く折る結果となった。あの鉄屑共のせいで何もかも狂った。頭を抱えてこれからどうしようと悩んだ。
今や職無しのフリーターでしかない俺は、ド田舎の極小出版社まで赴いて小説を売り込んだ。しかし。
「内の会社にはもう専属のAIが居るので結構です」
と、にべもなく断られてしまった。折角夜なべしてまで書いた俺の小説は、結局目を通されることすら無かった。俺の傍らにある、この飾り気のないニ十四枚の四百字詰め原稿用紙がそうだった。必死で書いた。愛と夢を忘れずに、全身全霊をもって書いた。つもりだった。
だが、結局俺の小説は外に出てくる事すら許されなかった。目を通され、誤字脱字を修正した上で無理だと言われたのなら、駄目だったかと溜め息一つで済んだだろう。だが、目を通すことなく拒否された原稿には、やり場のない怒りしか沸いてきはしない。例え八つ当たりであったとしても、納得など出来るものか。
髪の毛を強く、引きちぎらんばかりの勢いで引っ張る。何本かが強引に引っ張られたことで千切れた。だが、怒りに苛まれた俺の歯止めには、弱かったらしい。俺の手はどんどん力が込められていき、口からは激しい勢いで悪態が迸った。
「クソがッ! AI小説が何だ! クソ食らえってんだよッ!」
聞くに堪えない罵詈雑言。椅子を蹴りつけ、窓に頭をぶつけ、それでも怒りは収まらない。AIの方が、必ず勝ってるって言うのかよ! みてもいないくせに! 俺は一端の社会人とは思えないレベルで暴れ周り、っそれはキュルキュルと忌々しい音が聞こえるまで続いた。
「どうかなされましたか」
衝動的に、思わず蹴り飛ばしたくなる。この鉄屑をひっくり返せたら、どれだけ気がすむ事だろうか。丸いボディ、四角い胴体。旧型AIの"ベッパー君"だったか何とかだ。しかし、衝動的に蹴ろうとした俺は、こいつの弁償をする時幾らかかるのか考えた。少なくとも、ウン百万は飛ぶ筈だ。
その思考で、一気に頭を冷やせた。衝動的に蹴りそうになった足を押さえ付け、ポンコツを「帰れ」と一蹴(実際に蹴った訳ではない)する。
「何か御用がございましたら、何時でもご連絡ください」
といって、ポンコツは踵――或いは車輪――を返して、キュルキュルと帰っていった。ベッパー君が見えなくなるまで目で追い、その後は、ハァーと溜め息をついた。
この時代は、発明品がクソッたれならそれに拘る奴もクソッたれだ。頭を抱えても、何も変わりはしない。ここで暴れても、単なる我儘にしか見えないだろうし聞こえないだろう。俺だってそう見るだろうから。
再度、大きな溜め息一つ。窓の外を見れば、また吹雪き初めていた。そう言えば、傘を持ってきていない。いや、そもそも最後の傘も壊れていたから、どちらにせよ意味はなかっただろうな。
色々な思考が、頭の中で一人歩きしている。これからどうすればいいのだろう。三両編成の田舎道を通る電車は、そろそろ駅に着きそうであったが、俺の頭はぐちゃぐちゃのままだった。
駅の人ごみは機械が混じっていて、反吐がでそうだ。俺は何時からか、AIが関係する事が大嫌いになっていた。大通りを闊歩する機械犬を連れている奴の気持ちは分らないし、大手を振ってアンドロイドが歩いているのを見ると殴りたくなる。
理性と言うよりは、微妙なプライドの様な物が、俺の暴走を食いとめていると言ってよかった。
電車はまだつかない。時間の進みがスローに感じる。雪が降っていて太陽で時間ははかれないし、時計をもっていなければ、それが付いているような電車でもなく。正確な時間の進みもわからないまま、俺は電車に揺られていた。結局することも無く、俺の思考はまた最初に戻る。
「くそったれめ」
静かに呟いた言葉は、しかし。
唯の負け惜しみだった。