死神
「早くしろ!」
背の高い恰幅の良い男が怒鳴りあげる
ヴァルゴ商会のヴァルゴ会頭だ。
32才で商会を立ち上げ5年でこの街で5指に入る商会を築き上げた、やり手商人だ。
俺は言われた通り、樽を荷車に積み上げる
いわゆる護衛の依頼であるが、俺みたいな下っ端冒険者は荷運びも仕事の内だ。
冒険者に転職してから半年経った。
この年から冒険者をはじめる人間など、好奇の目で見られても仕方がないと思っていたが、そうでも無かった。意外と多いらしい。いわゆる訳ありって奴だ。しかし、若い内からやっていないと、中々大成はし難いらしい。
冒険者をはじめて、1.2ヶ月は酷いもんだった。炎天下の中、鼻血ダラダラ出しながらゲロ吐いたり、泡吹いてぶっ倒れたりなんかもした。それが半年も経つと、体も徐々に慣れてくる。だがやはり、もう冬とはいえ、重労働は堪える
「これが最後です」
人当たりの良さそうな番頭がヴァルゴに報告する
「冒険者組合も何考えてんだ。いっつもこいつ寄越して。護衛に荷積みもさせるんだからもっと若い奴を寄越せばいいのによ」
「たまたまあの人が空いてたからでは?」
「けっ」
ちげえよ、お前んとこの仕事は護衛で出ててもこんな重労働もさせる事がわかってるから誰も受けたがらねえんだよ
んで、仕事に溢れた俺みたいな冒険者が来るんだよ。と俺は喉まで出かけた声を堪える
しかし仕事に溢れても他にも仕事ならある
冒険者に成りたてなら、少し賃金は落ちるが採取系なんかが良いとされている
しかし、俺はこの仕事をわざわざ選んでやってきている
それは、採取系よりは賃金が良いという理由もあるが、他にも理由がある
それはヴァルゴの出自にある
ヴァルゴは‘冒険者出身’の商人だ
無論戦闘も出来る
むしろその辺の冒険者なんかでは相手にはならない。
その冒険者出身の商人が、どうやって街でも5指に入る商人になったのか?
そこに興味があったからだ。
他にも疑問はあった。
何故、そんな強い商人がわざわざ銅級冒険者を護衛に雇うのか?
ヴァルゴの依頼を定期的に受けているうちに、段々とわかってきた。
それは、一人で荷全てを守るのは難しいからという訳だ。
例え、魔物や盗賊に襲われ、雇われた冒険者が勝てなくとも、ヴァルゴが目の前の敵を斬り倒し、駆けつけるまでの時間稼ぎに成ればいいのである。
実際2ヶ月くらい前、商隊がグレイファングという狼のようなモンスターに襲われた時、銅級冒険者が一人死んだが、ヴァルゴは食糧の荷の方を守ることを優先し食糧の積んである荷車の周りのグレイファングを全て掃討してから、死んだ冒険者の守っていた家財が積まれた荷車の方に加勢にやってきた。
明らかにヴァルゴがいた食糧の周辺が優勢であり、家財の積み荷周辺に護衛が一人しかおらず、劣勢であったにも関わらずである
魔物はまず人を襲う。そして次に食糧を奪う。衣類や家財、食えない物なんかは基本的には放置する。
高位の魔物はまた違うらしいが、この辺によく出る獣型のモンスターなんかはまず食い物にしか興味がない。
人間と食糧だ。
だからヴァルゴは銅級冒険者を囮に使う。
冒険者なんかは人とは思っていない。畑のカカシと同じだ。自分も元は冒険者であったろうに。
まぁ、そんな冒険者出身のやり手商人にパン屋出身の冒険者は何か学ぶ事が出来ないかと思い参加していたのだが、全く役に立ちそうもないという事を感じ始めている
真似出来る程の実力も無ければ知名度も無い
そもそも、こんなクソみたいなやり方を真似したくはない。
この依頼もこれで最後かもな…と思案にふけって歩いていると
「すいません、護衛なのに荷夫のような事までさせてしまって」
ふと、番頭から労いの言葉をかけられる
「いや、いいですよ。ヴァルゴさん所の仕事はこういうもんだっていうのは有名ですから」
番頭は苦笑いを返す
他にも、この商会が大きくなった理由が何となくわかった。
護衛はヴァルゴがいるから最低限、時間稼ぎさえできればいい
だから一番安い銅級で、その分荷夫のような事もさせる、と
道中は魔物にさえ気を付ければ、昔冒険者でならした『撲殺ヴァルゴ』の荷を襲うような盗賊はなかなかいない
そして荷を目的地まで運んだ後は、この弟徒のような番頭が商談を纏めるのであろう。
きっとこの人当たりの良い番頭は話を纏めるのも上手いのであろう。
そしてヴァルゴはそれ以上に頭が良い。
何せヴァルゴのネームバリューと腕がないと成り立たない
もし番頭が独立しようとしても道中、これだけ安価に安全に荷運びをするというのは無理だろう。
しかし番頭の代わりはいくらでもいる
勿論、商売が出来る人間が一番良いのだろうが、ヴァルゴは街でも一番安く商品を卸している
要するに値段交渉の余地はなく、人当たりさえ良ければ誰でもいいと
冒険者で賢い奴は大成しないと言われるが、本当に賢い奴は小金稼いでさっさと違う仕事に移っているという現実をまざまざと見せつけられた気分だ。
毎日、何が起こるかも知れない迷宮や魔境に赴き、命を掛けて宝を持ち帰るよりも、毎日定期的に荷運びをして、自分の実力であれば余裕で倒せる灰狼でも相手にしていた方がリスクも少なく、金になるという訳だ。
その為の実力を持つ迄が一番大変なのだが……
ある程度実力をつけた冒険者なんかは月一度迷宮に潜るだけで暮らしていくだけなら出来るし、それ以上を積極的に目指す冒険者は少ない。
冒険者なんて刹那的な生き方をしている奴らは大体、その時が良ければそれでいいからだ。
ある程度生活に余裕が出来れば上なんて目指そうともせず、昼間から酒場でポーカーか娼婦とイチャついている
護衛を開始して一刻半ほど過ぎた頃、一番危険だと言われる峠にやって来た
ここは道の両側が森になっており峠なので頂の向こう側が見えない
無論疲労もたまっている
待ち伏せる側には最高の場所だ
しかしそんな事はこちらもわかっている。
先程休憩もとったし、今斥候を放った所だ。
程なくして斥候から異常なしの合図が送られてくる
そのまま何事もなく峠を過ぎられるかと思えた時
ビュッ
何かが空を割く音が聞こえた
びちゃっと粘着質な音が後ろからきこえる
後ろを振り向くと俺の後ろを歩いていた冒険者の3分の1右半身が胴体部分からおさらばしていた
「え?」
白目剥いて、断面が丸見え解体ショー状態の元同僚の体が、血や臓物を撒き散らしながらぶっ倒れる
「なにやってんだ! ボサッとすんな!!」
ヴァルゴが檄を飛ばす
ボサッとすんなと言われても何が起きたのかわからない
襲撃か?
いや、周りに人影は見当たらない
「馬鹿野郎!上だ!」
う、え?
俺が上を見上げると、鋭く光る銀色の流線形、その先から滴り落ちる鉄錆びの濃い匂い、其をつかむ白く生者とは思えぬ細さの腕
「リッチ……いや、ハイリッチだ!」
「ひっ」
「逃げろ!」
「お前ら待て!荷物を置いて行くな!」
逃げ惑うヴァルゴ商会の荷夫達や冒険者、それを血管を浮きたたせ、叱責するヴァルゴ
阿鼻叫喚とはこの事かと思えるような混沌
しかし本当に差し迫った問題はそんな事ではないのだ
ハイリッチの頭蓋骨にある二つの空洞がずっと俺を捉えて離さない
何故だ、俺なんか殺しても一円の得にもならねえぞ、向こう行け
その時頭の中に直接語りかけるような声が聞こえた
『見つけた』
「え?」
何をですか?絶対人違いだと思いますよ
するとハイリッチはそれに答えたかのように急に動き出した、いや、速すぎて瞬間移動を繰り返しているかのようだ。荷夫や冒険者の前や後ろに突然現れては切り裂いていく。
飛び散る臓物、人間のかけら、立ち込める強い血の香り、ハイリッチは稲穂でも刈り取るかのような手軽さで人を撫で斬りにしていく
「っ、今の内に」
俺は震える足を気力で立たせて逃げ出そうとする
『まぁ、待て我が半身よ』
はい?
俺は急に後ろに現れたおぞましい気配に体がすくみ、動けなくなる
俺の下半身には平凡なパオーンさんしか付いてないですよ
ほら、寝とられる位ですし
しかも今は怯えてしまってポークピッツのフルアーマー状態ですよ
そんな禍々しい障気なんて放出してませんよ
純真な子供とおんなじサイズになってますよ!
だから人違いです、見逃してください、お願いします
俺はこの世界に俺を転生させた神に祈った
『何を言っておるかわからんというところか、今世の勇者よ』
「はい?」
そして俺の意識は暗転した