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009 迷える領主

「おばあちゃん、何でここに?」

「アリソン! 貴女こそ何でここに?」


<幻竜神殿>を東に折れてしばらく行くと、精悍な顔つきの兵士が二人立っていた。<竜の都>を守る自警団<竜戦士団>の若者である。

シェリアが団長への面会を申し出ると、若者は快く案内を引き受けた。きっとシェリアの名くらいは聞いたことがあったのかもしれない。


自警団の詰所でもあるギルド会館に案内されたのだが、ロビーでばったりアリソンは祖母と顔を合わせたのだ。

ギルド会館は<冒険者>の施設であり、アリソンはこんなことでもない限り来ることはないし、祖母もきっと同じはずだとアリソンは感じた。


「私はね、ホラ、強い男! 連れて来たんだよ!」

「は?」

アリソンはヨサクの腕を取って祖母の前に連れ出す。

「おばあちゃん言ってたじゃない。『強い男が来たら<竜の都>に連れて来なさい』って」

「ああー」

「ハイ、強い男!」

「それが貴女の結婚相手かい?」


「ハア?」

これはヨサクもアリソンも声を揃えて言った。

「ワタシはこう言ったわ。『貴女のいい人は強い男じゃないと認めませんからね。だってワタシ、強い男が好きだもの。だから、強い男が来たら<竜の都>に連れて来なさい』ってね」

「えええええ!」

「ヤレヤレだぜ。クエストじゃなかったのか」


さすがのヨサクも髪をかきあげたまま頭を抱えるようにして固まってしまった。


「ヨサク君。積もる話もありそうだから、ボクはシェリアと団長に会ってくるよ」

「ねぇよ、そんなもん」

モノノフとシェリアはヨサクを置いていく。


「それはそうと、貴女、私のあげた赤ずきんは? なに? こんな妙な帽子かぶっちゃって」

「そんなことは今はいいのよ、おばあちゃん。みんな、私をここに届けるために大変な目にあってるんだから」

「あらあらあら、それはそれは。孫がお世話になりました」


アリソンは祖母に仲間を紹介する。

アロ2が先を促す。アロに比べたらせっかちな性分なのかもしれない。

「それより、先、話す。ここ、<冒険者>の住処。アリソンのグランマ、なぜここにいる」


「え? ああ、それはねえ」


アリソンの祖母はのんびりと喋るので、時折アロ2が急かし、アリソンが相槌を打つ。ヨサクとワールウィンドは興味なさそうに聞いていたが、その中にも聞き落とせない情報が入っていた。


そもそも街の民は<竜の都>の中央部に居住し、商店を営むものが多かった。

北辺は<冒険者>の砦が元々あったわけでなく、北部は<幻竜神殿>とその神官たちの居住地であった。この街と竜は親和的で砦なんて必要なかったのだ。それがこのところバランスが崩れているらしい。

西部はオルステン伯爵が住む邸宅がある。地形を利用して高台に<冒険者>の住宅が作られ、周囲には<竜戦士団>の幹部たちの屋敷もあった。身分も種族も超えた調和的な地域であった。

ところがこれもバランスを崩していた。


オルステン伯爵は西部だけでなく、<マザーロード>から街に入る南部、中央部、北部の一部から<冒険者>や<竜戦士団>や<大地人>を締め出したのであった。

善良で民思いのオルステン伯爵に何があったのかは知らないが、みなそれを受け入れ<ギルド会館支部>と呼ばれるこの建物に起居するようになった。


<牧草地のオアシス>からの道を閉ざしたのも無論オルステン伯爵とその一族である。


「アレン様のお身体の具合が良くないって噂だけど、何だかオルステン伯爵さまらしくないのよねえ。昔ね、流行り病があった時、<メディシンマン>が訪れて治療してくださったときにはそんなことなさらなかったのよ。まだ幼いアレン様を抱えて伯爵さまも並んでらしたの。ワタシたちはね、オルステン伯爵さまに前に行くようにおすすめしたんだけどねえ。頑なに『簡単な魔法で回復する順に並ぶ。それが早く多くの民を救うことにつながるのだ』って仰ってねえ。絶対に先に行こうとしないの。弱っていくアレン様をしっかり抱きしめて、そりゃあもう見ているこちらが泣いてしまいそうだったわ。伯爵は、ワタシたち民草も自分の子と同じように考えてくださってるのよ」


その話が本当なら、オルステン伯爵は変節してしまったか、よほどの事情を抱えていることになる。

街と竜とに起きた異変。伯爵と街の民との間に起きた異変。

理由は明確ではないが、それらの出来事をつなぐキーワードをヨサクはもっている。


「<不和の王>」

ヨサクのつぶやきにアリソンが振り返る。


「どうやらこの<マザーロード>の旅は、用意されたクエストと偶然の出来事の間を行ったりきたり、まるで螺旋のように続いているらしい」

アリソンの祖母は何の話をしているのかという表情だ。

「ほら、何だっけ。アロ2」

ヨサクは指を螺旋状に動かす。

「ヘリックス。……マザーロード、ヘリックス」


「それだ、それそれ。おい、ばあちゃん。上手くいくかは分かんねえけど、俺たちが何とかしてみるぜ。その間アリソンの面倒頼むな」

「ええ、ええ。勿論よ。でも、貴方どうする気なの? 伯爵さまのところには何故か入られないのよ」

ヨサクは少し考えて言った。

「俺は<竜の渓谷>に入るつもりだ。そこがこの事態の引き金なんだとは思うぜ。ワールウィンド、お前はどうする」

「洞窟でなければ良い風は得られそうだ」

「アロ2は」

「竜の臭い、恐ろしい。でも、ヨサクを導く。アロの使命」


ヨサクとワールウィンド、アロ2は拳を合わせる。

カレタカはアリソンに身を寄せた。ここに残るようだ。


「ボクとシェリアも行きますよ」

モノノフがシェリアを連れて階段を下りてきた。

「バカ言ってんじゃねえよ。彼女、非戦闘員なんだろうが」

「ええ、ボクが守ります」

「おい」

ヨサクが一歩踏み出した。

「絶対に一発も喰らえないってこと分かって言ってんだろうな」

「ボクは<施療神官>ですよ。実質上HPを底上げできます」

「<大地人>なんだ! 死んだら終わりなんだぞ!」

「そこの二人も同じじゃないですか。ボクは蘇らせる能力はもっているが君にはない。無鉄砲というなら君の方だよ、ヨサク君」


ヨサクはシェリアを見る。

「嬢ちゃん。アンタなぜ<渓谷>に行きたいんだ。生半可な気持ちなら辞めといた方がいい」

「私は<開拓民>です。<北の廃都>を再興させるには水が必要です。<古代竜>の恩恵が必要なんです」

「分かってんのか。その<古代竜>を狩るかも知れないんだぞ」

「<古代竜>には、勇気と知恵と力を見せればよいのです。<精狼狗族>の彼女にしても<鷲頭人族>の彼にしても、あなたはそうして信頼を得たのではないのですか」


「俺たちの恐ろしさが分かっちゃいないんじゃねえのか」

「あなた方はものの数十秒で<冒険者>を亡きものにしました。強さは理解しています」

「そんなのに巻き込まれたらアンタの命はない」

「あなたやモノノフがサムライスピリッツを持っているように、私もフロンティアスピリッツを持ってます」


「ねぇよ、そんなもん」

ヨサクはモノノフの胸当てをガツンと叩く。

「表出ろよ」

モノノフは明らかにイヤそうな表情を浮かべる。たしかに街の不良に絡まれるコスプレ戦士の図にも見える。


「守るのが好きって言ってたよな。一分間俺たちの攻撃からシェリアを守ってみせろ。あらかじめ、<│反応起動回復魔法カイフク>かけとけよ。アリソン、適当でいいから六十数えてろ」

「え、え、何するの!?」


「いいからカウントダウンしろって。素人の嬢ちゃんを守って戦うのが如何に厳しいか、戦って教えてやるって。ワールウィンド、アロ2、準備しろ! アリソン!」

「え! え! 六十!」

モノノフは急いで呪文を唱える。

「安心しろ。五十までは仕掛けない。アロ2は左から、ワールウィンドは四十八で風だ」

「五十一!」

「行くぞ!」

「五十!」

アロ2は低い姿勢で弧を描いて駆け出す。目指すはシェリアだ。

モノノフは、剣を腰だめに構える。

「アロ2! 跳べ!」

ヨサクの指示が飛ぶ。モノノフは<フェイスフルブレード>の準備を済ませていたので、それを躱させたのだ。

同時にヨサクは<ワイバーンキック>で中央突破を狙っていた。これをモノノフは<ホーリーシールド>で受ける。ダメージを負いながらもヨサクは盾を蹴って高く跳ぶ。

「四十八!」


モノノフをワールウィンドの風が襲う。盾でこれを受ける。

アロ2が着地と同時に爪でシェリアを切り裂く。しかしシェリアには影響がない。モノノフの肩にダメージエフェクトが現れる。<デボーション>で、ダメージのすり替えが行われていたのだ。

着地したアロ2を<フェイスフルブレード>が狙う。

ヨサクが<ワイバーンキック>で、アロ2を救出する。

右から弧を描いてワールウィンドの襲撃。これも剣で薙ぎ払う。

躱したワールウィンドが体勢を整えたところで<アージェント・シャイン>を放ち視界を奪う。これは攻撃に転じていたアロ2にも効果があったようで動きが怯む。


その後ろから飛び出したヨサクが拳を放つ。

「ライトニングウウゥゥ」

「<ホーリーシールド>」

「ストレートォオオ」

シェリアを抱くようにして盾を構えたモノノフ。ヨサクはダメージを負いながらも、モノノフとシェリアを数メートル吹き飛ばす。洞窟内でのファーストコンタクトとは違う結果が出た。

「相変わらず硬いな」

「あの時とは重みが違う」


「四十一!」

視界を奪われながらアロ2とワールウィンドが同時に襲いかかる。

飛び退いたモノノフはこの瞬間を待っていた。空から降る光の柱が地面に突き刺さり、同時に赤い鎖で拘束されるアロ2とワールウィンド。これで十秒は二人の攻撃力を減衰させられる。

アロ2とワールウィンドはヘイトの上昇お構いなしで、技を放ち続けるが損害はほとんどない。


モノノフは考えていた。残り二十五秒になれば<セイクリッドウォール>と<グレイスフルガーデン>の併用で勝ち確定だと。

そのためにはヨサクの攻撃を防ぎきることだ。しかし、死角になるように動いているらしくヨサクを捉えられない。

「三十一!」

ヨサクを探すモノノフ。

「よそ見、余裕か!」

アロ2のナイフの攻撃を盾で上空に弾き飛ばす。

今弾き飛ばしたはずのナイフが異常なスピードで降って来て飛び退く。

「二十八!」

「<ハンティングホーク>」

「上か、ヨサク君」

ワールウィンドの風を使って十秒以上も上空にいたようだ。反撃を恐れてか、随分遠くに着地する。

「二十五!」

「悪いがボクの勝ちだ!」

必勝の<セイクリッドウォール>と<グレイスフルガーデン>を放つ。


「誰の勝ちだって?」

立ち上がったヨサクが真っ直ぐ指をさす。

「誰を抱きしめてんだよ」


腕の中で抱きしめていたのは、青い髪の少女ではなかった。

「モノノフ、いい匂い。アロを好きにしていい」

頬を染めたアロ2だった。

「何故キミが! シェリアは!?」


「シェリア殿はここだ」

ワールウィンドがシェリアの肩を掴んで言う。

「ごめんなさい、モノノフ」


「いつの間に」


それはアロ2のナイフを<ハンティングホーク>で、ヨサクが蹴り返したところから始まる。

<ハンティングホーク>は攻撃の角度や威力を調整することで、相手を移動させる<武闘家>の中でもトリッキーな技である。

これによりモノノフは上を見て一歩飛び退った。シェリアは逆にワールウィンド側に引き出されてしまった。ワールウィンドがシェリアの口を塞いで全力で後退する間に、アロ2がシェリアの位置に立つ。ヨサクはできるだけ二人に意識が行かないように離れた位置に着地する。


「やられた!」

「ゼロ!」

「やられたのはこっちの方だ。シェリアは無傷だ」

「じゃあヨサク君」

「ああ、シェリアは俺たちが守る。ただし、お前<斥候>だろ。安全とわかるまでアリソンと一緒に待たせてろ」

「ふー。<冒険者>っていつもこんなことやってんの? バカなの?」

アリソンはほっと胸を撫で下ろす。


「すまないシェリア。すまないヨサク君。これが武士の情けというものか」

「ねぇよ、そんなもん」

ヨサクは吹き出す。


「どうした、モノノフ。何故泣く。アロどこでも舐めるぞ。アロは導き手を辞めて恋に生きるぞ」

アロ2は尻尾を振ってモノノフの頬を舐める。

「さあ、命じろ、モノノフ」

「あ、いや、結構です」

いつの間にかモノノフの袖を握ってじっとりとアロ2を睨むシェリア。


ヨサクのところにアリソンが駆け寄って言う。

「言うんでしょ? やれやれだぜって」


ヨサクは頭をかきながら、鼻で笑った。

「まったくだ」

「えー、言ってよー」

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