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008 混迷の竜の都

アリソンたちは一軒のトレイルセンターに入った。

トレイルとは舗装されていない自然道のことで、この<竜の都>では<竜の渓谷>に向かう冒険の基点となっている。

<竜の渓谷>と接している部分でもあるので、北面は砦としての役目も担っている。ここに<冒険者>たちは寝泊まりし、冒険へと繰り出していく。そうした棲み分けが<冒険者>にとっても街にとっても都合がよいのである。


この街には六軒のトレイルセンターがあるのだが、アリソンたちは「しまった。ハズレをひいた」と感じていた。

トレイルセンターの一階では簡単な食事ができる食堂がある。アリソンたちはそこに入ったのだが、道で遭遇した柄の悪い連中が後から入ってきたのである。


<魔狂狼>のカレタカもいるので部屋の隅の方に陣取っていたにも関わらず、連中はアリソンたちにちょっかいを出してくる。

「焼き鳥が名物なんだが、お前も食べに来たのか。<鷲頭人族>」

「この!」

「いい、アリソン。言わせておけ!」

ワールウィンドは立ち上がりかけたアリソンの手を握って制する。


歯向かわないとわかると入れ替わり立ち代わりでちょっかいを出してくる。

アリソンやアロ2に性的なからかいが出始めると、さきほどは冷静だったワールウィンドも激昂しそうになる。今度はなんとかアリソンがそれを収める。

「アロ2、ここ出よう」

「それがいい。賛成する」


立ち上がったアロ2に触れながら喋りかけるものが現れて、ついに店の看板娘が止めに入る。

「お店をお間違えではありませんか。そうしたサービスなら<牧草地>の方があるのでしょう? お帰り下さい」


全て言い終わる前に看板娘が<冒険者>に首を掴まれる。そのまま持ち上げようとするので、アリソンたちが必死に食い止めようとするが他の<冒険者>たちに羽交い締めにされる。


「お前ら<竜の都>の<大地人>は竜の血を引くものが多いんだって? これから竜退治に行こうって<冒険者>に酒食を振る舞わなきゃ生活できないなんて哀れだな。資源のない街じゃ同族殺しのお手伝いも当たり前ってか? でなきゃ外貨が入らないもんな。でもな哀れなお前らにいいことを教えてやるぜ。貧しいときは身体が資本だってな!」

看板娘の服を引き裂こうとする。無法者たちは下卑た笑い声をあげる。


看板娘の首を掴む男にスッと近寄って腕を握った者がいる。


「俺にも教えてもらおうかな。お前の身体が資本だってことを」

ビキッと何かが砕ける。

悲鳴をあげて、無法者の<冒険者>は、娘の首から手を放す。

娘はしゃがみこんで咳き込む。すぐに近寄って治療をはじめる男女がいる。


「ほら、手首の骨の代金だ。骨一本につき金貨一枚やるよ」

「何者だ」


「全部の骨を粉砕骨折させてやるからたんまり儲けやがれ」

そう言うと<ライトニングストレート>を顔面に叩き込む。吹き飛ばされた<冒険者>は、他のならず者たちを巻き込んで地面に横たわる。

「儲けたければ神殿送りにならないように気をつけな!」


ならず者に鉄拳制裁を加えた男の周囲に空間ができた。


「ヨサク!」

アリソンが叫ぶ。

「こっちのお嬢さんも無事だよ。ヨサク君」

そう言って立ち上がったのはモノノフ23号である。


羽交い締めを抜け出してヨサクの背後に回るアリソン。

「カレタカ! そこの嬢ちゃんたちをしっかり守れ! アロ2! ワールウィンド! 暴れるぜ。よう、お前はどうする?」

ヨサクはモノノフを見て聞いた。


「ボクは守りの方が好きなんだけど、この人たちはどうもね」

「じゃあとことんやってやろうぜ!」


まさか店の中で全力戦闘が始まるとは思ってなかったのだろう。ならず者たちは、ヨサクたちの動きに対応できずにものの数十秒で六人が神殿送りとなった。

残りの者達がついに本気になった。


「双方、剣を収めよ!」


そのとき入り口から大音声が轟いた。それは単に制止を呼びかける声だったのだが、まるでタウントのようにヨサクたちの身を震わせた。


「私の名はシンフィノ=カウェール。竜討伐大隊責任統括官の任にあるものだ。言いたいことはあるだろうが、ここはひとつ手を引いてもらえるとありがたいのだが?」

ヨサクが吠える。

「まず詫びだろうが!」


カウェール統括官は静かに歩み寄り、ヨサクの前で頭を下げた。だが、ヨサクから目を離さないし、合掌しているのでまるで謝罪には見えない所作だった。

こうして見ると、彼はヨサクより頭一つ大きい。歴戦の猛者であると、アリソンでもひと目でわかる。


「<ヤマト>流のシャザイというものを真似たつもりだが、これでどうだね。こんなもので物事が解決するなんて魔法のようだ。そもそも我々にワビなどという文化はないのだ。だが、私はね、ジュードーやカラテを知っている。歩み寄りの意思を感じてほしい」


「つまりは謝る気はないってことか」

ヨサクはカウェールの誠意のない表情に苛立ちを感じた。

「当然だ。こっちだって六人殺された」


「上官の責任だろう。躾がなっちゃいない」

「確かに教育の必要性は感じるね。我々は<西天使の街>から出発し、幾多の街で兵を徴発しながらこちらに至っている。全員がサムライ精神をもっているとは限らないのだよ」

「だから水に流せというのか」


「どうしても納得がいかないというならば、拳で語り合うのもいいかもしれんな。ただし、そうなると君らの命を心配せねばならなくなる。覚悟があるなら後発部隊五十名とともに君らの相手をしてやろう」


カウェー統括官は一歩も退く気はないようだ。ヨサクも相手が五十人だろうが百人だろうが退くつもりはない。


「ヨサク君。どうやらここが引き際だ」

モノノフはヨサクの肩に手をかけた。

「おい」

ヨサクはモノノフをにらむ。

「ボクらはあの<魔狂狼>を含めても戦闘員は五人。非戦闘員は二人もいる。だが、ヤツらは先発後発全て戦闘員だ。たとえヤツらのレベルが低くても、戦闘中ならシェリアたちを守りきれない。多勢に無勢というものだよ」

「怖気づいたのか。モノノフ! 」


「キミが玉砕すれば、あの金髪の子は死よりも辛い目にあうんだ」

カレタカに守られているアリソンを見る。ヨサクは舌打ちする。


「わかった。ここまでにしとくよ」

ヨサクが両手を上げてみせたので、全員剣を下ろした。

「私の話は終わってないがよいかね」

カウェールが口を挟む。


「さきほども言ったように、我々は各地で徴兵しながらここまできた。だからね、より強い者がいるなら大歓迎なのだよ。そこで諸君ら六人と一匹を我が大隊に勧誘したい」

「後発部隊ってのがいるなら必要ないだろ。今死んだやつらも復活してそいつらと戻ってくるだろう?」


「残念ながらいつ来るかは未定なのだ。だから諸君らは我々の抜けた穴を埋める責任がある」


一瞬鋭い表情をしたヨサクが大笑いを始めた。

「ど、どうした、ヨサク君」

「ハッハッハ。これは一杯食わされた。コイツはとんでもないタヌキだよ」

「どういうことだい」

「ハアー。すっかり騙されたよ。実際の戦力は五十人程度しかないんだ。今六人潰したから四十人程度といってもいいだろう。後発部隊五十人なんて聞いたら総勢百人くらいを想像したんじゃないか、モノノフ。でも、そんなに集まらなかったんだ。そうだろう? カウェール」

カウェールは何も言わなかったが、ひょうきんに持ち上げた眉が頷くより雄弁に物語った。


「各地のギルドや連絡会に招聘の通知を送っていたが、要請よりも少ない数しか集まらなかった。そりゃあそうだろう。ギルドを離れての長距離移動を伴うクエスト参加依頼だからな。そこで集まっただけで先発隊として出発したが、あと五十人なんて到底集まりそうもないんだろうさ」

ヨサクの語ったストーリーは概ね当たったのだろう。カウェールは否定することなく話を継いだ。

「私は統括官として後発部隊の到着を信じて待っていなくてはならない。一方で、軍人として現実的に物事を考える頭をもっている。その脳が君たちを勧誘することを急務だと感じている。君たちの側からすれば、四十人から頼まれるのと百人から頼まれるのでは重みが違うと言いたいのかも知れないが、断るというならば我々も全力で対応させてもらう」


「頼む? 脅すの間違いだろう? だが、雑魚がどれだけいても一緒だ。俺たちは仲間を守る。安心しろ。これ以上アンタたちの邪魔はしない。ただ隊に入るかどうかは別の話だ」

「色よい返事は頂けないということかね」

「こっちにも用がある。少し待てと言っている。アタックまで時間はあるのだろう」

「明日の朝だ」

「その頃までには戻る」


ヨサクの後を追い、アリソン、カレタカ、シェリア、アロ2、ワールウィンド、そしてモノノフという列ができる。殺気立った連中の間を抜け、一行はトレイルセンターを出て街を歩きはじめる。



<竜の都>は、<竜の渓谷>の南に接する街である。

ゲーム時代は竜の血を引く<大地人>が多く暮らすという白亜の都市であった。周囲には季節の花が咲き、街は大都市の賑わいさえ感じさせた。


<大災害>当時は、まだその名残りを感じたものである。だが、今はすっかり乾いた廃都の趣がある。



「街は花の香りに包まれてるって話だったんだけどなあ。なんか、こう、埃っぽいね」

モノノフは鼻を鳴らした。

「水の問題だろう。この辺りには水辺がない」

ヨサクが答える。


「水ならあります。ただ、街の北側のトレイルを一マイルほど下る必要があります。ただ谷底はもう<竜の渓谷>の一部ですから命の保障はありません」

シェリアは言った。

「詳しいな」

ヨサクはシェリアの青い瞳を見て言う。


「私は<北の廃都>に住んでいますから、ここと似た状況です。<大災害>当時、向こうと違ってこちらには<冒険者>がたくさんいました。でも、多くは<牧草地のオアシス>に移っていきました」

「ラスベガスの辺りだよ」


シェリアの説明にモノノフが補足したが、ヨサクにはそれがさっぱりどこの話だか分からない。

「<牧草地のオアシス>はこの街の西にあります。<西天使の街>はそれよりさらに先です」


ヨサクは問う。

「なあ、一マイルってどのくらいだ」

「一.八キロですね。千八百メートル」

<妖精の輪>を調査するにあたって、事前に<ウェンの大地>の情報を<ホネスティ>で共有していたのだろう。モノノフは即座に答えた。


「散歩程度じゃねぇか。土地を移るほどか?」

「平地ならね。千八百メートル級の山を下りて水を汲み、それを頂上まで運ぶって考えたら面倒ですね」

<冒険者>とはいえ、街に豊潤な水を送り込むのは大層な仕事になるだろう。自分の分だけならまだしも、街の住人みんなのためとなればかなりキツい。それなら、と楽に住める地を探したのであろう。

最初は石が敷かれていたであろう街の道も、すっかり赤い砂埃の下だ。



「あ、ちょっと待って。あの連中さ、西から来たっていうのウソじゃない? 私たちヨサクと別れたあたりであいつらに会ったよ。<マザーロードの>方からやって来たってことでしょ?」

アリソンの問いにモノノフが意見を述べる。

「どうでしょうね。<マザーロード>は<西天使の都>につながってますが、ベガスに寄ったならボクらが出会った地点を通る必要はない。ただし、随分と長い距離を歩いてきたことは間違いないらしいです。装備が汚れていた。ひょっとすると、ベガスから何らかの原因で迂回して来なければならなかったのかもしれませんよ。それが後発部隊が集まらなかった原因かも知れない」


装備には復元力があり、多少の汚れなら自浄作用が働く。

損傷の数値に満たない程度の汚損なら損傷ではないから、「元のままなんだから綺麗なはずだ」と考えるのがこの世界のルールなのだろう。だから装備の方で勝手に綺麗に戻るのだ。


ただし、敵の体液などによっては汚損から損傷につながる場合もある。彼らの装備の汚れはそうしたものだとモノノフは考えた。

彼らは移動のため手入れをする暇がなかったのかもしれないし、単に怠っただけかもしれない。


「そいつに聞くといい。この男たち、イヤな臭いさせてついてくる」


アロ2が後ろを指さす。どうやら尾行をつけているらしい。ワールウィンドも不快の念を示す。

「面倒なヤツらだ」


「待って、待って。あいつらつけてくるなら、危なくっておばあちゃんの家なんて行けないよ」

「それならシェリアの用を先にしてあげてくれ。彼女の養父は自警団長なんだ。まずそっちに行けば何とかしてくれるんじゃないかな」

「待って待って、それだとまた争いになっちゃうよ。えーっと」

「モノノフだ。モノノフ23号」

「モノにょ、モにょにょ、ああ! 言いづらい」

「まあまあ、アリソン。落ち着いて足元見てみろよ」

「え、ヨサク。何か閃いたの?」

「俺たちが通った跡がめちゃくちゃ綺麗になってやがる」


自浄作用のおかげで石畳は綺麗なままで、砂埃が乗っかっているといった状況のようだ。街の民がトレイルセンターに寄り付かなかった証拠だろう。

「ちょっと待って。え、今? それ言うの、今」

「とりあえず、シェリアとアリソンはカレタカの背に乗れ。なあ、ワールウィンド。街のために善なる清掃活動しねえか。お前の風でな」

そう言うとヨサクはワールウィンドの後方を指し示す。


「心得た、賢き者よ」

シェリアとアリソンがカレタカの背に跨るのを見届けて、ワールウィンドは旋風を起こす。ただ乗っかっているだけの砂は砂塵となって舞い上がる。それは激しく追跡者たちを襲う。


「さあ、シェリア! 団長のところに案内しろ! 全力ダッシュだ!」

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