007 失敗を恐れなければ、迷うことさえ試行錯誤の糧となる
地球世界において、<マザーロード>というのは、北アメリカ大陸を横断するように走る<ルート66>を指す。
<ルート66>は現在では廃線となり、一部区間は遺構を残すのみとなっている。
廃線となった今なお、古きアメリカ文化を色濃く残しているので、日本でも愛好者の多い有名な路線である。
しかしなぜか<ルート66>というと、特徴的な形をした岩山がならぶ<モニュメントバレー>に続く真っ直ぐな道というイメージをもつ日本人が多い。そのため、古き良きアメリカ、モーターウェイ、西部劇の舞台が直接的につながっているような感覚に陥ってしまう。
これは忍者村と相撲部屋と遊廓が並んで存在していると思うほどの勘違いである。
実は<モニュメントバレー>に続いている道は、163号線で<マザーロード>ではない。
ヨサクの言ったように、鉄道沿いに進んでセリグマン、キングマンといった町を通り、そこから北上するのがマザーロードからグランドキャニオンに行く一般的なルートである。
ただし、そのルートでは<モニュメントバレー>を見ることはできない。それはこの<ウェンの大地>においても同様である。
ヨサクたちは迷ったからこそ、この奇跡の絶景である<モニュメントバレー>にたどり着けたのだといえる。
「これが、<聖地の記念碑>か。朝焼け空の中で見ると神秘的だな」
ヨサクも素直に景色の美しさを認めた。
<シュンカマニトウ>たちはこの景勝を<聖地の記念碑>と呼んでいる。彼らにすすめられ、この<聖地の記念碑>をベストタイミングで見るために、ここから南の村で一泊したのだが無駄ではなかったわけだ。もし一泊せねば夜間にここを通過せねばならなかった。
「アロ君にも見せてあげたかったね」
アリソンが言うと横に立つ<シュンカマニトウ>が頭を下げた。
「すまぬ。全て私の責任。アロには必ずこの景色、見せる。そして私が、アロの名を継ぐ。必ず役目、果たす」
アロよりはすらすらと喋る女性の<精狼狗族>だ。彼女がアロの肩を食い破ったため、アロは<精狼狗族>のテントで療養中である。
ただ、彼女もアロを名乗ると言い出したものだから、ヨサクたちは、紛らわしいのでアロ2と呼ぶことにした。
ヨサクは、アロ2のお碗型の胸を見て何の気なしに尋ねた。
「どうでもいいが服は着ないのか?」
アロ2は、あからさまに不可解さを顔に示して答える。
「毛皮がある。寒くない。なぜ服必要? やはりハダカザル、弱い生き物。私は哀れに思う」
アロよりはすらすらと喋る分、なんとなく性格が悪く感じられるが、<精狼狗族>は問われたことに真摯に答えようとするので単に率直過ぎる感想が述べられただけである。別にアロ2に悪意があるわけではない。
「さあ行こう。アロは魂の導き手。行けるところまで必ず導く」
「この姉ちゃんは素直過ぎるのが玉に瑕だな」
ヨサクは眉をひそめる。
「何言ってんの、ヤレヤレマンよりましだよ」
アリソンは嬉しそうにからかう。ヨサクといられるのがひどく幸せなようだ。
「カレタカはいいのか、アロについてやらなくて」
ヨサクの問いに<魔狂狼>のカレタカは一つ頷いて、アリソンに身を寄せた。
「ワールウィンドはどこまで行ける?」
「風の吹く限り」
「頼もしいやつだ」
<聖地の記念碑>を去り、後ろを振り返る。ヨサクはああ、とため息を漏らした。
いつも<エルダーテイル>を立ち上げる前に見ていたPCの壁紙の景色だ。
DNAに刻まれそうなくらい見て来た原風景がそこにあった。何かしらの運命というものを感じさせる景色である。
旅の途中、アロ2が深刻そうな顔をして聞いてきた。
「ヨサク、その石、悪いものか」
<ルークィンジェ・ドロップス>のことだろう。アロ2には自分や一族を狂気に駆り立てた呪いの石に見えているに違いない。
「この石は力を増幅させることができるが、そこに悪意があるとは思えない。おそらく、あの土地に根付いた恨みつらみの念を増幅してしまったんだろう」
「ふうん」
アロ2は興味があるのかないのかわからぬような返事をした。
ひょっとすると、周りを警戒し始めたからかもしれない。
直に<竜の渓谷>の東の入り口が近付いて来るのである。
ヨサクは<ルークィンジェ・ドロップス>を持て余していた。銀行でもあれば<兎耳>にでも送り付けたいと考えていた。サーバーをまたいでいるので銀行があったところで無理な話だが。
岩が崩落したようなところに出くわした。
「この隙間通る。ヘリックスな道ある。広間ある。入り口二つある。左が<竜の都>だ」
「何だヘリックスって」
アロ2は指で渦を描き、下方向へ動かした。
「ああ、螺旋ね。そして、左が<竜の都>だったな」
「左だ。よく似ている。間違うな」
アロ2は念をおす。
「こんな所からじゃないと行けないの?」
アリソンは嘆く。
「広い道、ある。もうすぐ、私、ついていく限界。安全な道、ここ」
「なんか、崩れてない?」
たしかに入り口は崩れかけ、膝を付かねば入られない。
「俺はこの道でいい」
ヨサクとはそういう男なのた。そういう道を選ばずにはいられないのだ。
「やだよ、別の道行こうよ」
アリソンの意見にはワールウィンドもカレタカも同意する。ワールウィンドにしてみれば風の尽きる道であるし、そもそもカレタカが通ることのできない大きさなのである。
「じゃあ、わかった。一時間ほど待ってくれ。それ以上かかったなら何らかのエンカウントが起きたってことだ。先に行ってくれ。何もなければこの入り口ぶっ壊してみんなで入ろう」
渋々アリソンは同意する。
ヨサクは意気揚々と狭苦しい穴に挑む。
その場で待機することになったアリソンたちは膝を抱えて座っている。
三十分ほど経った頃のことである。
カレタカの耳とアロ2の鼻が何者かの接近をキャッチした。
「広い道、来てる。十、二十、いっぱいの<冒険者>」
アロ2の呟きにアリソンが尋ねる。
「二十人くらいの<冒険者>?」
「もっといっぱい」
<精狼狗族>には二十以上の数の概念が無いため伝えることができなかったが、五十近い人数であることが上空に飛び上がったワールウィンドによって確認された。
「何しに来たのかな」
アリソンは小声でワールウィンドに聞いたが、ワールウィンドは緊張した視線を前方に送るのみだった。
段々と、アリソンの耳でも聞き取れるほど、足音や装備がたてる音、笑い声や罵声などが近付いて来た。
その声からアリソンは、この集団に出くわさない方がいいというのを直感的に感じた。だから、身を屈め、息を潜めていた。
<冒険者>の通っている道は一段低い部分らしく、アリソンたちは気付かれることはなかった。段々と足音が遠のき、ホッと一息つく。どうやら道を曲がったようだ。
「彼らもどうやら<竜の都>を目指しているらしい」
「えーー! やだ。あんなヤツらもくるのー?」
「<冒険者>たち、アリソンより先につく」
「あ、そうか。ヤツらがいるとこに行かなきゃなんだ。やだー!」
とにかくあと三十分は待機である。アリソンはジリジリとした気持ちで膝を抱えていた。
一方、ヨサクは<竜の都>への道ではなく、<竜の渓谷>への道にいた。
もう一度言おう。
<竜の渓谷>への道だ。
ヨサクは間違いなく迷っていた。
あれだけ左の入り口が<竜の都>と聞いていたにも関わらず、なぜ右の入り口を選んだか。
それはある意味で<ルークィンジェ・ドロップス>のせいであったかもしれない。
ヨサクは<ルークィンジェ・ドロップス>を持て余していた。
左手で弾きながら螺旋状の天然のスロープを降りる。おそらくは水の浸食による作用でできたものだろう。とても滑らかな通路であった。ここまではよかった。
広間に出ると真ん中にぼんやりと光る宝玉が台の上にあった。この先の入り口となる穴の奥が暗かったからであろう。ヨサクが<ルークィンジェ・ドロップス>をかざしたのはそれで明るくなったらいいなと考えたからかもしれない。
だが、涙型の宝石は見事にヨサクの指の隙間を滑り落ち、最も暗い台の根本付近に転がった。<冒険者>の視力の良さをもってしても、明暗差が大きいと闇の深さは変わらない。かえってぼんやりと光を放つ宝玉がなかった方がよかったくらいだ。
これを拾うのに手こずったのが一つ。顔を上げて見ると広間から伸びる穴は三つで、どれも同じ形だったことが一つ。円形の広間を三等分する位置に穴があったことが一つ。どの穴も入ってすぐ曲がるためか奥まで見通しが効かないのが一つ。
この四つの理由でヨサクは入るべき左の入り口を見失ってしまった。
「んー、まあ、出口に戻る分には問題ない。<竜の都>に出る道ならさらに問題ない。ならば三分の二は当たりということだ」
ここで残りの三分の一をひいてしまうのがヨサクである。迷子王と陰であだ名される所以ともいえる。
洞穴状になった<竜の渓谷>への道を三十分ほど歩く。
そろそろ折り返してアリソンたちを迎えに行こうと考えたその時である。
地上でアリソンたちが物騒な<冒険者>たちに出会ったように、地下のヨサクにも大事な出会いがあった。
「おっと、敵襲か?」
ヨサクは何者かが接近する気配を察して物陰にひそんだ。
足音から察するに人型エネミー二体。
「先手必勝!」
ヨサクはためらうことなく物陰から躍り出ると拳を叩き付ける。
「ライトニングゥゥストレートォオオ!」
火花が出るほどの激突であった。寺の鐘の音を短くしたようなゴッという激しく鈍い衝突音。
何者かは咄嗟にヨサクの攻撃を盾で受け止めたのである。
「きゃあああー」
盾を持った人物とは別の方向から悲鳴があがる。
ヨサクはこの状況を訝しみ、パッと距離をとった。
盾を持った男を観察する。
「ロンダーク?」
懐かしい男の名が口から出たのは、盾を持った男の雰囲気がヨサクの探している人物とどことなく似ているように感じたからであった。
「キミは<冒険者>なのか? しかも日本原産の」
問われてヨサクはステータスモニタを表示させる。
モノノフ23号、それが彼の名らしい。
<施療神官>、装備からするにアーマークレリックだ。
レベルはヨサクより下だったが、一撃必殺のつもりで放った<ライトニングストレート>を後ずさりもせずに受け止めたのだから、相当な防御力と俊敏性である。
ここまできてようやくヨサクは己の過ちに気付いた。
「悪い。敵かと思った」
「キミは一人か?」
「仲間なら外にいる」
「よし、案内してくれ。ボクらも外に出たいんだ。行こう、シェリア」
後ろにいる少女が頷く。アリソンより少し年上だろうか。
ちょうど折り返そうとしていたところだ。ヨサクは地上を目指すことにした。
行きより帰りの方が短く感じるのは、道を覚えているせいであろうか。それともモノノフがシェリアの緊張をほぐそうと、ヨサクへの質問を時折投げかけてくるためであろうか。
大したことは答えてないが、逆に彼が<アキバ>の<ホネスティ>に所属していることはわかった。また、<妖精の輪>調査団のひとりであることや、<妖精の輪>から出てすぐのところでシェリアと出会ったこと、シェリアが足をくじいてしまい治療したことなどがわかった。
広間が近付いて来た。ヨサクも知恵がないわけではない。先ほど左の入り口に入るつもりで右の入り口に入ってしまったので、元の道に戻るには今度は広間に出て左の穴を目指さなければ行けない。そこでヨサクは左手を壁面に触れさせておいた。
「気分でも悪いのか。治療が必要か?」
モノノフは聞く。
「いや、試行錯誤の結果さ」
ヨサクは振り返らず答える。そのおかげで間違いなく出口への穴に到着する。
「この上が地上だ」
そういうとヨサクは滑らかな螺旋状のスロープを登り始めた。
モノノフもシェリアもついてこず、ただ、わーとかきゃーとかぐあーと言った悲鳴だけがついてくる。
「やれやれだぜ」
ヨサクが下りていくと、亀が腹筋しているようなモノノフの姿と起き上がらせようと必死なシェリアの姿があった。
シェリアを小脇に抱え、モノノフの足首をヨサクは掴む。
「<ドラッグムーブ>」
さらに<ワイバーンキック>を使ってボブスレーやリュージュを逆再生して見ているような勢いで螺旋を遡る。モノノフはひどい姿勢のまま叫んでいたが防御力が高いので平気だろう。
地上に出るとシェリアもモノノフも生きた心地がしなかったのだろう。地面に手をついて荒い息をついている。
「アリソンたちは行っちまったようだな。じゃあ行こうか」
「おい、キミ」
「ヨサクでいいぜ」
手をついたまま呼びかけるモノノフをヨサクは振り返って見た。
「ヨサク君、キミはどこを目指している」
「<竜の都>だが」
「地面にメッセージがいくつも描いてある。君の名と<竜の都>への矢印だ」
モノノフに引き止められなければ、来た道を引き戻す結果となっていただろう。
「すまないな」
「ボクらも<竜の都>へ行くのだ。シェリアがそう願っているからね」
ようやくシェリアは立ち上がると、ヨサクに礼をした。
「シェリアといいます。外へと連れてきてくれてありがとう」
青い瞳に青い髪が特徴的な少女だ。
どこかでヨサクは彼女のことを聞いたような気がしたが、思い出せそうもないのですぐに考えるのをやめた。
「じゃあ、行こうぜ。<竜の都>へ」
モノノフを立ち上がらせながらヨサクは言った。
先に行ったアリソンたちのことも気にかかる。