006 選択が人生を左右するというならば、友を失うより迷い道を選択したい
マザーロードを西へ西へ進むたび、荒野は赤みを増し、草木もますますまばらになってきた。道の両脇には特徴的な形に侵食された岩山が並ぶ。
これまで<善なる鷲>ワールウィンド、<魂を導くもの>アロ、<守護するもの>カレタカとともに、ヨサクとアリソンは戦闘を繰り返してきた。
「これを、全て我らがもらっていいのか」
「ああ、俺はいらない。いらないならそこらに捨てておけ」
「いや、我ら<ワンブリウェスト>の家宝にさせてもらう」
「ヨサク、<シュンカマニトウ>の恩人」
ワールウィンドとアロは、ヨサクにそれぞれの種族の敬礼をしてみせた。
ヨサクはドロップ品の権利を放棄し、ワールウィンドとアロに譲渡したのだ。
ヨサクはなんということはないという素振りで軽く手のひらを見せた。むしろここまでの路銀の代わりだといいたそうだ。
「それよりも、<竜の都>は近づいているんだろうな、アリソン」
カレタカの背に揺られてアリソンは腕組みをした。
「アタシ知らないんだよねー」
「なに?」
「ちょっと待って。そんな怖い顔しないでよー。だっておばあちゃん<信仰の街ラビヤレアル>の辺りまで来てくれるしさあ。でもうさぎの看板まだ見ないねえ。見たいんだけどなあ、そのうさぎ」
「うさぎ?」
「おばあちゃんが、こっちに来るときは目印にしなさいねって。うさぎみたことないんだよねー。可愛いと思うからちょっとワクワクしてたんだけどなぁ」
「<ナインテイル>に行ったら、しゃべって動くうさぎの<冒険者>に会えるぞ。いや、そんなことよりもだ。<ラビヤレアル>って言ったらお前が拉致されかけたのより前のところだろ。おいおい、随分前から道分かってないのか。それでよく<竜の都>に行こうと思ったな」
「でも、大丈夫。このマザーロードをこのまましばらく西へ進んで、それから北っておばあちゃんに聞いてあるから」
アリソンは胸を張る。
ヨサクは太陽を仰いで、その後空を飛ぶ仲間に声をかけた。
「ワールウィンド。この道、北に進んでるよな」
「ああ。道なりだったが一旦大きく北に進んだからな。あの後ずっと北に進んでいる」
アリソンは驚きの表情を浮かべる。
たしかに道は途中、埃に覆われていた部分があった。西にカーブするべき場所を見落として別のルートに迷いこんでしまったのだろう。
「ってことは、ここ」
「マザーロードってやつからは北に外れているってことだな。途中までは、線路と並走していたのに、岩山の中に入ってきたからおかしいとは思ったんだ」
「ちょっと待って、ちょっと待って。えっと、戻った方がいい?」
ジタバタするアリソンに少しうんざりとした目を向けるカレタカ。
「アロ、この先、分かる。仲間、いる」
「アロ君、道分かるの!? ここ来たことあるの」
「ある。一度」
「え、一回だけ? 大丈夫?」
アリソンは不安そうに聞いた。
だがその心配はアロには通じなかったに違いない。
アロは<│精狼狗族>であるから、単純に景色だけを覚えているわけではなく、仲間のにおいを追跡しているのである。だから、仲間のにおいを覚えている限り、道を通った量の多寡はまるで関係がないのだ。
アロが仲間を見つけ出せれば問題はないのだが、その仲間がこの先にいない場合が問題である。鼻の利く彼らが強大な力を持つ<古代竜>のテリトリーに近づくとは到底思えない。においはどこかで途切れることになるだろう。
そしてそこまでがアロたちがアリソンたちを導ける限界点となるに違いない。
そうした事情をアロはたどたどしくアリソンに語って聞かせた。話をきいてからアリソンは表情を曇らせた。
「道が途切れれば我が羽ばたきで力の限り高く飛んでみせよう。案ずるな。必ず<竜の都>につながる道は、このワールウィンドが見つけてみせよう」
そう励ましたにもかかわらず、アリソンはさめざめと泣き始めた。道が分からなくなる不安からではない。これまで旅を続けてきた友ともうじき別れなくてはならないことが分かったからである。
「黒曈の賢者よ」
励ましたつもりで泣かせてしまったワールウィンドは、うろたえながらヨサクを呼んだ。
「こいつには、迷いの不安よりは、友との別離の方がより大きな問題なんだろう。やれやれなことだが、そっとしてやってくれ」
ともに戦ってはきたが、ヨサクの心の中にはまだアロやワールウィンドが「クエストのためのNPC」という思いが頭の片隅にあるのを拭いきれないでいる。
同じくアリソンもそうなのではないかという疑いが晴れないでいる。だが、本当に悲しそうに涙する姿を見て、その思いは揺らいできている。
これまでの行程が何らかのクエストの一部で、今もイベントの最中であるのは明らかである。アリソンと出会ったのは、<ウェンの大地>の二つのプレイヤータウンから遠い地で、<冒険者>などほとんど通らない地である。<大地人>が<冒険者>を連れてアロたちのテリトリーに入ったことがトリガーとなるイベントなのではないかとヨサクは疑っている。
アリソンを疑っているのは「祖母の言いつけにより強い者を<竜の都>に連れていく」というこの旅の動機だ。ヨサクは<大災害>後、それまでのレベル上限を三つあげている。アリソンがレベル九十を越える<冒険者>を待っていたとしたら、この出会いも作りものということになる。
ここのところヨサクの頭を支配していたのはその考えだ。だが、ワールウィンドを信じたように、アリソンの涙も信じるべきかと迷っているのだ。
「泣く。よくない。アリソン。人生、運じゃない。選択。こうなるのも選択の結果」
アロは何とか慰めようとしているのかもしれない。
「選択が人生を左右するというなら、みんなと離れるよりもこのままずっと彷徨っていたい!」
「あー、俺は勘弁してもらいたいぜ」
「ちょっと待ってちょっと待って、ねえ、ちょっと待って、ヨサク。アンタねえ血も涙もないしみったれ野郎なの? 一時でも長く仲間といたいって気持ち理解できないの? あきれた。とんだ朴念仁よ」
「なーんか、翻訳能力が今の言葉をずいぶん柔らかな表現に変えていたけど、とてつもなく汚い言葉使ったよな、アリソン」
「知るもんですか。バナナ野郎!」
「それもよく分からない表現だが、あのなアリソン。俺の目的地はロンダークのいるところ。俺の目的はロンダークをぶん殴ること。ドロップ品はみな譲ったし、旅の始めから減ったものといえば飲み水くらいなもんさ。いつ旅を辞めたって何も問題ねえんだよ」
「だから、今、なぜそんなこと言わなきゃなんないの? アタシみんなと別れたくないって言ったばかりでしょ」
「見つけたんだよ」
「え!?」
「光が出てる岩の隙間。あの光、<妖精の輪>のものだろう。ワールウィンド! 上から見てもらえないか」
左手に見える赤茶けたミルクレープのような大岩と、並んだ岩の隙間から光が漏れ出ている。ワールウィンドが軽く飛んで確認した。
「ヨサク、間違いない。<妖精の輪>だ」
「おう、じゃあ俺の旅はここまでだ。アリソン、世話になったな。アロ、カレタカ、ワールウィンド。アリソンが<竜の都>に行くにしろ、元の家に帰る気になったとしても、しばらく面倒見てやってくれないか」
ワールウィンドが代表して返事をした。
「任せてくれ。行こう。賢者殿には行かねばならぬ所があるのだ」
「やだよ」
「アロ、アリソン、導く。カレタカ、行こう」
「ヨサクも一緒じゃなきゃやだよ」
カレタカがスピードをあげる。アリソンは振り落とされないようにしがみつくしかなかった。
「ヨサクーーーー!」
赤茶けた岩山に声が響くが、姿は砂埃に閉ざされてすぐに見えなくなった。
「待ってろよ、ロンダーク」
ヨサクがぶんぶんと腕を振り回して、四メートルほどの岩山に飛び乗る。足元に見えるのは間違いなく<妖精の輪>だ。
崖っぷちに脚をかけたとき、声を聞いた気がした。
(バカじゃないの?)
美しいがとてもがさつで鼻っ柱の強い<狐尾族>の<武士>の声。
(アンタとアタシの運命はきっとつながってるから。しっかり迷ってくるといいよ)
「狐侍?」
振り返ってもそこにはだれもいない。
<妖精の輪>をもう一度見てヨサクは髪をかきあげた。
「やれやれだ」
<妖精の輪>から一時間ほど進むと、アリソンたちは<シュンカマニトウ>の村にたどり着いた。
カレタカの速度に合わせて走っていたが、用心してスピードを落とした。アロとその村の住人は同じ種族であっても別のグループなので、警戒するというのはおかしなことではない。
しかし、出てきた<シュンカマニトウ>全員が真っ赤な目を爛々と光らせ、手にする槍を次々と繰り出し襲いかかってくるとなると話は警戒程度ではすまなくなる。緊急事態だ。
たまらず上空に逃げたワールウィンドを無数の槍が追う。急旋回、急降下で何とか躱す。
「カレタカ! アリソン殿を守れ! アロ! 何とかならぬのか!」
「おかしい! 話、通じない!」
カレタカは崖を登り、アリソンはその背に必死でしがみつく。
アロも必死だ。仲間に襲われているのだから、混乱の極みである。しかしながらも何とか説得しようとしている。
「聞いてくれ。アロ、何もしない。槍を置く!」
そう言って武器を放棄したがそれでも通じなかった。
槍で脇腹を突かれ、肩を鋭い牙でくい破られる。
「ぐおおおおぁぁあああ!」
「アロ!」
ワールウィンドが飛び込み、アロに噛み付く<シュンカマニトウ>を引き離そうと後ろ脚で襲うが、そこを槍で狙われ翼に傷が入る。
それでもアロを抱え、アリソンたちがいるのとは逆の崖へとワールウィンドは飛んだ。
狂った目をした<シュンカマニトウ>たちは列をなして、両方の崖目指して一斉に槍を構えた。
「それ、こっちに投げてもらえるかな」
砂埃の向こうに人影が見える。
<ラフティングタウント>だ。<シュンカマニトウ>が一斉に向きを変える。
「ヨサクーーーー!」
アリソンが叫んだのをきっかけに<シュンカマニトウ>が槍を放つ。
<モンキーステップ>でヘイトを高めながら槍を躱し、徐々に近づヨサクの姿がはっきりと見えはじめた。<シュンカマニトウ>は一斉に飛びかかる。
<ワイバーンキック>で一気に蹴散らす。
「ハハ、バーカ!」
これこそ<ラフティングタウント>だ。
「ついてこいよ!」
駆けながらヨサクは左右に視線を走らせる。何かを探している。
「どこだ。絶対にある」
ヨサクに追い付いた一体が飛びかかる。
「ヨサクー! 危ないー!」
<ドラゴンテイルスウィング>をまるで振り向くことなく、胴回し回転蹴りとして使うことで<シュンカマニトウ>を蹴り潰す。
「アリソン、カレタカから離れろ!」
「え!?」
カレタカの目が赤く染まっている。アリソンは反射的に手を放す。身体が宙に浮く。カレタカはアリソンを助けるためか、喰いちぎるためか大口を開けて宙に踊り出す。
<ワイバーンキック>。
ヨサクはアリソンとカレタカの口の間に身体を滑り込ませると、華麗にアリソンの体をすくい上げ、くるりと身を翻した。
「背中借りるぜ、カレタカ」
ヨサクはカレタカの背にうまく着地すると、抱えたアリソンとともに再び飛び上がった。踏み台にされたカレタカは地上に墜落する。
ワールウィンドがカレタカの下に風の渦を作り、墜落の速度を弱める。
「やっぱりお前らがしかみついてたこの斜面だ」
「え? 何」
「脈があるんだよ! オリオンディレイィイ」
「え!? ちょっ!!」
アリソンを左手で抱いたまま、ヨサクは攻撃姿勢をとった。
「ブロォオオオオオオウ!」
無数の星のように拳が岩に叩き付けられる。アリソンに石礫が飛んでくるのをかばいながらの乱打だったためか、水平方向に打たれた拳だったためか、いつもより衝撃が伝わるのが遅い。
「何?」
「目をつぶってろ、来るぞ」
「だからなにが、え? きゃあああー!」
石礫が斜面から吹き出してくる。斜面にはクレーターのような穴が空いた。その奥から輝くものが飛び出すのをヨサクは落下しながら見逃さなかった。
<エアリアルレイブ>をモーションだけ放つことで再び空中に舞い上がるヨサクとアリソン。バックブローの要領で宝石の欠片をキャッチすると<エアリアルレイブ>を途中キャンセルし、落下する。
正気を取り戻したカレタカは斜面を駆け上がり、背中でヨサクとアリソンを受け止めた。
<シュンカマニトウ>たちが次々と槍を手から放してガラガラと音が鳴る。正気に戻ったらしい。アロはその中に親しい者を見つけハグしあった。
「ヨサク、それは何なの? あなたが持ってるそれを掘り出した途端、<シュンカマニトウ>たちが動きを止めたわ!」
「ああ、この石を俺たちは<ルークインジェ・ドロップス>と呼んでいる。そしてアロの仲間たちに起きた現象を<竜星雨>現象と呼んでいる」
「<ルークインジェ・ドロップス>・・・・・・。<竜星雨>・・・・・・」
耳慣れない言葉を口の中でくり返すアリソン。そしてはっという顔をした。
「ヨサク、アンタ、なんでここにいるの!?」
「<妖精の輪>に入ると、どうにもある所に出てしまいそうな予感がしてな。この旅の終わりまではついてってやるぜ」
「ふふ、友との別離より迷い道を選んだってわけね」
「じゃあ、そういうことにしといてやるよ」
ヨサクとアリソンはカレタカの背中で楽しそうに笑った。