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005 大いに迷う者は小路を見つけて やがて道を知る

 ヨサクにとっては何ともない徹夜の道行きも、アリソンにとっては負担の大きなことだったに違いない。


 ワールウィンドが見つけたのは、神代の時代から放置された列車だった。

 地面に埋もれるようにして走る線路の上に、城壁のように鎮座して1いる錆びた車体。それほど朽ちて見えないのは、雨が降ることが極端に少ないせいで塗装が十分に残っているせいだろう。


 後方に小さな窓のついた貨車が連結されている。アロが扉を開くと少々埃っぽくはあるがアリソンが寝るにはちょうどよいスペースが見つかった。カレタカは狭い隙間に器用に身体を滑らせてアリソンを乗せたまま中に入る。


「我ら、アリソンの眠り守る。ヨサク、休め」

 アロは言う。ワールウィンドも同意見であるらしい。

「わかった。じゃあしばらく向こうで眠るとするぜ」


ヨサクは窓もない客車に入ると、座席の上の埃やゴミを乱暴に蹴り払い、やがて脚を投げ出して横になった。



 脚装備に目が止まる。<貴妃喰いの竜脚>だ。秘宝級のこの装備を身に付けるようになってからは、トンファー遣いの<カンフーモンク>ビルドから、キックを主軸に移動し拳で止めをさす<ハイブリッドキッカー>ビルドへとシフトした。


 目を閉じると懐かしい光景が次々と浮んできたから、ヨサクは既に夢の世界へと入っていたのかもしれない。


 その脚装備を手に入れたのは、まだようやく中級<冒険者>と呼べるようになった頃だ。<ナインテイル自治領>で実験的なイベントが開催された。それが<ベアブック・ヘブンズグラス同時籠城戦>である。

 当時、<死霊が原の大規模戦闘>などの大型レイドが組まれていたため、<同時籠城戦>にはギルドから派遣されたものや<ナインテイル>のソロプレイヤーが多かった。ヨサクは<ブリガンティア>の前身であるギルドから派遣されていた。


 <同時籠城戦>とは通常の攻城戦と異なり、城を攻めるのはエネミーで<冒険者>は天守閣を守り抜かねばならなかった。


 二つの城へは井戸に見せかけた坑道を使えば行き来できるが、このイベントの攻略ポイントは両方の城ともバランスよく防衛することである。劣勢な方の城にエネミーが集中しはじめるためである、


 だからお互いに連絡を取りあいながら、戦闘に長けたものは天守閣に入り敵を討ち、そうでないものは地下空間にもぐり精霊石の力を強めるためのハンドルを回したものだ。その頃のヨサクは、トンファーを振り回しながら大広間にわいて出たエネミーたちを討伐する役目だった。


 その時出会った辻ヒールの上手いメイド服姿の<冒険者>がこう言っていた。

「分断して迷わせるつもりなのかと思いましたが、そもそもソロプレイヤーが多いんですもの。きっと連携の大切さに気付かせるための仕掛けなのですね」


 近くにいた目つきの悪い<付与術師>もいう。

「<ナカス>ができたばかりでプレイヤー同士の繋がりが薄い。迷いというなら我々<ナインテイル>プレイヤーは大きな迷いの中にいるということだ」


「大きな迷いの中にいるものは、小さな迷いに目を向けることで道が開けることがあるということですわね」


上の階から緊急を告げる声がする。


「巨大な竜が接近している! 盾職、支援職は増援を頼む!」


目つきの鋭い男は舌打ちした。

「ち、ボスが出ちまったか、ダメージ残量2割差がついたようだ。飛ばし過ぎなんだよ、<ベアブック>の方は」

「仕方ありませんわ、龍眼様。あちらは<兎耳のエレメンタラー>がいらっしゃいますもの」


「浮世さん、アンタのお気に入りだったね」

「ふふ、さあ<黒衣のイヴルアイ>も負けちゃいられませんわね」

 前を行く学生とメイドの脇をすり抜けて、ヨサクは駆け上がる。右に折れると、和室の向こうの空に突進してくる竜の姿が見える。


 竜の突進を許せば、天守閣のダメージは更に跳ね上がる。

 ヨサクは夢中で走る。背後からバフの要請の声があがる。

 四方八方からヨサクに魔法が投射された。

 ヨサクの身体は欄干を勢いよく蹴り、宙に踊り出していた。


「ライトニングゥゥゥ!」

 咆哮をあげる<貴妃喰いの竜>の眉間にヨサクのトンファーがめり込む。

「ストレートォォオオオオオ!」

 轟音。衝撃。浮遊感。振動。叫び声。



 ヨサクは目を覚ました。

 ゲームの中での体験を、実体験のように夢に見るとは。


 いや、実体験が刹那の夢を惹起したのであろう。

 浅い眠りの中で捉えた、轟音、衝撃、浮遊感、振動、叫び声が、寝る前に見た<貴妃喰いの竜脚>の映像と結びついて導き出された物語であったに違いない。


 眠りから戦闘モードに切り替える精神的な準備のための夢。

 その判断も覚醒とほぼ同時になされたのだろう。

 ヨサクは、次の瞬間には、はね起きて大声で叫んでいた。


「アリソン!」



 貨車はアリソンが乗っていた車両だけ、綺麗に消え去っていた。

 貨車があった辺りはクレーターのように地面は凹み、接続していたであろう両隣の車両は異空間に飲み込まれたように球状に抉れていた。


「何が起きた」


 最初に想像したのは小規模の爆弾。

 次に想像したのは魔法。

 最後に想像したのは貨車強奪と偽装工作。


 何故だか分からないが、アリソンが生きているということに確信がある。

 目の前の情景が作りもののように見えるからだ。


「戦闘の跡がない」

 口に出して確かめる。轟音から間がないのだから、たとえ爆弾が投下された後だとしても、アロやワールウィンドが何かの痕跡を残しているはずである。彼らは耳や鼻が利く。異変が起きればそれ相応の対応をしたはずだ。あたりには血しぶき一つ無い。



 だとすると、アリソンのいた貨車が持ち去られた後、何らかの目的で後から魔法を放ったのであろう。

 もちろん貨車を強奪するには、アロやワールウィンドを抵抗できない状態にしてからではないと無理だ。

 つまりヒュプノ系の魔法に違いない。


 目的はなんだ。

「真空を作れる風系魔法の術師を敵と思わせたかったのか」


 口に出すと少しずつ相手の思惑が見えてくる。

 アリソンの乗った貨車の両隣が鋭い断面を見せている。

 それは風遣いをイメージさせたかったのだろう。


<ワールウィンドは旋風の意味>


 つまり、犯人をワールウィンドに仕立てあげたかった者がいる、ということだ。

 なぜか。ヨサクとワールウィンドの間に不和を生じさせたかったに違いない。



「―――不和の王!!」


 ヨサクはワールウィンドを信じていいと感じている。

 自らの種族の名に誇りをもつものに、こんな小細工は似合わない。

 不和の王にしてもそうだ。

 小細工を弄する程度の王だとしたら、あのワールウィンドが<不和の王から守れ>などという言葉を残すはずもない。


だとしたら。



「よう、雑魚ども」


 ヨサクは小高い丘の陰に潜む掠奪者と貨車を発見した。

 乾いた赤い大地だから、鉄道側から見ると背景の小山に丘が溶け込んで見えるのを掠奪者たちは利用しようとしたのだろう。


 だが、目論見が分かれば発見は難くない。

 この荒野には、牛より大きい蠍がいるという。黒い岩のような四つの塊があるが確かに鋭い尾がある。

 貨車の四隅に入り込み持ち上げれば、一体の負担は五トン程度ですむ。ヨサクでも二トン車を浮かせることはできる。


 この状況に必要なのは<付与術師>タイプと<召喚術師>タイプの敵だ。アロやワールウィンドに気付かれることなく彼らを眠りに落とす能力を持つ者と、蠍を使役したり風系従者を召喚したりする能力を持つ者だ。


 貨車を跡形なく蒸発させる能力なら恐ろしいが、貨車を運んだ後に隣接する貨車を削ったり、|蠍が尾を引き摺って歩いた跡を隠したりする<・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・>能力ならそれほど大した能力ではない。


 赤茶けたローブを纏う男女はどちらがどの能力をもっているかは分からないが、どちらもヨサクに比べれば紙装甲だ。

 ヨサクは岩の塊をポンと投げ上げる。<貴妃喰いの竜脚>の重量と<ドラゴンテイルスウィング>の遠心力があれば、ゴールキーパーのパントキックのような蹴りでも、砲弾級の威力が得られる。

 女性風の敵は上半身を吹き散らして倒れると、間もなく虹の泡と化した。


「すまんな。男の方を狙ってたんだがな」

 女の方が<付与術師>タイプだったのだろう。蠍は依然としてヨサクに向け、尾を振り上げていた。だが、これで眠らされる心配は消えた。


「トルウァトゥス様よ! 永遠なれ!」

 男は四体の大蠍とともにヨサクに向け突進した。


「ライトニングゥゥゥ!」

 ヨサクも坂を駆け下りながら、拳を引いて構えをつくる。

 敵の不運は縦一列に並んでしまったことかもしれない。

「ストレートォォオオオオオ!!」


 ヨサクの拳が蠍一体の眉間にめり込む。

 吹き飛ばされた蠍は次々と玉突き事故を起こし、とうとう術師は蠍たちの下敷きとなってしまった。



「おい、雑魚よ。遺言はあるか」


「覚悟するがいい。ゴミクズのような人間よ。トルウァトゥス様は<五姫の涙>とともに降臨される。そのときが貴様の最期だぁぁあ!」


 高笑いする敵を蠍ごと蹴り貫くヨサク。



「黒瞳の賢者よ! 一体、何があったのだ。鉄の長壁が、わずかにこれだけになっているぞ」


 しばらくしてワールウィンドが慌てて飛び出してきた。

 ヨサクは肩をすくめた。

「お前と俺の不和を狙ったやつの馬鹿げた仕業だ。アリソンは無事か?」


 カレタカはアリソンを乗せたまま貨車から降りてきた。

 アロが報告する。

「アリソン、寝ている。無事だ」


 アリソンはカレタカの背にしがみついたまま小さく寝息を立てていた。

 ヨサクは髪を掻いて息を吐いた。

「やれやれだ」

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