004 飛び立つ前に迷う鳥はいない ただ空を掴むのみ
「さっきから同じところを、回っているような気がするのだがな」
ただでさえ景色の退屈さに辟易していたヨサクである。気晴らしに見ていたのは星空だったに違いない。およそ北極星らしき星を目印にしていたのだろう。
ヨサクにはどうも一周回って同じ位置に出たようにしか感じられなかった。
<精狼狗族>のアロは我が意を得たりと頷くと、悪びれる様子もなく説明をはじめた。
「<│鷲頭人族>は旋風、呼ぶ者。会う、敵意ない証、必要。螺旋描いて進む。空から見て証、なる」
「ワンブリウェストって何なんだ」
「善き鷹の意味。ワンブリウェストの族長、代々ワールウィンドと名乗る。ワールウィンド、旋風の意味」
「あー、ひょっとしてあれか?」
空を翔けるものがある。その姿は烏天狗を思わせたが、服装は軽装で、羽根を使った装飾品が多い。腕と羽根をもつ鳥人だ。
先ほどまで目印にしていた星が周囲に溶け込みはじめた。空が白みはじめたようだ。
ワンブリウェストは降りてくる様子はなく、明るくなった空を旋回している。ヨサクたちは螺旋を描いて進むより他にない。
「ヨサク、今回は私がやれやれだぜって呟いていい?」
アリソンはカレタカの背に揺られながら愚痴をこぼした。
「お好きにどうぞ」
螺旋状の練り歩きは明け方の冷え込みが抜けるまで続いた。
その終わりは旋風が乾いた砂を巻き上げ、ヨサクたちの視界を一瞬奪ったときだった。
「諸君らに尋ねよう。何ゆえ<ワンブリウェスト>の領内に侵入する」
アロが代表して答えた。
「我、魂の導き手。勇気ある者を西にお連れするのが役目」
「勇気ある者はどちらだ。鳶色の瞳の者か、黒き瞳の者か」
「黒き瞳のヨサク」
ヨサクは話の内容より、ワールウィンドの識別方法が瞳の色であるのを面白く思った。
たしかにキャラ選択の画面で髪の色や瞳の色を細かく設定できたが、日本人であるヨサクにとっては一番違和感を感じない黒一択だった。
<ヤマト>サーバーにも青い目をしたものや金色の目をしたものがいる。ヨサクの知っている限り半数近くが<外観再決定ポーション>で後に色を変えている。そのくらい瞳といえば黒というのが日本人の常識であるに違いない。
ヨサクは、海外サーバーにいるのだな、と改めて実感させられていた。
「勇気ある者よ、この大地を征く者は賢き者でなくてはならぬ。我が問いに答えるがいい」
「ちょっと待ってくれ。それは俺を試す何かなのか?」
ワールウィンドは鷲の頭で鋭く鳴いた。腕組みをし、翼をバサりとはためかせる。
「飛び立つ前に迷う鳥はいない。ただ空を掴むのみ」
待ったなしというわけだろう。
「黒き瞳のヨサクよ。『破壊より生まれるものは善か悪か』」
突然すぎる謎なぞだった。ヨサクは考える時間を欲した。
「空を掴むにも初飛行の頃はヒントくらいもらうのだろう? ヒントはないのかい」
ワールウィンドは肩を肩をゆすって笑ったようだった。
「空を掴むには風に乗ればよい。いいだろう。質問なら三つだけ聞いてやろう」
ヨサクはこのパターンのクエストに出会ったことがある。間違えればスタート地点まで戻されてしまうやつだ。
なるほどこれはクエストなのだろうとヨサクは腹の中で思った。クエストだとしたら<シュンカマニトウ>との出会いも、この<ワンブリウェスト>との出会いも仕組まれていたことにちがいない。と、なると、アリソンとの出会いも……。
「ヨサク?」
不安そうなアリソンの声が聞こえた。ならば一つ目の問いは決まった。
「じゃあ、質問一だ。この問題に間違えたら俺たちはアリソンの家まで、そのご自慢の風で吹き飛ばされるのかい?」
「それが一つ目でよいのか」
意外そうな表情をワールウィンドは浮かべた。
「ああ、いいね」
緊張が辺りを包む。
「では答えよう。間違えれば竜巻で吹き飛ばす。それは正しい。どこに落ちるかまではこのワールウィンドにもわからぬ。また、落ちたときに無事に着地できる保証はない」
今の質問で、これが何らかのイベントであることは明らかになった。それが<ノウアスフィアの開墾>に関わるものかどうかはわからない。だが、これだけは言える。
この問題は間違えられない。
<冒険者>であるヨサクは、どんな目にあおうともリスタートが可能だ。だが、きっと<大地人>であるアリソンに二度目はない。死ねばそこで終わりだ。
ヨサクは問いを思い出す。
<破壊より生まれるものは善か悪か>
唐突すぎる問いだ。だが、唐突すぎるということはこれまでに考える材料は十分に与えられているということだ。
鳥人を見る。<ワンブリウェスト>についてアロが何か言っていたはずだ。思い出せ。
<善なる鷲の意味>
そうか、なるほど。これで問いの答えはわかった。
ならば<破壊より生まれる>の意味も想像がつく。だが、確かめないわけにはいくまい。
「第二の質問だ。あなたは卵から生まれたのか」
鳥は殻を内側から自ら食い破って生まれ落ちる。つまり、この問いが肯定されれば、鳥人の出した問いは「卵を破壊して生まれる<ワンブリウェスト>は善か悪か」という意味になる。
否定されれば残る最後の質問を練るしかない。だが、心配するまでもなく、ワールウィンドは肯んじた。
「三つ目の質問はいらないな」
ヨサクが問いをひとつ残したまま、謎なぞの答えを言おうとした。すると、ワールウィンドはそれを手で遮り、言った。
「我ら<ワンブリウェスト>は、辿り着く先よりもその道のりをどう飛ぶかを重視する。雄々しく空を掴む姿こそ尊重されるべきものなのだ。黒き瞳のヨサクよ。問いはあとひとつある。問いにはその者の風の乗り方が反映される。真に賢きものは、ひとつの問いをも揺るがせにはせぬ」
だから、彼らは自分たちに会おうとする者に螺旋を描いて歩ませその様子を観察したり、スフィンクス紛いの謎かけをしたりするのだろう。向かい合う者たちがどのような行動をするか、結果ではなく過程を評価していたのだ。
「じゃあこう問おう」
ヨサクは、力強い眼差しでワールウィンドと向き合うと、こう言った。
「あなたは<ワンブリウェスト>という種族の名に誇りをもっているか」
ワールウィンドの硬いくちばしの端が曲がったように見えた。笑ったのだろうか。
「我が種族を表すのにこれ以上の名はない。我はこの名を誇りに思う。問いの答えはきまったか」
「ああ、破壊より生まれるものは<善>だ」
ワールウィンドは膝を折り、羽を広げ、拳を地につけた。おそらくは、恭順の意を示す姿勢なのだろう。
「我ら賢きものを西へ導く、光の礎とならん」
「なあ、ワールウィンド。頭を上げてくれ。ひとつ聞かせてくれ。今の謎なぞにも何か意味があるのだろう? どういう考えで出したのか教えてくれないか」
「賢きものよ。<ワンブリウェスト>の如く卵で生まれずとも、我らはみな、何かを破壊しながら生きている。破壊より生まれるものはみな善だ。だが、破壊から何も生み出さぬものは悪。だから我らは、生まれくるものに感謝することが大切だ。黒き瞳の賢きものよ。感謝の心を忘れるな」
「なるほどねえ、一族の言い伝えか何かと思ったが、人生訓か。安心したぜ」
「何故安心なのだ、賢きものよ」
「いやあ、なに、一族の言い伝えってのが絡むと面倒なことが増えるんだ。問題ない。忘れてくれ」
腕組みをしたワールウィンドは首を傾げた。
「一族の言い伝えならあるぞ。賢きものよ。『不和の王から青き瞳の姫を守れ』。それが何を示しているかわからぬがな」
ヨサクは髪をかきあげてため息をついた。
「やれやれだぜ」
「何か?」
「いや、何でもない。ああ、うちの鳶色の瞳の姫のために寝床を用意してやれないか、頼むぜワールウィンド」
カレタカの毛に埋もれるようにアリソンは眠ってしまっていた。