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003 道に迷えばそれが送り犬と分かっても後を追うものだ

 ひたひたと足音を忍ばせて近寄ってくるのは、手に槍を持った子どもくらいの大きさの人影だ。

 <冒険者>であるヨサクにはその姿がよく見える。

 頭が狼か犬のように見える。ただ歩く姿は二本足だ。

「ありゃあなんだ」

「何って言われても、あたしは何がやってきているかわかんないよ」


「頭が狼か犬かなんだかそういうやつだ。ただし二本足で歩いてくる。六体くらいの群れだ」

「なんでこんなとこにまでそんな危険な奴が現れるのよー」

「危険か? まあ確かに耳はいいようだ。一番前の奴の耳が動いたぜ」

「鼻も利くはずよ。そいつらが<|精狼狗族≪シュンカマニトウ≫>だとしたらね」


 ヨサクが聞いたことのない種族だ。そもそも<ウェンの大地>の情報などこれっぽっちも持ち合わせてないのだが。

大まかに言って<冒険者>の取りうる人類六種族以外は、善・中立・悪の三つに大別することができる。だが、それも面と向かって話す余裕があるかないかの違いほどしかない。


「こっちの居場所は掴んでいるが火の周りにいないことを警戒してるのか。アリソン、奴らはどんなヤツなんだ?」

「あら、やっと名前呼んでくれたね」

 金髪をヨサクの丸太のような腕にすり寄せる。


「いいから話せ」

「ハイハイ。彼らは<迷い人の案内人>とも呼ばれているわ。迷い人の前にふらりと姿を現すと、先を歩き始めるの。これ幸いと後をついていくといつの間にか周りを囲まれるわけ。でもね、こっからが危険なの。ねえ、どうなると思う?」

「もったいぶるな」

「もー、いいところなのに。迷った旅人がつまずいて転ぶとするでしょ。そしたらもうわーっとね、そいつらが群がって骨も残さず食べちゃうんだって」

「骨も残らないなら誰が目撃談伝えてんだよ」


「もう! そういう言い伝えなの! だから、こういうことわざがあるわ。「<シュンカマニトウ>に会っても道を尋ねるな」ってね。逆に『道に迷えば<シュンカマニトウ>だとしても後を追うものだ』ってのもあるよ。危険は承知で行動することを言うの」


「おめえがわめき散らすから、ヤツらそこまで来てるぜ。降りなきゃ槍投げるってな」

「ちょ! 何? 言葉わかるの?」

「いや、<ナインテイル>の知り合いに似たような顔のヤツがいるからな。大体そういう意味だろ。んじゃ、行ってくるわ」

「ちょ! 待って待って待って、行くの!?」

「後を追うものだ、だろう?」



 ヨサクは、軽々と跳躍すると、六体の<精狼狗族>の背後に立った。六体は反射的に槍を突き出す。

 ヨサクは、軽く右手を挙げて堂々と言った。

「よう! 迷ってんだ。助けてくれ」



 ヨサクは、少々ではあるが算段があってそのような行為に出た。


 まず、<精狼狗族>に送り犬のような習性があるというなら、ファーストコンタクトからの攻撃はないだろうと踏んだのだ。


 次に、彼らが犬もしくはコヨーテをもとにデザインされたものだとすれば、彼らは群れで行動する習性があると予想した。群れで生きるものにとって権威とは判断基準のようなものだ。よりふてぶてしいものがえらい。つまり、ヨサクが堂々と振る舞うほど、相手は容易に手が出せなくなるのだ。それでも襲いかかろうとするなら一番強いヤツをぶっ飛ばそうくらいは考えていた。


 ヨサクが<狼牙族>であることも何か役に立つかも知れない。そんなこともぼんやりと頭に浮かんでいた。だから完全に無為無策というわけではない。


 ただ、その後どうするかまでは考えていなかったから、後は成り行きまかせだ。


 六体の<精狼狗族(シュンカマニトウ)>は槍を突きつけたまま、ヒソヒソと相談をはじめた。そのうち一体が、あごをくいっと動かしてついてこいという合図を出した。


 ヨサクは、その一体の後ろをついて歩いた。残りの五体はヨサクの背に槍を突きつけて先に進むように促す。


「何やってるのー! おーいてかなーいでー」

 アリソンは誰にも聞こえないくらいのかすかな声で、ヨサクの随行を非難した。そもそも、木の下の薪の灯りしかなくて、何が起きたかもわかっていないのだ。


 五分か十分か、あるいはもっとかかったか、ヨサクが帰るまでの時間をひとり木の上でアリソンはすごした。闇でなければもっと楽しい思い出になったろうが、恐怖をかかえたまま何も見えぬ闇に置かれれば鼓動のたびに口から心臓が出る思いがしたことだろう。

 ヨサクが消えていった方向からまたヒタヒタと音がする。今度はその足音に混じって、より大きな生物の息遣いも感じる。その息遣いに最も近い生物は<魔狂狼>だ。

 ヨサクはどうしたのだろう。取って食われたのだろうか。そうなると、自分も無事では済むまい。アリソンは息を潜めて身を縮める。できるだけ、音を立てないように。



「おい」

「ひゅっ!」

 ヨサクが思ったより近い所から声をかけたので、アリソンは本当に口から心臓が出たかと思えるほど驚いた。口をパクパクさせて息を必死にしている。本当に驚いたときはまともな声にならぬものだ。


 ヨサクは既に木の上にいた。木の葉を揺らす音すら立てないとは。アリソンは、<ヤマト>にはニンジャというものがいて音もなく忍び寄る達人だというのを耳にしたことがあるが、ヨサクはきっとその一族に違いないと断じた。


「待って」

 やっとまともな声が出た。

「シュリケンもってないの? 下にいるヤツら追っ払って」

「問題ない。下にいるのは仲間だ」

 そういうと、ヨサクはアリソンを毛布ごと抱きあげて、地面へとダイブした。乱暴にも程がある。


「彼らは夜目が利く。夜の間は彼らがついてくれることになった。彼女はアリソン。俺は彼女を<竜の都>に連れていくところだ」

 ヨサクはアリソンを<精狼狗族>と<魔狂狼>に紹介した。


「我、アロ。是、カレタカ。勇気ある友よ。我ら、ワンブリウェストのワールウィンドのもと、導く」

 <精狼狗族>の青年は言った。彼は先ほどヨサクを連れて行く時に顎で合図を出したものだ。


「なんとなくしか伝わらないのが残念なことだが、アリソンの案内より役に立つのは間違いなさそうだ」

「失礼ね」


 ヨサクは地面の薪をあらかた消してから、アリソンをカレタカという<魔狂狼>の上に抱えて乗せた。

「冷えるから毛布はそのままかけてればいい。じゃあ、アロ頼む」


 アリソンは黙ってカレタカの背に揺られていたが、しばらく進んでこらえきれずヨサクに尋ねた。


「一体、何があったの?」

「ヨサク、勇気、示した」

 ヨサクの代わりに答えたのはアロだった。近くで見ると少年くらいの背丈で、上半身がコヨーテなのがよくわかる。指を見ると犬のようなのだが器用に槍を握っているのもわかる。


「長老の青き炎、ヨサク、腕入れる。証、掴む。ヨサク、勇気、示す。我ら、勇気ある者に従う」


 ヨサクはアリソンの褒め称える声を聞きながらひとつの可能性を脳裏に浮かべた。ぼんやりとだが厄介なことに巻き込まれそうだという直観を得た。


 直後にアロはそれを裏付けるようなメッセージを口にした。


「我ら<シュンカマニトウ>に伝わる言葉、ヨサクに授ける。『竜の巫女目覚めるとき、大いなる災いともに目覚める。災いの名はトルウァトゥス。世に不和をもたらすもの』勇気ある友よ。これを討ち滅ぼせ」


「やれやれだぜ」

 ヨサクは呟かずにはいられなかった。

 案内しておきながら「転べば死」の罠をしかけるなんて、やっぱりこいつら送り犬かよという呟きは何とか喉の奥で封じた。

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