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002 迷っているわけじゃない ただ西日を追いかけていただけ

「歩いてった方が早いんじゃないのか」


 ようやく辺りにまばらに樹木が見えたと思えば、また景色は赤茶けた大地に戻り始めた。

 同じところをぐるぐる回っているのではないかと思えたが、日の傾きからすれば、おそらく西に進んでいるのだろう。


 ヨサクは馬を降り、鼻先をぽんぽんと撫でてやる。

 そろそろ連続使用時間が尽きるのだろう。馬が一声嘶いた。

 ヨサクはアリソンの手を取って馬から下してやる。すると馬は今まで出したことのないようなスピードで地平線目指して走り去っていった。使用時間制限のある召喚生物なので仕方のないことだ。


「ロシナンテ行っちゃった。もう、アンタ重いのよ、何つけてんの?」

「装備なんてほとんどねえよ。この靴くらいだ」

「ちょっと待って、その背中の荷物、ちゃんと泊まる道具とか入ってるの?」


 ヨサクはぼろきれのような毛布を取り出して見せた。

「嘘よね。ちょっと待って、<冒険者>ってみんなそうなの?」

「屋根があって壁があってベッドがあるところじゃないと寝れないものがほとんどだ」

 ヨサクにしたって<妖精の輪>で旅するようになってから、野宿に抵抗がないことに気付いたくらいだ。元々の世界で野宿などしたこともない。


「モーテルみたいなものはないのか?」

「見たことないわ」

「ここら辺に生息する種族は?」

「知らないわ」


 ヨサクは軽く鼻で笑う。

「大した案内だ」

「ちょっと待って、ちょっと待って」

 アリソンは掌をひらひらとさせて、ヨサクの周りをまわる。

「今、やれやれだって思ったでしょ。<ヤマト>からきた<冒険者>はみんなそう。クールガイ気取って『やれやれだぜ』っていうか、眼鏡をずり落ちさせながら両手広げて『やったー』っていうかのどっちかよ。あなたは眼鏡つけてないからヤレヤレマンね」


 オーバーに手を広げてみせるヨサク。

「まあ、いいわ。もうちょっとすすんで今晩の休むとこ決めましょ。途中薪を拾ってね。毛布借りるわよ。先にあたし寝るから。あんた火の番」

「そういうのってコイントスして決めるもんだろ」

「待って」

「その『ウェイト、ウェイト』って、クセか?」


「うるさいわね。レディファーストって知らないの? <冒険者>は多少眠らなくって平気ってきいたわよ」

 女ガンマンといった服装のアリソンは、指をふりふり腰をふりふりしてヨサクの周りを回った。ただ、ガンマンならもっと丈の長いジーンズくらい履くだろう。どうにもコスプレ感が拭えない。


「先に寝るのは構わないが、そんな軽装で風邪ひかないか? それに、サソリやヘビが出たらどうする? 服を取りに戻るか?」

「サソリは牛くらい大きいし、ヘビはその木より大きいのよ。知らない? 服なんかでどうこうなる問題じゃないの。絶対に火を絶やさないでよね」


 どうやら今晩は安心して眠れそうにない。ヨサクはため息混じりに呟いた。

「やれやれだぜ」

「ほら言った」

 腰に手を当て胸を張ったアリソンは、鬼の首をとったかのように笑ってみせた。



 しばらく先に大きな木を見つけたので、そこで休むことにする。

 四方八方何もないところよりもホンの少し安全な気分になるというだけの話だ。

「何故<竜の都>に行きたいんだ?」

「おばあちゃんから、『強い男が来たら<竜の都>に連れて来なさい』って言われてんの」

「なんだそれ、遺言か?」

「失礼ね。まだ生きてるわよ」


 アリソンは早くもヨサクの用意した毛布にくるまって横になっている。

「今までにも誰か連れていったのか?」

「何? 妬いてるの?」

「俺以外に<竜の都>まで案内した経験は?」


「そんなに聞きたいわけ? 女の過去を探るなんて野暮な真似しないで。何、ホントに聞きたいの? ふぅ、観念するわ。白状します。そうよ、あなたしかいないわ。強い男なんてそんなに現れるわけないわ」


 ヨサクはだんだんと相手をするのが面倒になってきた。定型文しか喋ることの出来ないNPCとの会話のようだった。

 そもそも<大地人>とはNPCであったはずだ。


 ヨサクにもこの世界において<大地人>がただのゲームキャラクターではないという理解はある。<大地人>の弟子すらいて、彼らが必死に考え、背負っている運命に対し真摯に努力する存在であることはわかっている。


 だとしたら問題はアリソンだ。ヨサクに比べて少ない人生から、大人に見える言葉を選び背伸びしようとしているから、定型文botのようになってしまうのだ。


「<竜の都>までの道のりは自信があるんだな?」

 それでもあえて聞いてやったのはヨサクの優しさとも言えるだろう。

 だが、一瞬間があいた。アリソンが返事に戸惑ったのだ。

「ねえのかよ」

「あ、あるよ!」


 ようやくヨサクは、強がりの台詞を吐いたアリソンに人間味を感じることができた。夕暮れの青い闇の中でもアリソンが顔を真っ赤にしているのがわかった。


「腹が減って眠れないんじゃないのか?」

「大丈夫」

 もぞもぞと毛布にくるまるアリソン。アリソンはいくらか食料をもってきていたが、それを口にしていないところをみると、この先の道のりはまだ長いのかも知れない。


 しばらく炎をいじりながら黙っていると、今度はアリソンの方から語りかけてきた。


「ねえ、<ヤマト>のこと聞かせてよ」

「北は寒い。南は暑い。人はみんなせせこましく生きている。勤勉なやつが多い。だが、この世界を楽しむ余裕のなくなっちまったのも多い。元々生きることに情熱感じてねえ奴はなおさらな」

「それ、ひょっとしてロンダークって人?」


 薪が爆ぜた。

「会えていないからわからない。が、耳に入ってくる噂を聞く限りおそらくそうだ。だとしたら、俺がぶん殴って目を覚まさせてやるつもりだ」

「友だち?」

「腐れ縁だが友人は友人だ。ロンダークは俺と同じギルドにいたんだ。いつの間にかクソみたいなギルドに成り下がって、そして解散しちまってたけどな。あいつはそこを出て<plant hwyaden>ってギルドに入ったようだ。そのギルドは<ヤマト>の半分くらいを制圧した巨大な組織だ。勧誘が激しい割りに排他的なんだ。ロンダークに会いに来たから通らせてくれ、なんてさせてはもらえない。だから俺は<妖精の輪>を使うようになった。運があればいつか出会うだろうってな」


 アリソンは寝返りをうちながらくすくすと笑った。

「なんだ?」

「バカっぽい」

「まあな。自覚はしている」


 だんだん空に星が現れはじめた。

「次はお前が話せ、アリソン。ここはどこだ」

「さあ」

「わからないのかよ。迷ってんじゃねえか」

「迷っているわけじゃない。西日を追いかけてるだけ」

「昼時と日没後は道がわからないってか」

「昼間ならマザーロードが見えるわ。間違えなくて済む」


「大した案内だ」

「馬鹿にしてる?」

「いいや。俺よりましだってのはわかった。<冒険者>がたくさんいる街があるだろう。なんとかリンゴとかなんとか天使とか」

「<ビッグアップル>と<サウスエンジェル>?」

「遠いのか」


 アリソンはヨサクの方を向いて寝返りをうつ。

「ここが一番その両方から遠いかもね。私、海を見たことないもん。ねえ、海ってどんなとこ?」

「でっかい塩の風呂だよ」

「でっかい風呂? じゃあ、みんな裸?」

「ああ、そうだ」


 そういうとヨサクは笑う。

「ちょっと待って。からかってる?」

「ああ、そうだ」

「ひどい。もう話してあげない」

 アリソンは毛布を頭まで被る。


「どっちの街からも遠いって言ったよな、アリソン」

「知らない」

「じゃああの足音は、<冒険者>のものじゃないってことだろうな」



 <冒険者>のヨサクは、<大地人>のアリソンには捉えられないかすかな物音を正確に捉えていた。何かの群れが近づいてきているらしい。アリソンを毛布ごと抱きかかえて軽く地面を蹴ると、高さ五メートル辺りの木の枝に飛び乗った。


「なに! 何!?」

「気を付けろ。何か来るぜ」


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