014 アイツはまた迷う 地に人が集い花が咲くように
「折角、<北の廃都>に続く道ができたってのに。アイツに壊されちまったな」
ヨサクは入り口が大岩で塞がれ土砂に埋まった磨崖建造物を見て言った。もはや廂のようなヒダは崩れ落ち、周りの壁面と何ら変わりがなくなってしまった。
「いいんです。また、開拓すればいいんです」
シェリアは言う。
ヨサクは尋ねる。
「嬢ちゃん。アンタなんで<竜の渓谷>に入ったんだ」
「父に会いたかったんです」
シェリアはそれ以上語ろうとしなかった。シーザーが了承を得て出生の秘密を話した。会わない方がいいと考える団長の考えも付け加えておいた。
「それでもまだ会いたいのかい?」
モノノフが優しく尋ねる。
「いえ」
シェリアは小さく首を横に振った。
「私の身体に異変が現れ、私はそれを乳母にも養父にも見せることもできなかったのです。でもみなさんはウロコを見ても翼を見ても驚かなかったし、今もこうして話してくれる。私は父に認められたかっただけなんです」
「き、き、綺麗だよ、シェリア」
モノノフは顔を真っ赤にして言った。
「翼もウロコも関係ない。シェリアはシェリアだよ」
だが、モノノフは反省していた。
翼とウロコを見たとき、モノノフは動揺していたのだ。それはきっとシェリアが最もして欲しくないことだったに違いない。
モノノフの見るモニターでは、もう<竜身妖姫>ではなく、<開拓者>のシェリアだった。それを見るたびにモノノフは罪悪感に駆られるようになった。
カプ―――。
「カプ? うおっぎゃぎゃぎゃぎゃ。 いった! 手首を噛むな、アロ2!」
「ヒューリット! 落ち着く! 噛む! ダメ」
嫉妬に狂ってモノノフの手首に噛み付いたアロ2をアロが羽交い締めにして引き剥がそうとしている。
ようやく離れたアロ2は、口元の血を拭って言った。
「これでもう、モノノフのにおい忘れない。どんなに離れても誰といても、モノノフを守る」
「ヒューリット!」
駆け出したアロ2をアロが追う。
「ジョトレ! ボクらも追うぞ! あの子たちが他の<冒険者>と出会ったら戦闘は避けられない!」
「しょうがない、みなさんお先!」
面倒見のよいシーザーとジョトレが後を追う。
「姐さん、アンタどっから来たんだ?」
ヨサクが夜櫻のいう名の姫侍に聞いた。
「ん? <妖精の輪>だよ」
「これからどうするんだ」
「アタシは<放浪者>だからね。旅するだけだよ。でもお腹すいたー。シェリアちゃーん、命の恩人なんだから何かおごってよ」
「あ、ええ、養父のところに行こうと思うので、そこで何か良かったら。あの、モノノフさんもご一緒に」
「ああ、うん」
シェリアに誘われてモノノフは天にも昇るような表情をした。
しかし、その後みるみるうちに表情が翳っていく。
「あの、いや、その、ボクはシェリアに誘ってもらう資格なんてないから。そ、それに、早く<ホネスティ>に戻んなきゃならないんだ。<妖精の輪>の調査報告もしなきゃだしね。ああ、忙しい、忙しいなあ」
無理に顔に笑いを貼り付けてモノノフは言った。
シェリアも顔を曇らせる。
「そう、ですか」
「いや、うん。ごめん」
バシン―――。
「痛っ!」
いつの間にかモノノフの背後に回った夜櫻とヨサクがモノノフの尻と背中をめいっぱいの力で張り手したのだ。
「飯食べるくらい時間かかんないでしょ」
「行ってこいよ」
シェリアの前に押し出されてモノノフは頭をかいた。
「じゃあ、あとちょっとだけ」
「はい!」
シェリアは顔を赤らめて微笑んだ。
「あ、みなさんもご一緒に」
律義にワールウィンドとヨサクを誘うシェリア。
「いや、ここでお別れだ」
ヨサクは右手を挙げる。
「俺の目的は別なんだよ。ここへはちょっと寄り道しただけさ。じゃあな」
「賢き者よ。アリソン殿が心配するのではないか」
「いらないかもしれないが、これ渡しといてくれよ。それから伝えといてくれ。なかなか楽しい旅だったってな」
そういうとヨサクはワールウィンドに、<不和の王の水晶体>を手渡す。
「これ、結構いいアイテムになると思うんだよ。透明で弾力あってそれでいて硬いだろ。なんに使えるかはしらないが。いらないって言われたら代わりに捨ててやってくれ」
ヨサクはポンポンとワールウィンドの肩を叩いてそのまま歩き出す。
「ヨサク君!」
モノノフがヨサクの背中に声をかける。
「ありがとな」
ヨサクは振り返らず手をひらひらと振った。
夜櫻も声をかける。
「あざみちゃんと仲良くしなよー」
「会わねえよ」
ヨサクは東の通路に消えていった。
■◇■
ワールウィンドから水晶体を受け取ったアリソンは、別れを告げられなかったことをひどく惜しがった。
大型エネミーの体内からドロップ品を掘り出す、という進化を遂げた<掘削奇術>で得た戦利品は、アリソンの顎の下に敷かれ枕になるという運命をたどるようだ。
アリソンは拗ねてしまったらしく、ぶつくさと何度も文句を言っている。
ヨサクやモノノフたちの功績は、<不和の王>に有効打を与え一時的に引っ込めたことや、<ルークィンジェ・ドロップス>の掘り出しにより<竜星雨>現象を食い止めたことにすぎない。
カウェールの野望には気付いてもいないし、<竜の渓谷>というダンジョンを攻略したわけでもない。もちろん<妖精の輪>について解明は全くできていない。
きっとそのうちカウェールは何らかのアクションを起こしてくるだろう。<不和の王>の更なる襲撃もあるかもしれない。<竜の都>に波乱が訪れるだろう。しかし、その時主人公となるのは別の者たちであろう。
ただし、変化は訪れた。
それは少なからずヨサクやモノノフが及ぼした影響であると言えそうだ。
オルステン伯爵が広大な土地の占有をやめ、住居を追われた街の民に本日中でも自分の家に帰れると通達を出したのだ。
「アレン様の体調も治ったみたいよー。なんだか壊れちゃってる建物もあるそうだけど、そういうものは伯爵さまに申し上げれば直して貰えるんですって。ありがたいわねえ。さあ、これでワタシもアリソンに料理を作ってあげられるわ」
拗ねているアリソンの背に手を置いて、アリソンの祖母は言う。
「アリソン、待ってる必要も心配する必要もないのよ、ああいう人は。ひょっこり戻ってくるのよ、『よう、しけた顔してどうしたんだ?』なんて言ってね。あなたのお父さんがそういう人だったわ」
アリソンはそれでふにゃっと表情をくずし、頬杖をついて、やがて微笑んだ。
「今頃、アイツはどこをどう迷ってるやら」
ヨサクは<妖精の輪>の前にいた。ここがモノノフとシェリアの出会った所だろうか。何となく話に聞いていたのとは違う気がして目を細める。
ステータス画面には「メッセージあり」と書いている。
「至急<六傾姫の雫>を求む? 報酬は応相談?」
ヨサクは備考として書かれたメッセージを読み上げる。
「めちゃくちゃ怪しい」
怪しいとは言いながらも、妙に惹かれている。
モノノフとシェリアが使った<妖精の輪>なら夜櫻も使ったはずだ。<ヤマト>につながる確率も若干高いだろう。
「どう見ても違うよな」
ヨサクの頭にアリソンの顔が思い浮かぶ。
(迷ってくるといいよ)
あざみという狐耳の女侍の声まで蘇る。
「まあ、いいか。寄り道ついでだ」
<妖精の輪>の光の中に身を投じる。
「お、きたきたきたー! ほらね、捨てる神あればくれる神ありでしょー! ようこそ、君キミー! さあ<雪女の心>ちょうだい!」
「ああ、ああ、通訳が必要だな。君は<質屋妖精の招待状>で作った<妖精の輪>をくぐったんだ。<雪女の心>ってアイテムを持っている人を招待するんだが、持っていたら譲ってもらえないか」
「は?」
目の前に現れた<冒険者>二人に唖然とするヨサク。
「ゆーきーおーんなーのー、こーこーろ」
「ゆっくり言えばいいってもんじゃないよ。ねえよ、そんなもん。俺は<六傾姫の雫>を求められたから来たんだよ」
「うそー! どうしよう、けろナルド! これじゃ夢の焼きそば作れないよう!」
テンションの高い黒髪の<武闘家>はうろたえる。
「落ち着けよ。それでも一児のマザーかよ」
緑色の全身タイツに身を包んだ男は冷たくあしらう。
「ウチの天使ちゃんにもこっちの焼きそばの味食べさせたいんだい!」
「用がないなら俺は行くぜ。ここは<ヤマト>か?」
「ここ、中華サーバーだよ。ってキミ、<ヤマト>から来たんじゃないの?」
「残念ながら<ウェンの大地>からだ」
「そもそもからちがうのかよー! 残念ボッシュートだよー!」
「ああ、こいつは大量のマナを放出するから扱いづらいもんだって兎耳が言ってたな。バグを起こしたんだろ」
ヨサクは蒼く輝く<ルークィンジェ・ドロップス>を取り出してみせた。
「うあーん! さようなら、涙タブレットー!」
手を振るハイテンションレディの横で全身タイツの男が真剣そうな表情をした。目のあたりしか出てないから分からないがおそらく何か閃いたのだろう。
「こいつが現れたってことは代用品になるってことじゃないか?」
「さっすが機械に強い男は言うことが違うねえ! 倍率ドン! さらに倍! って感じだねー! ようし、希望が見えてきたー!」
「どんな感じだよ」
緑の忍者とヨサクは同時に突っ込む。
「幸先いいから今夜は夜桜見物でもしよー!」
「なんだそれ? <ヤマト>の風習か?」
緑忍者は呆れながらも受け入れる覚悟を決めたらしい。
「そうと決まったら桜を探さなきゃ。エリエリたち美味しいものゲットできたかなー」
ヨサクは首を傾げる。
「花なら梅や桃がそこら辺に咲いているようだが?」
「何を言っておるのだねー、ヨサクくん! キミのためじゃないかー」
いつの間にかステータス画面で名前を確認していたらしく、カナミという女性は人懐っこい笑顔で言った。
「だって、ヨサクって名前、ヨザクラからきてるんでしょ?」
誰ひとり気付くことのなかった真相を言い当てられ、ヨサクは言葉を失った。きっとそれは彼女がもつ魅力のひとつなのだろう。
「ふっ、――――――やれやれだ」
ヨサクはもう少し寄り道するのもいいかも知れないと思った。
―マザーロード・ヘリックス―完




