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013 迷妄のトルウァトゥス

「アレン、アレン。大丈夫か! 神官を呼べ」

「はい!」

路上に倒れていたアレンを発見したという報告を受け、オルステン伯爵は駆けつけたのだった。


「アレン。ああ、私のアレン。一体どうしてこんなことに」


オルステン伯爵はアレンを抱えあげる。

「父上」

アレンはうっすらと目を開く。

「私は何を」

「よいのだ。今は、しっかり休め。よいのだ」


「父上、空が、蒼いですね」

「ああ、美しい空だ」


溢れる想いを堪え、父親は空を仰いだ。



■◇■


「シェリア。気がついたか」

「モノ、ノフ」

目を開いたシェリアは呟いた。


シェリアの横ではアロ2がモノノフの治療を受けている。

「よかった。モノノフ、笑った」

アロ2が微笑む。

「どう、したの?」

「君が急に気を失って壁に激突するのを、アロ2は身を呈して防いだんだ」


「あり、がとう」

「感謝いらない。モノノフの治療、アロ2が受けたい、それだけ」


「無茶はよせ。我の風や、ジョトレ殿のズームパンチがなければその身、破裂していたぞ」

ワールウィンドはアロ2に説教する。

「ズームパンチっていうのはスライムを変形させるための命令文で、技名ならGSG=<ガーディアンフィスト>バイ・スライムガントレットって呼んでいるんだよ」

ジョトレはどうでもいい情報を付け足した。ただ、このGSGはかなり便利な技で、最初のシェリアの襲撃から逃れたときにも用いられていた。この後、重要な局面で二度ほど活躍するので覚えておいていただきたい。


■◇■


「シェリアは無事だったんだな、わかった」

ヨサクは<北の廃都>に続く自然のかけ橋の上に立って念話を終えた。

「たとえ<北の廃都>からここまで来れても、この絶壁を登るのは一苦労だな」

対岸まで行って戻ってきたところだ。先ほど空けた大穴の上にもまだ絶壁は続いている。

「向こうの川岸は水汲むのには地形的に難しい。しかし、この螺旋の塔を使えば少しは楽になるかもしれないな。そう考えると、いい所に穴が空いたな。おっと」


<ルークィンジェ・ドロップス>をポケットにしまおうとして取り落としたのだ。

ヨサクは橋から飛び降り、空中を駆ける。時折絶壁を蹴って加速する。何とか空中で宝石を掴むと、川沿いの小道に何とか着地した。

「やれやれだ」


靴底が地面にめり込んでいる。同様の女性のものらしき足跡が近くにあるのを発見した。

「まさか、そういうことなのか」

ヨサクはもう一度頭上を見た。


シェリアはヨサクと同じように橋から飛び降りた。着地はできたが、足首を痛めてしまった。竜の身体があれば、再生も早いだろう。再生された部分のウロコは剥がれ落ちる。

その後、彼女はスパイラルタワーを通り、東の洞窟の手前までたどり着いた。エンカウントが極端に少ないのは、この辺りに棲む竜よりも彼女の方が格が上だったせいなのかも知れない。

そうして彼女はモノノフと出会う。モノノフの前で足首を押さえたのは、当然痛みもあったろうが、ウロコを見せたくなかったから。モノノフの<ヒール>で、余計に古いウロコは剥がれやすくなった。

時折見かけるウロコは足から剥がれたものだろう。


シェリアがひとりでこのダンジョンに入っていった理由はしらない。ただ、この<ルークィンジェ・ドロップス>のせいで暴走していたのだとヨサクは理解した。そしてそれですべきことは終わったと考えたヨサクはゆっくりとスパイラルタワーを登る。


しかし、もうこの時事態の異変は起きていたのだ。


■◇■


「おい、慎重に行けよ」

「いいか、ダンジョン攻略ってのは連携が大事なんだぜ」

「おい、上!」

「か、構えろ!!」


トレイルから少し入ったところでレベルの低いパーティが慎重に歩を進めている。


「来ないな」

「なんだよ、岩じゃねえか」

「おいおいおいおい、マイク、腰抜けもほどほどにしてくれよ」

「ジャック! 上見ろって言ったのお前だろ」


揉めている六人の脇をシーザーとアロが駆け抜ける。


「今なんか通ったか」

「テリー! 周辺警戒はお前の役目だろ」

「今のなんだ? 敵か?」



大きく蛇行した部分でアロが壁面に飛び移る。

「この道じゃないのか?」

「こっち、間違いない」

「そんなとこに道あったのか。なんでそんなとこ通ってるんだ」

シーザーが壁面をよじ登るとアロの真上に飛来した竜が見えた。


「<マインドショック>!」

竜がどさりと地面に落ちる。

「たすかった」

アロはシーザーを振り返り、礼を述べた。



「行こう!」

シーザーはアロの肩をポンポンと叩いて先を急ぐ。他のルートと違い凹凸が激しく、ハードル走のようだ。


そこから斜めに下ると洞門が見えた。その先に広い空間がある。

「ここ!」

シーザーは団長からのメッセージを伝えようとしたが、既に手遅れであったことに気づいた。


石舞台の上にシェリアがいて、彼女は巨大な竜の爪のようなものに捕らえられていたのである。



■◇■


「まだ動かない方がいい」

「平気」

モノノフが声をかけたがシェリアは自分の脚で立ち上がった。だが、暴走の最中、限界を越えた無理な動きをしていたのだから身体がいうことを聞くわけがない。ふらついたところをジョトレが支えようとしたが、シェリアは断った。

その直後、シェリアは奇怪な爪で掴まれるのである。


それは一瞬の出来事であった。


ここにいるものの中で最も敏捷性が高いのは、ワールウィンドである。石舞台の上方に異変を発見したのもワールウィンドであった。


空間にヒビのようなゲートが開き、そこから竜の爪のようなものが現れたのだ。ワールウィンドは風を放つ。

ダメージは微々たるものだった。それより驚いたのが、ワールウィンドの意思とはまるで関係なく、もう一度技が発動したのだ。


「!」

悲鳴をあげる間もなく、シェリアは吹き飛ばされた。

「<リピート・ノート>か!!」

ジョトレは今の出来事をそう断じる。現れた敵は、敵に<リピート・ノート>のような魔法をかけ同士討ちさせてくるらしい。



シェリアは爪にがっちりと握られてしまった。

「何たる屈辱!」

ワールウィンドが怒りに身を震わせる。


「間に合わなかったか!」

南の洞門から現れたシーザーの声がこだました。


スパイラルタワーを滑り下りたヨサクは、事情が分からずただ東の通路から現れた人物を見ていた。



「横殴り御免!」

「あざみ?」


ヨサクの前を瞬間的に移動した影はポニーテール姿の侍の姿であった。ふと思い浮かべたのが、いつもヨサクが「狐侍」と呼ぶここにいるはずもない人物だった。


<武士>の女性は、敵の爪に強烈な一撃を与え、シェリアの救出に成功した。その<武士>はモノノフの方を向いた。再び爪が<武士>ごとシェリアを掴もうとする。

「おい! 君」

モノノフが警告しようとした。


「何?」

シェリアの肩を抱いた侍は既にモノノフの背後にいた。

「え、いつの間に?」


「ハイ、任せた!」

モノノフはシェリアを受け取る。


「今の技、あなたは<剣速の姫侍>なんじゃ!?」

ジョトレが尋ねる。


「あら、アタシ有名?」

次の瞬間、彼女はヨサクの隣にいた。

「ひょっとして<ナインテイル>のあざみちゃんと間違えた?」

「あ、いや、すまん。見間違えた」


「ふっふっふ。まだJDでもいけるわね。ここのリーダーはあなた?」

「いや、あそこの<施療神官>でいいんじゃねえか?」

「あなたの方がレベルは上だけど?」

「やる気がねえんだがな」

「あざみちゃんから聞いた通りの人だね、君は。竜退治は得意なんじゃないの? その脚装備」

「夢中で立ち向かった結果さ」

それで少しヨサクのやる気が蘇る。どうやら相手は相当に人遣いに長けた人物のようだ。

「作戦立ててよ。撤退? 徹底抗戦?」

「やれやれだ」


ヒビのようなゲートから竜のような顔が現れはじめた。

「こいつがトルウァトゥスか。じゃあモグラ叩きでいいんじゃないか。叩きゃ引っ込むだろ」

「どのくらいのダメージが必要かな?」

「考えたこともねえな。とにかくやるぜ」


<ワイバーンキック>をトルウァトゥスの鼻先に叩き込む。

<剣速の姫侍>と呼ばれた女性剣士も瞬間移動のような技を使いながら敵を翻弄する。

シーザーも彼らを<キーンエッジ>で援護する。

ワールウィンドの風は敵の喉笛を狙っている。


竜にしては長い右腕が、空間のヒビから伸びて振りかぶられる。アロもアロ2も腕を狙って攻撃する。

その腕が振り下ろされる。

爪は明らかにシェリアを狙っている。

「ヘイト無視かよ!」


モノノフが見事にカバーに入る。ただ、通常の盾なら装備の耐久力を遥かに超える攻撃となったはずである。しかし、盾は無事である。

「ナイス、ジョトレ!」

「GSG耐衝撃コーティングだよ! ただのスライムとは違うのさ! ただのスライムとはね!」

ジョトレは勝ち誇る。

背後のシェリアに向かってモノノフは安全の確保を促す。

「ここを離れよう、シェリア」

「ありがとうモノノフ。でも私は―――」

モノノフの肩を借り飛び上がったシェリアは、振りかぶろうとする竜の腕を螺旋状に切り裂く。

「―――運命に負けたくない」


「ライトニング、ストレーーートオオオ!」

ヨサクが敵の頭部に拳を叩き込む。ギター音のような悲鳴があがる。ヨサクの意思とは関係なく、即座に再び近くの姫侍目がけて<ライトニングストレート>が放たれる。


「あっぶなぁ〜。かすりでもしたら、流石のアタシでも怒るんだからね」

最後列のシーザーの肩に肘を乗せて姫侍は笑う。神出鬼没の<口伝>遣いにシーザーは舌を巻く。

「いつの間に」

「ただもんじゃない動きだな。あの人」

ヨサクも流石に驚いたらしく、口元を歪めて笑った。


「ほれ、お兄さん。<ブレインバイス>」

シーザーは姫侍に言われるままに魔法を放つが、もう数秒遅ければトルウァトゥスは後列を一掃する範囲攻撃に移っていた。見事に封殺したのである。


「あの動き、<口伝>に<口伝>を重ねた動きか」

天才的センスと修練の塊の姫侍を見て、ヨサクは呟いた。

「じゃあ俺もやってみるか」

ヨサクの<口伝>は<ジェム・プロダクション>のみである。とても攻撃に応用できるものではない。しかし、使うのは<オリオンディレイブロウ>であるからやってみる価値はある。


この技は身体全身に走る脈を見て大事な結節点を探し、まるで星座を描くように拳を叩き込み寸断する技である。

全身ではなく敵の眼球に絞って観察する。脈が迷走しているように見えるが、先ほどの二重螺旋でもできたことだ。

挙動を最小限にし、最小限の力で眼球付近に拳を打ち込む。


トルウァトゥスが叫ぶ。


大型エネミーに対する<掘削奇術>―――。


ヨサクの手にはラグビーボールほどの水晶体があった。


「離れろ!」


トルウァトゥスはめちゃくちゃに手を振り回す。石舞台を叩き壊して弾き散らす。壁に当たってあちこちで壁のヒダが崩落する。

一同は洞門まで退避し、入り口で展開したジョトレのGSGの半透明な壁と吹き上げたワールウィンドの竜巻によって、被害は一切なかった。

トルウァトゥスは左目を押さえ、呻く。

「オボエテイヨ」

そう言ったようにヨサクには聞こえた。


トルウァトゥスは空間のヒビの中に身を隠し、やがてそのヒビも消えた。

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