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012 迷走する二重螺旋

「なんでシェリア逃げ出したのかなあ。ジョ・・・G君。イタリア系男子としてどう思う」

先ほどからこのような会話ばかりしている。思った以上にエンカウントが少なくて散歩気分なのだ。

「ハートが足りなかったんじゃないのかい。ボクらは情熱を捧げることを大切にしている」

「愛情をもって彼女には接していたつもりだよ!」

「キミのアロ2への対応を見る限り、怪しく思えるねえ」

ジョヴァンニはそう言ってしょんぼりとついてくるアロ2を見た。


「シェリアはフロンティアスピリッツをもっているって言ってたぞ。お前にかばわれてばかりの自分に嫌気がさしたんだろ」

ヨサクの見解だ。

「アリソンは守らないとぶつくさ言うが、シェリアは逆だったんじゃないか。そもそもお前と出会ったとき、シェリアはなんで東の洞窟にいたんだ?」

この時口から出た言葉は、世間話の域を出ないものだったが、その意味に気づいた時、ヨサクの表情はみるみる険しくなっていった。

「父に会うためと言っていたが」

「ちょっと待てよ。シェリアはどっからあの洞窟に入ったんだ」

「そりゃあ、ヨサク君。君と同じように東の入り口からじゃないのか」

「あの入り口は崩落していて、膝をついて入るような小さな穴しかなかったんだ。<冒険者>でもない彼女が、<都>に続く普通の道もあるってのに、何故そんな道を選ぶ必要があるんだ。そこのアロ2やワールウィンドだって入りたがらないような穴だぞ」

「そっちの方が近いとか?」

ジョヴァンニが口を挟む。

「近いかどうかは知らないが、おそらくシェリアこいつは<渓谷>への通路にいたんだ。俺は迷っていたから確かなことは言えないが、あの道が正解なら、普通に広い道を行く方がまっすぐな一本道でずっと早くて安全な道ってことになる」

「ということはどういうことなんだ」

モノノフは頭を抱える。


「シェリアって子は、壊れた洞門から入ったわけではなく、<竜の渓谷>から<東の洞窟>を通って外に出ようとしていたんじゃないか」

ジョヴァンニは思い込みなどない頭でストレートにそう推理した。


「そんな馬鹿な!」

「ミスターGの言う通りだ。そうだとすると色んなことに説明がつく。モノノフ、シェリアと出会ったとき、彼女はなんて言ってたんだ」

「いや、それが、その、ぼくが<妖精の輪>から飛び出したらシェリアがいて、もつれて転んだんだ」

「出会い頭に抱きついて押し倒したとはなかなか情熱的だぞ」

ジョヴァンニが茶化す。


「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだが結果的にそうだったというか、望んだわけじゃないがそうなったというか、とにかく気づいたときには脚をひねったようでスカートの上から足首を押さえていた。ぼくは咄嗟に<ヒール>を使ったんだ。それで、ぼくは自分の名を名乗り、ギルドの話をし、ぼくが怪しい者ではないことを語ったんだ」

「結局喋ったのはお前だけかよ」

ヨサクがあきれる。

「必死だったんだよ。突然現れた<冒険者>に襲われたようなもんだろ。だから彼女が笑い出すまで必死にしゃべったんだよ」


「で、自分から外に出たいと切り出したら、一緒に外に出たいと言ったわけだ」

「な、なぜ分かる、ヨサク君!」

「『ここはどこなんだい。そうか<竜の都>の近くなのか。ぼくはそこを目指そうと思うんだが、キミはどうだい? ああそうだ、君の名は?』ってところだろ」

「く、くそぅ! なんでバレてしまうんだ」

「で、そこにいた理由や<都>に養父がいることを聞いたわけだ」

「全部お見通しかよ!」

「お前くらい純情まっすぐボーイなら読み易いよ」


「ヨサク、近くに竜いる!」

アロ2が小さく叫ぶ。

モノノフを先頭に警戒しながら進む。渓谷の底にいるから、上方空間にも注意をはらわねばならない。当然トラップなどもあるかもしれないから足元にも注意が必要だ。

すると、足元にドロップ品がいくつも落ちてあるのに気付く。


「隣のトレイルから出た奴らにいつまでも会わないと思ったら、泡と化していたわけだ。こいつは、ロストしちまったそれまでの戦利品だな」

ヨサクはそのひとつに蒼いウロコが貼り付いているのを見た。


前方に開けた場所がある。

足元に部分的に水が流れている。床面の大部分は乾いて日の当たる場所が眩しく光を反射する。高い壁面は浸食によって削られ滑らかになり、ドレープのようなひだを生み出している。

その中に明らかに異様なものが二つある。

ひとつはミニチュアストーンヘンジというべき石舞台で、これは人の手なる造形であろう。浸食によるものとは到底思えない。


その横にあるのは磨崖建造物と呼ぶべきだろう。ただ岸壁を掘っただけものではないことはその表面を見ればわかる。岸壁の斜めのひだが寺院の庇のようだ。穴の上にあるひだは唐破風様式の階隠しのようにも見える。これに近いものと言ったら栄螺堂である。隣のストーンヘンジよりも更に場違いなものなのだ。


おそらくはゲーム時代に何らかのイベントのために用意された施設なのだろう。洞門のようになった入り口からその異様な空間へ、モノノフは慎重に歩を進める。ヨサク、ワールウィンド、ジョヴァンニと続き、アロ2がピタリと足を止めた。

「来る!」

アロ2の目には、斜め上方から何者かに襲撃されたジョヴァンニが強大な力で激しく吹き飛ばされたように映った。



「ジョジョ!」

反射的に<ヒール>を放ったモノノフは、思わずジョヴァンニをそう呼んでいた。

「そんな斬新なあだ名はよしてくれ」

土埃の中から声がした。アロ2の声に一瞬早く反応したワールウィンドが、風でジョヴァンニを吹き飛ばして襲撃から逃れさせたのだ。

「親しいみんなは、ボクをジョⅢ(ジョ・トレ)と呼ぶんだ」

激しい衝突だったがそこは<冒険者>の体なので、ダメージは小さいようだ。


「それよりも、見ろ」

ヨサクは襲撃者から目を離さない。

「やっぱり嬢ちゃんだったのかよ。シェリア」



蒼い髪をもつ美しき襲撃者は、獣のように姿勢を低く構えている。服は激しい動きに耐え切れず、あちこち破れて白い肌が見え隠れしているが、その背中には翼が生え、伸ばした脚には蒼いウロコがおおっている。


モノノフは信じたくなかった。目を赤く光らせた美しい少女がシェリアだとは信じられなかった。

なぜなら、ステータス画面で見ると<大地人>で<開拓者>のシェリアはどこにもおらず、<ノーマルランク>で<竜身妖姫(メリサンド)>のシェリアしかいなかったからだ。


■◇■


「あの子は<古代竜>と<古代竜>との間に生まれた純血の竜の子なのだ」

<幻竜神殿>の入り口で、<竜戦士団>団長は語って聞かせた。


「竜の一族とて、人の血が混じれば人の姿で生まれることはある。高位の竜になるほど、魔法で己の姿を封じて人に見せかけることなど造作もない。だが、古代の竜たちは他の種と交わることは極めて稀で、あの子の母もそうだった。それなのに生まれ落ちた子は人の姿をしていた。彼女は<鬼子>なのだ。彼女の母はシェリアを私に預け、このダンジョンの奥深くに眠るように去った。シェリアは母の愛を知らない。私はシェリアを人として生きられるよう乳母を雇い<北の廃都>で育てることにした」


話を聞くアリソンもシーザーもアリソンの祖母も何も言えず、ただ団長の話に耳を傾けていた。

「あの子に出生の秘密を伝えたのは私だ。彼女が十二のとき、足首の辺りにウロコが生えてね。話さざるを得なかったのだ。彼女は母には捨てられたという思いが大きかったのだろう。母よりも父への思いが大きくなったのかもしれないね。<施療神官>のモノノフという青年とやってきたとき、シェリアは『兆候が現れました。ですから<竜の渓谷>に入りたいと思います』と語った。事情を知らないモノノフ氏には<北の廃都>の水問題の話に思えただろう。だが本当は彼女の身体に変化が訪れたことを話していたのだ」


「シェリアはなぜ<竜の渓谷>に?」

声をかすれさせながらアリソンは言う。

「<開拓者>として水を求めているというのは真実であろう。ただ、それよりも<古代竜>の娘として父に認められたいという気持ちが大きいのかもしれない」


今度はアリソンの祖母が問う。

「シェリアちゃんのお父さん竜はどこにいるの?」

「それは私にも分かりません。<古代竜>は己の属性に合わせてグループで生息しているというんですが、どこにいるかはさっぱりなんです。だが私は、あの子は父に会わぬほうがよいと思っている」

「え?」

「あの子の母はシェリアを私に託したのだ。その意味を私はよく考える。彼女は父親からシェリアを守ろうとしたのではないかとね」

「分かるわあ、ワタシは強い男が好きだけど、悪い男だとそこが一番大変なの。あなたのお父さんもそうだったわ、アリソン」


「もう、おばあちゃん! 団長さん、シェリアはどうやってお父さんを見つければいいの?」

「君はシェリアのウロコを拾ったと言ったね。その色は父譲りだ。手がかりはそれだけだ」


シーザーが軽く手を挙げて聞く。

「ちょっといいかい? 蒼い髪の彼女の目的は分かったよ。だが、何故ボクらは彼女に殺されなきゃならなかったんだ!?」

誰も答えられる者はいなかった。何かの間違いではないのかとアリソンは言いたくなった。


「ヒューリットの村、同じ、よくないこと起きた」


<幻竜神殿>の入り口に、包帯姿が痛々しい<精狼狗族>の少年、アロが立っていた。その横でカレタカも尻尾を振っている。


「アロ君! 大丈夫なの!?」

「アロ、よく寝た。アリソンのにおい、ここに導いた」

アリソンはアロをハグする。

「ぐぅ。まだ、強く、よくない」

「わ、わ、ごめんアロ君。おばあちゃん、この子、私を守ってくれた旅の仲間なの」

「まあ、それはそれは。孫がお世話になりましたねえ」


「アロ君、今ヒューリットって言った? それは何?」

「ヒューリット、アロの肩、食う、メスマニトウ」

「ああ、アロ2のことね! ちょっと待って。シェリアはアロ2のときのように、目を真っ赤に光らせて襲ってきたってこと?」


シーザーは頷く。

「蒼い瞳というから別人かと思ったくらいだ。ボクらを襲ったとき彼女の目は赤く爛々と光っていた」

「なんでアロ2、暴走してたんだっけ? ヨサク言ってたよね。えーっと、えーっと」

アリソンは何かを思い出そうと、おでこをポンポン叩いている。

「あ、そうだ!! <ルークィンジェ・ドロップス>のせいで<竜星雨>現象が起きたんだ!」


シーザーと団長が<六傾姫(ルークィンジェ)>という名に反応していた。


「あの後、ヨサクに詳しく聞いたんだけど、えーっとね、ウェンの<六傾姫>である<五姫>の残した魂の欠片のようなもので、なんか色んな力を増幅しちゃうんだって」


「<五姫>の力蘇るとき、<不和の王>現れる。ゆめゆめ石舞台に近づくなかれ」

「団長?」

「<五姫>という言葉で思い出した。我が団に断片的に伝わる警句だ。その意味は今まで全く理解できなかった。だが、今ならわかる。シェリアを石舞台に近付けてはいけないのだ」


「じゃあやっぱり、ワールウィンドの言葉、『不和の王から青き瞳の姫を守れ』ってやっぱりシェリアのことなのかな。団長の言葉もヨサクに伝えなきゃ」


「アロ、いく」

「ボクも行こう」

立ち上がったシーザーはアロに並ぶ。

「私も行く。守ってね、カレタカ」

アリソンも決心する。祖母と団長は心配しながらも見送った。

だが、―――。



「イッテハナラヌ。イッテハナラヌ」

ヨサクが使ったトレイルを下ると、アリソンたちは英霊に阻まれた。

「なんで!?」

戸惑うアリソンにシーザーが説明する。

「ここは、四十八人だけが同時に入場できるんだ。ボクらを足すと四十八人を超えてしまうんだろう」

「六人抜けて、シーザー君の仲間も抜けているんでしょ。まだ余裕あるんじゃない?」

「血気盛んな人たちだからな。ボクを待っていられず再入場してしまったんだろう。それでも数が合わない。このダンジョンにどこからか侵入した別の人間がいるのかもしれないな。悪いがアリソン、カレタカと残って貰っていいかい」

「アリソン、任せろ」

「ええええええーーーーー」


渋々アリソンとカレタカが退ると英霊は消えた。アロとシーザーが走り去った後、カレタカにまたがったアリソンは突破を試みたもののやはり現れた英霊にあっという間に行き先を曲げられ、侵入はできなかった。


「頼んだよ、アロ君、シーザー」


■◇■


「手を出すんじゃあない!」

シェリアの猛攻を盾で受けながらモノノフは叫ぶ。

ワールウィンドが風を放とうとしたのを見咎めたのだ。


モノノフはまるで戦士職のようにヘイトを積み重ね、シェリアの攻撃を一身に浴びている。解決の糸口が見えたわけではないが、モノノフの望んだことだ。

ジョトレもアロ2もワールウィンドも周りで見守るしかなかった。


ヨサクは―――。

スパイラルタワーに飛び込んでいた。

<ルークィンジェ・ドロップス>の脈が見えたのだ。誰でも見える脈ではないのだが<武闘家>ならおそらく見える脈がある。

「脈が迷走してやがる。どこなんだ。<ルークィンジェ・ドロップス>」

右周りに螺旋の滑りやすい床をかけ登っていく。

「まるで<東の洞窟>の入り口だ。やっとてっぺんに来たぞ」

スロープを最上階まで駆け上がると小さな太鼓橋のようになっている。天井にはわずかに明るく光る苔のようなものがおおっている。脈の中心はここにはないようだ。

今度は下りのスロープだ。ヨサクは足を滑らせて手をついた。重心が下がったため、そのままの姿勢で滑り台のように身体が運ばれてしまう。

「おりたときに剣山でグサっていうのは勘弁だぜ」

登ってきた坂を下っているなら、左回りになるはずだ。しかし、右回りに下り続けている。内部は二重螺旋になっているらしい。行きとは別ルートを下っているようだ。下るにつれて水音が近付いてくる。ブレーキをかけながら坂を下り終える。


「バーミリオンリバーか」

川の本流にたどり着いたようだ。川は岸壁の色を反射して赤茶色に見える。見上げると渓谷にかかる橋のように背後の絶壁と対岸がつながっている。

「あっちが<北の廃都>か。脈があっちこっちに影響を与えているようだが、<ルークィンジェ・ドロップス>はやはりこの二重螺旋の中か。難儀なことだ」


ヨサクはさきほどの道を引き返す。やはり右回りで上っていく。脈の密集部分は上の方らしい。

「なんだ。さっきすっ転びそうになったところじゃないか。」

足場はよくないが<オリオンディレイブロウ>の挙動に入る。ただし、崩落の危険性を考えて出来るだけ最小の力で脈を断つつもりだ。


<ジェム・プロダクション>―――。<武闘家>で<採掘師>の彼が編み出した<口伝>である。

最小のモーションながら外壁に大穴が開く。飛び出した<ルークィンジェ・ドロップス>をしっかり握る。

「拾い損ねたら、川の中にポチャンだったな。お、<北の廃都>への近道もできたようだ」

思い切り<オリオンディレイブロウ>を放っていれば、外壁とつながったこの橋のような部分もきっと崩落していただろう。



「シェリアァアアア!」

モノノフの絶叫がヨサクの耳にも届いた。

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