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010 さまよえる蒼い鱗片

 翌朝、ヨサクは<竜討伐大隊>とともにトレイルセンターにいた。

 モノノフは一足先に先遣隊の一員として、<竜の渓谷>に入っている。


「シェリアがどこにもいないの!」

 血相を変えて飛び込んできたアリソンは告げた。

「団長さんや隊員さんたちも探してくれてるんだけど見つからないの。こんなときこそアロ2の出番なのに! ヨサク、あの子どこ?」

「アロ2ならモノノフについていったな」

「んもー、発情期真っ只中なの!? それにしてもどこいっちゃったのよ、シェリアは! あんな髪色なのにちっとも見つからない!」


 アリソンの訴えに反応した者かいた。昨日の乱闘騒ぎのときには見なかった顔だから、別のトレイルセンターにいた人物だろう。

「ひょっとして蒼い髪の少女のことかい?」

「何か知ってる?」

「ぼくは隣のトレイルセンターにいてこっちに配属になったんだけど、こっちに来る用意してたら、蒼い髪の女の子がトレイルに向けて出発したからちょっと気になってて」

「わ、私、隣のトレイルセンター見てくる」


 ヨサクがモノノフにすかさず念話を入れる。

「未確認だか、シェリアが抜け出して別のトレイルからダンジョンに入ったらしい」

(分かった、すぐ引き返すよ)

 モノノフは即応した。


 隣のセンターにいたという<冒険者>は呟く。

「大丈夫かなあ。あのトレイルはゲーム時代、クエストに使われてたから、今でもエンカウントが起きるらしいんだが」

 ヨサクはぼやいた。

「一気に全員で突入しときゃこんなこともなかったのに」


 このダンジョンは四十八人までの同時入場制限がかかっているという。開放的な空間であるにもかかわらずどのにして制限するかというと、この地らしい工夫があるそうだ。


 同時に四十八人が既にダンジョン内に入っているとする。あなたが四十九人目だとしよう。すると、あなたの目の前にこの地の英霊が立ち塞がるのである。そして、行ってはならぬ、行ってはならぬと、立ち去るまで諭してくる。

 この英霊が<衛兵>ほどの強さをもっているため、強硬突破は無理らしい。


 <竜討伐大隊>は今回四十八人以上集められなかったため心配の必要はないのだが、もし仮に後発隊がやってきたとしても、誰か神殿送りになるのを待っていればよい。参加人数は何人でも構わないが、ダンジョンに同時に入場できるのが四十八人までということである。


 とにかくヨサクのぼやきにはそうした背景があるのだが、六人神殿送りにしているので、シェリアを足しても四十八人未満なのである。だから、全員でダンジョンに突入していたとしても、英霊はシェリアを止めることはなかったはずだ。



「困るねえ。一体誰の命令で先遣隊を帰還させているのだね」

 そう言って近付いてきたのはカウェール統括官だった。隣のトレイルにいたという<冒険者>は居住まいを正して直立した。

「あん?」

 ヨサクは椅子に掛けたままの姿勢で、愛想悪く返事した。


「誰の命令だと聞いているのだよ、ミスターサムライ」

「俺は先遣隊を帰還させた覚えはない。モノノフとアロ2をシェリア探しに回せればそれで十分だ」

「重要な戦力が勝手に帰り始めたら隊を維持できなくなると言っているのだ。結局彼らは帰還を余儀なくされた」

「頼りないやつらだな」

「計画が狂うと言っているのだよ、ミスターサムライ」

 カウェールはヨサクの名を覚えようとはしていないが、ヨサクも彼に名前で呼んでもらいたいとは思っていないため、この妙な呼称で固定しそうだ。



「俺たちはいつ出発するんだ」

 全くヨサクは動じていない。というより、もう焦れているのだ。

 そもそも行列にも渋滞にも並ばない男だ。戦略的に価値のある待機以外は退屈至極、この状況などまさにその典型だ。

「我々の本日のミッションは、<竜の渓谷>のマップ作りだ。先遣隊に安全、危険を判断してもらってからそれぞれのチームを送り出す。だから、君たちサムライチームにも<筆者師>の彼をマッパーとしてつけることにした」

隣のトレイルセンターから来た彼は、ヨサクチームでマップ描きをするために派遣されたのだ。


「名前は?」

「ジョヴァンニ=G=ジョリッティ。人はボクの名を略してこう呼ぶんだ、ジョ・・・」

人の良さそうな<法儀族>の青年は金の巻き毛を揺らして振り返る。

「あー、Gでいいや。準備できてんなら出発しようぜ」

「だから、待てと言っている!」

さすがにカウェールも頭に来たのだろう。バンと机を叩いてヨサクに詰め寄る。

だが、ヨサクは全く気にかける様子もなく、言い放つ。


「アンタ、ダブルレイドの経験がないんだろう?」

「何ぃ!?」

「できるだけ安全にローラー作戦がやりたいのかもしれねえが、その兵の動かし方は、レギオンレイドの発想だ。フルやダブルの経験があればもっと賢い兵の動かし方に気付くはずだ。ダンジョン外にベースを作るんじゃなく、ダンジョン内にベースを置けばいい。斥候はベースを基点に次なるベースの探索で済むんだ。チームを組んで動く必要なんかない。逆にそれぞれのチームが頭を使って探索して得た情報を、ベースでアンタが整理すればいい。神秘のカエル殿」

「シンフィノ=カウェールだ。<大災害>後、ダンジョンは何が起こるか分からぬところになった。私たちはそんなところに生身で入って行かなければならぬのだよ。一度やられてしまえば精神的なダメージは計りしれない。不要な犠牲を避け、未知のものを全員の既知に変える。そのために足並みを揃えようというのだ」


おそらくヨサクの感じた通り、カウェール統括官に大規模レイド経験はないのかもしれない。およそ、元いた世界での地位や役職を買われて統括官に任命されたのだろう。レベルが高いのは、高スペック<冒険者>のアカウントを買い取ってプレイしているのかもしれない。


「レイドを通じて成長する」という<エルダーテイル>のコンセプトが概念としてカウェールの頭に無ければ、ヨサクがいくら言っても理解できない話なのだろう。

ここはヨサクが折れてやることにした。

「分かった。だがこっちは、仲間が先にダンジョンに入ってしまって、一刻も早く合流してやりたいんだ。合流できたら必ずここに戻る。それでいいだろう?」


「一時間だ。突入は予定通り一時間後だ。ジョバンニ、君はマップを描くことが使命だ。ついていくならそれでもいい。ただし、戦闘が起きたなら安全な場所に退避すること。君まで巻き込まれる必要は全くないのだ」


「俺たちはどちらでも構わない。行こう、ワールウィンド」



隣のトレイルセンターでもにわかに動きが出始めた。ヨサクのように気が早い連中がトレイルへの通路に立ってそわそわしている。

「エクスキューズミー! どなたか蒼い髪の少女見ませんでしたか! 名前はシェリアといいます」


大概の男たちはさあと答えただけでアリソンに興味すらもたずに、これからの突入の話や竜を狩った自慢話に終始している。中には酔っ払ってアリソンに声をかけようとした者もいたが、するすると躱すように歩くアリソンをつかまえられずにいた。


「君、ぼくは知っているよ」

バンダナをした<冒険者>がアリソンを手招いた。

「あなたは?」

「シーザー」

「シーザーさん。シェリアを見たんですか?」

シーザーはごく自然とアリソンと立ち位置を変え、酔っ払いから華麗にアリソンを守る。

「今朝ね。その通路を抜けて、外へと行ったんだよ。そのとき何かを落としたようで、大事なものだったら悪いから拾っておいたんだ。あれ、どこ入れたかな。あ、あったあった」

「わ、綺麗。何これ」


アリソンはシーザーから蒼く薄い何かの欠片を手のひらに受け取った。指先で持ち上げてみると、透けるような美しさをもった鱗の欠片だった。

「蒼い、ウロコ?」


シーザーは目を細めて通路の床を見る。

「おや、あれもそうかな」

<冒険者>ほどの視力のないアリソンには暗がりになった床の上など見通せるはずもない。

そこでアリソンは、今や時遅しと言わんばかりの<冒険者>たちの間をすり抜けて扉にたどり着く。


蒼い鱗だ。

「何でこんなものが」

アリソンは通路のドアを開く。

数歩分のバルコニーがあって、階段につながり、そこからはトレイルだ。いくつかの鱗片がアリソンの目にも見えた。

「おい! 隣のトレイルで、出発したチームあるらしいぜ」

「おい、抜け駆けかよ。オレらもいくぞ」

「嬢ちゃん、邪魔だ」


アリソンは<冒険者>に軽く押されてバルコニーをよろよろと歩く。アリソンはがくがくと脚を震わせてしゃがみこんだ。

「君、大丈夫かい」

声をかけたのはシーザーだったが、点々と鱗片が落ちているトレイルからアリソンは目が離せなかった。


「シーザー! いくぞ!」

「ごめん」

シーザーたち六人がトレイルを進んでいく。その背中が小さく見え始めた頃、脇から飛び出した二体の竜が六人を襲う。

その光景をアリソンは口を押さえて、震えながらみた。

「シェリア」

ふとアリソンはそこを離れ、トレイルセンターを飛び出すと、今まで祈ったこともない神殿へ向けて走り出した。


<幻竜神殿>の北側の列柱は竜を模してある。梁を支える白亜の竜は無言でアリソンを見下ろす。アリソンは膝をついて祈った。

「無事でいて! 無事でいて、シェリア! ヨサク、ヨサク、早くシェリアを見つけてあげて。お願い!」


アリソンが祈るのは神でも竜でもなかった。頼もしき<冒険者>にであった。

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