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金色のネコ  作者:
2/2

 残されたケンイチは他の×印の児童といっしょに体育館に残った。泣いている子、しゃくりあげている子がいた。女の子同士でだきあって泣いている子もいた。ケンイチのまわりにはだれもよってこなかった。ケンイチはいつも成績の悪い子をバカにしていたから、だれもケンイチと口をききたがらなかったのだ。ケンイチも他の子と口をきこうとはしなかった。だって自分は本当はほこりたかい○印の子なんだから、×印のやつらとはちがうんだから。

 ○印の児童が全員出て行って体育館がおちついたところで、背広の男が言った。

「じゃあ、×印のみなさん、私についてきてください」

 六年生の半分にあたる×印の児童はたちあがり、背広の男とおまわりさんにつれられて体育館わきのとびらにみちびかれた。そこには大きなトラックがうしろのとびらをあけて待っていた。

「さあ、×印のみなさん。このトラックに入ってください」

ケンイチはいやな予感がした。

 暗いトラックの中におしこめられた四十九人の×印の子どもたちは不安におびえていた。ほんとうなら五十人の×印の子どもだったのだけれども、おまわりさんに校庭につれだされた子はとうとうトラックには乗ってこなかった。そして、だれもその子について聞かなかった。

「おかあさん、おかあさん」

とさけびつづけている子もいた。ケンイチもふくめた多くの子どもたちはただひざをかかえて小さくなっているだけだった。

暗いトラックの中。ケンイチはこの先に何が待っているのかを考えるだけで脳みそがとけそうだった。でも、もしかしたらまちがいに気づいて誰か助けてくれるかもしれない。○印にもどれるかもしれない。そう期待していた。

 トラックは動き出して一時間くらいで止まった。トラックの後ろのとびらがガチャリとひらいた。子どもたちはまぶしそうに顔をおおった。そこにも背広の男がいた。

「さあ、早くトラックから出てください」

言われるがままに子ども達はトラックをおりた。

 トラックを出た子どもたちのまえには大きな白い建物があった。窓がないので何階の建物なのかわからない。それにどこがはじだかわからないくらい広い建物だった。背広の男はその建物の白いとびらをあけて、笑顔で手をふった。

「さあ、みなさんここから入ってください」

背広の男の笑顔は気持ち悪いくらいに優しそうだった。

 建物の中には大きなスペースがあった。そこにはおおぜいの子どもたちがいた。ケンイチは隣の小学校の人をみかけた。ケンイチと同じ幼稚園に通っていた女の子だった。スペースに集められた×印の子どもたちは、これから何があるのだろうとがやがやと予想しあっていた。

やがて多くの背広の男たちがそのスペースにあらわれた。背広の男たちはみんな同じ顔をしていた。同じ顔をした背広の男たちが各地の小学校に行って×印の児童を集めてきたのだろう。ケンイチは自分の小学校に来た背広の男がどんな顔をしていたのか忘れた。

 背広の男たちは子どもたちを男の子と女の子に分けてみちびいた。もちろんケンイチは男の子と言われた方についていって、男の子の列にならんだ。その列はひどく長い列だった。待っても待ってもなかなか進まなかった。それでもケンイチは前や後ろの男の子たちとは話さなかった。

「おい、ひまだからムダ話をしようよ」

と話しかけられても無視した。ムダ話なんてしてやるものか。だって自分は本当は○印の人だから×印の人と口なんてきいてやらないと思ったからだ。

 長いこと待って、やっとケンイチの番になった。背広の男によばれてケンイチは白い部屋に入った。そこには真ん中に白いベッドがあって、白衣を着たおじさんが一人にお姉さんが二人いた。おじさんにベッドで横になるように言われて、ケンイチはベッドに横になった。何か調べるのだろうか?

 うでにチクリと何かをさされた。たぶん注射だ。それからケンイチはうとうととねむくなった。おやすみなさい。

 目覚めるとそばに背広の男がいた。ケンイチは自分がすっぱだかだと気づいて起きあがった。おちんちんをかくそうとしたのだ。でもあるべきはずのところにおちんちんがなかった。

「どうやら気づいたようだね」

と背広の男が言った。

 ケンイチがまたを上からのぞいてみると、おちんちんもきんたまもどこにも見あたらなかった。手でさわってみてもスッとおしりまで手がすべっていく。そしておちんちんがあったところに大きな×印が黒色で書いてあった。こすってもそれは消えなかった。背広の男は言った。

「その×印の二つの棒があわさったところ、そこに穴があいていて、その穴からおしっこが出る。はじめはなれないとむずかしいけれど、すぐになれるから」

その×印を見て、ケンイチは(ああ、ぼくはどうやらほんとうに×印の人間になっちゃったみたいだ)と思った。体がまずそのことをうけいれた。

 そしてもうひとつ、ケンイチは自分の体のおかしなところに気づいた。それは頭に髪の毛が一本もないことだった。頭をさするとつるりとしている。背広の男は言った。

「それから、もう君の頭に髪の毛は生えてこないよ」

もう○印にもどれるかも、という期待は消しとんだ。


 背広の男に白い服を上から着せられて、ケンイチは背広の男についていった。階段をおりていった。だんだんと階段を下におりていくにつれてあたりは暗くなっていった。階段ライトの光だけが暗やみをほんのりと照らしていた。

「いつになったらつくんですか」

とケンイチが背広の男に聞いても、背広の男は何も答えなかった。無視されることがこんなにつらいとは思わなかった。ケンイチが五回くらい

「いつになったらつくんですか」

と聞いたとき、

「いつまでも同じことを聞くな。頭が悪いのか?」

と背広の男はおこったように言った。ケンイチはひるんだ。なんだか自分がとても頭の悪い子どものように思えてきた。本当は自分は×印であっていたかもしれない、と思いはじめた。

 背広の男についていって、ケンイチはコンクリートのかべにかこまれたうす暗い部屋についた。そこには一人の背広の男と、同じ坊主頭をして白い服をはおっている子どもが四人いた。目鼻のかたちでそのうち一人は女の子だとわかった。ケンイチをつれてきた背広の男はその部屋にいた背広の男に一礼すると階段をのぼって帰っていった。

「これでみんなそろった。でははじめるとしようか」

と背広の男は部屋のボタンを押した。すると部屋の一つのかべからつづく通路に、灯りがチラチラと点いていった。ケンイチはそれまでそんなところに通路があったことなんて気づかなかった。四人の子どもたちも気づかなかったようで、同じようにおどろいていた。背広の男はその通路にはいっていった。

「ついてきたまえ」

五人の子どもたちは背広の男のあとをついていった。

 暗い通路をひとりの男と五人の子どもが歩いていく。そして背広の男はまた別の暗い部屋に子どもたちをつれてきた。そこには丸いのやとがっているのや四角いのなどなどいろいろな形の箱が床においてあった。その箱はどこもあけるところがなく、赤や黄色や青や緑などいろいろな色にぬられていて、ぼんやりと暗やみの中で光っていた。たぶん光る絵の具がぬられているのだろう。

「さあ、みんなこれをひとり一つずつ持ってくれ。そして運ぶんだ」

と背広の男は茶色にぬられた丸い箱を一番近いところに立っていた女の子にわたしながら言った。ケンイチは手をあげてたずねた。

「あの、どこに運べばいいんですか」

すると背広の男は

「ふっ」

と鼻で笑って、

「どこでもいいから運ぶんだ。とりあえず通路にそって歩けばいい」

と少しおこったように言った。ケンイチはなぜ鼻で笑われたりおこったように言われたりするのかわからなかった。

 ケンイチは足もとにあった黄色い三角のとがった箱を手にとった。手の中でぼんやり黄色く光っている。ふしぎな箱だった。

「さあ、行きたまえ」

ケンイチは一番近い通路にすすんでいった。ケンイチのあとには誰もつづかなかった。通路を歩いていくと、地下ホタルが飛んでいて、パチパチと小さな火をおしりのところで燃やしていた。その地下ホタルにみちびかれるようにケンイチは三時間くらい歩いた。

そうするとトイレに行きたくなった。少しはがまんした。がまんして歩いていると通路のと中に「男子トイレ」と書かれたとびらがあった。とびらをあけると便器がならんでいた。ケンイチは「×印の二つの棒が合わさったところ」からおしっこを出してみた。まるで自分でおしっこを出したのではないみたいだった。いったい、ぼくのおちんちんはどこに行ったのだろう。もどしてくれるのかな。

 トイレをすませてからまた通路を歩いていくと暗い部屋にたどりついた。そこにも背広の男がいた。

「ごくろう」

と背広の男はやって来たケンイチに言って、ケンイチがさしだした黄色い三角の箱をうけとった。そして背広の男は

「これが食事で、これが新しい箱だ」

と言って布のふくろと、赤色の丸い箱をケンイチに手わたした。

ぼんやりしたままその部屋から立ち去った。ケンイチはまた通路を歩きながら「食事」と言われた布のふくろの中をのぞいててみた。それには黄色い粉がたくさん入っていた。通路のわきにすわってそれを手でつまんで食べてみた。その黄色い粉はなんとなくおいしかった。そして食べているとなんとなくお腹がいっぱいになって、なんとなくのどのかわきもおさまった。そしてなんとなく、荷物をとどければ食事をもらえるしくみがわかった。

 食事がおわるとまた赤い丸い箱を持って歩き出した。最初の日は三つの箱を運んだ。一日中、歩きまわってつかれるとケンイチは通路のはじで丸くなって眠った。いろいろな夢を見た。お父さんの夢、お母さんの夢、楽しかった学校の夢。結婚しようと約束していたトモカの夢。そして目が覚めるとまた歩き出した。どの部屋に行っても背広の男がいて、黄色い食べ物が入った布のふくろと色のぬられたぼんやりと光る箱をわたされた。

 一週間それをつづけた。あの長い階段をおりてから一週間、ケンイチは一度もお日さまを見ていなかった。ずっと、地下ホタルの飛ぶうす暗い通路と背広の男のいる部屋の風景ばかりだ。何か本を読みたかった。友だちと遊びたかった。でもそれはできなかった。

 ときどき通路で人とすれちがった。どの人も坊主頭だった。すれちがった人のなかには大人もいた。なぜなら体が子どもよりもずっと大きかったからだ。でもその人が女性か男性かはわからなかった。どの人も悲しそうな顔をしていた。そしてどの人も色をぬられたぼんやり光る箱を持って、それをだまって運んでいた。

 ケンイチはだんだん自分の頭が悪くなっているのに気づいた。通路を歩いているひまつぶしに九九を言ってみようとした。でも言えなかった。四の段がどうしても言えなかった。六の段から上はつっかえてしまう。ケンイチは思った。

「ああ、やっぱりぼくは×印の人間だったんだなあ」

 ひまつぶしに手のひらに漢字を書いてみた。だいぶ漢字をわすれていた。ためしに同じクラスだった人の名前を思い出して書いてみようとした。三十人くらいいる人のうち二十人分の名前しか漢字で書けなかった。

 一週間が一ヶ月になった。それでもまだケンイチはよくわからない色のついたぼんやりと光る箱を運んでいた。×印をつけられた人間の生活がこんなものだとは知らなかった。そうだ、ケンイチは今まで×印をつけられるなんて思いもしていなかったのだから。ケンイチが小学校の間に考えていた将来の生活は、○印の生活だけだった。ケンイチはつぶやいた。

「ああ、トモカちゃんに会いたいなあ」

 一ヶ月が一年になった。ケンイチはだいぶ仕事になれてきた。一回、箱の中になにが入っているのかを調べようとした。しかし箱はどうやってもあかなかった。それでもどうしょうもないので、何が入っているのかもわからないぼんやりと光る箱をケンイチはずっと運びつづけていた。

 一年が十年になった。ケンイチはすっかり大人になっていた。それでも子どものころと同じようにずっと同じ箱を運びつづけていた。だんだんと自分のやっていることがくだらないことのように思えてくることもあった。それでもケンイチはその仕事を続けるしかなかった。なぜなら箱を運ばないとあの黄色い粉がもらえないからだ。あれってけっこうおいしい。

もう、ケンイチはものごとを深く考える力をなくしていた。通路を運んでいるときはただぼんやりと通路の先を見つめているだけになった。九九も忘れた。簡単なたし算やひき算のやりかたもわすれた。漢字も書けなくなった。

 十年が二十年になった。そんなとき、ケンイチはある老人とすれちがった。白いひげをたくわえたおじいさんだった。ケンイチはこの二十年間で多くの人とすれちがったけれど、ひげのはえている人を見るのははじめてだったので、しげしげとそのひげを見てしまった。ひげには一ぴきの地下ホタルがとまっていた。

「どうした?」

と立ち止まって老人はケンイチにたずねた。老人は銀色の四角い箱を持っていた。

「いえ、なんでも」

すると老人は言った。

「まあいいさ。そういえば、この国の新しい大統領がきまったそうだ」

「はあ、そうですか」

ケンイチは大統領とかそういったことなんてどうでも良かった。ただ老人のひげを見たかった。あと地下ホタルも。

「新しい大統領の名前はシュンタロウというらしい。」

ケンイチはその名前に聞き覚えがあった。

「シュンタロウ、だって?」

ふむ、と老人はうなずいて、つけくわえた。

「若い大統領だそうだ。」

「そうですか。」

ケンイチはそれにあいまいにうなずいた。というのはシュンタロウというのはだれだったのかを思い出そうとしていたからだ。けれど思い出すことはできなかった。

「その大統領には同い年の奥さんがいるらしい。名前はトモカというらしいぞ」

「…トモカ」

その名前にもケンイチは聞き覚えがあった。遠い昔に、何度も何度も心にきざみつけた名前のような気がする。でもよく思い出せなかった。けれど、とてもなつかしい音だ。

「トモカ」

ケンイチはつぶやいてみた。何も思い出せなかった。老人はふしぎそうな顔をして銀色のぼんやりと光る箱を持ってどこかに行ってしまった。


 二十年が三十年になった。それでもケンイチはぼんやりと光る箱を運びつづけた。ケンイチの体のあちこちがいたむようになった。三十年が四十年になって、四十年が五十年になった。五十年間もケンイチは色のぬられたぼんやりと光る箱を運びつづけた。なんだか箱を運んでいるうちにひとつひとつの箱がとても大切なもののようにケンイチには思えてきた。そして箱を運んでいる自分はとてもいいことをしているように思えてきた。

「ああ、ハコっていいなあ。かわいいなあ」


 ある部屋でケンイチは金色にかがやく四角い箱をうけとった。ケンイチにはそれがとても大切でいとおしいもののように思えた。ケンイチは

「ありがとうございます」

とその金色の箱をわたした背広の男にお礼を言って、歩き出した。黄色い粉の入った布のふくろをもらっていなかったけれど、ケンイチはそんなことも気づかなかった。それくらい金色の箱に夢中だったのだ。

もうケンイチは歩くたびに体じゅうがいたかった。もうすっかり年なのだ。数時間歩くととうとう足がもつれた。地面が近くなって、ほっぺたが地面にぶつかった。あたりが真っ暗になった。金色の箱も落としてしまった。

すると落とした金色の箱のふたがパカリとあいて、そこから金色のネコがとびだしたような気がした。

 金色のネコは箱から出てすこしすすむと、ケンイチのほうをふりかえり、

「ニャー」

と小さく鳴いてどこかに行ってしまった、そんな気がした。


 気がつくと、ケンイチは白い部屋で寝かされていた。話し声が聞こえた。少なくともケンイチ以外に三人の人がこの部屋にはいるらしい。話し声がケンイチの耳にとどいた。

「大統領、あなたがさがしていた男はたぶん、こいつです」

「そうか、ありがとう」

ダイトウリョウという人がこの部屋にはいるらしい。

「しかし、大統領。なぜあなたほどの人がこんなケンイチとかいう男をさがしていたんですか」

「ああ、それにはとても大きなわけがあります」

「大きなわけとは?」

どうやら彼らはケンイチのことについて話しているようだ。でもケンイチは体を動かすことができない。

「あのケンイチと私とは同じ小学校に通っていました。そこではケンイチは学校のトップで、きっと○印をもらうだろうと言われていました。そして私シュンタロウはずっとビリで、きっと×印だろうと言われていたんですよ」

すると聞いていた人はおどろいたようだった。

「大統領、あなたほどのお方が学校でビリだったとは!」

「いやいや、私はもともと×印がふさわしい男でした。しかし○×人間式のときに事件がありました。ほんとうは○印をもらうはずのケンイチが×印をもらって、ほんとうは×印をもらうはずの私が○印をもらいました。事件です。そこで二人の人生は全くいれかわってしまったのです。」

「ほほう、そんなことがあったんですか」

どこかで覚えのある話だった。

「そうなのです。何もかもがいれかわりました。ほんとうはケンイチと結婚するはずだったトモカは、ほんとうは×印をもらうはずだった私と結婚しました。そしてほんとうは×印をもらうはずだった私はこうして大統領にまでのぼりつめました」

トモカ、それも聞いた覚えのある名前だ。

「そして、大統領になった私は、あの人生がまったくかわってしまった○×人間式を思いだしました。あのことを調べてみようと思ったのです。そうしたらわかりました。なんとケンイチの○印と私の×印とがいれかわっていたのです。どうやら係りの人がおっちょこちょいで、かんちがいしていたようなのです。こわいですね。ちょっとしたおっちょこちょいが二人の人間の人生をくるわせてしまったのです。そのおかげで、ひとりは×印に、もうひとりは大統領に」

聞いていた人は運命のふしぎに心をうごかされた。

「なんということだ。なんということがおこってしまったんだ」

大統領らしき男はこうつづけた。

「それで、私はこうしてトモカといっしょにケンイチと会おうとしました。会って彼を助けようとしたのです。彼は○印になるべき人でしたから。ずっとずっと、さがしていました。けれど、なかなかさがしあてることができませんでした。でもこうしてやっと出会えたときには、ケンイチはもう死にそうになっています」

そうか、自分は死のうとしているんだ、とケンイチは気づいた。

「だから、私は彼におわかれを言おうと思います」

だれかがケンイチに近よってきた。きっと大統領だろう。

「私といれかわった人よ。あなたとすごした小学校の日々はずっと思い出にのこっている。子どものころの私やあなたは○印とか×印とかにこだわっていたけれど、大統領になった私は知ってしまったんだ。○印の人も×印の人もそう大きなちがいはなかったんだ、ということに。そのことをあなたに教えてあげたかった。助けてあげられなくて、すまない」

そう言って大統領はケンイチの手をぎゅっとにぎった。ケンイチは何か言おうとしたけれど口が動かなかった。手に力もはいらなかった。もうひとりの人が近づいてきた。

「ケンイチさん。私のことを覚えていますか?小学生のころに結婚しようと約束しあったトモカです。運命が何もかも変えてしまいました。でも、あなたが私の初恋の人であることは変わりません。さようなら」

そう言ってその人はケンイチのほっぺたにキスをした。

 そのとき、ケンイチは、トモカがだれなのか、自分にとってどんな人であったのかを思い出した。でも何も言えなかった。もはや何も見えなかった。何も聞こえなかった。

 何も感じられなくなった。


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