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金色のネコ  作者:
1/2

よく「×印をもらった人は金色のネコを見ただけで死んでしまうんだよ」と言って大人は子どもをおどす。そして○印をとれるように勉強させる。

バカみたい。

金色のネコなんてだれも見たことないのに。それに×印をもらった人なんてどこにもいないのに。


 ケンイチは今回も六年二組で一番だった。そして六年生全体でも一番だった。先生がケンイチの点数を読み上げる。

「算数九九点、国語一〇〇点、理科一〇〇点、社会一〇〇点。四科目で三九九点。すごいぞ、学校はじまって以来の点数だ。このままならケンイチの○印はまちがいないな。」

そこで、すっとケンイチは右手をあげた。

「どうした、ケンイチ?何か質問でもあるのか?」

ケンイチが手をあげたのに気づいた先生はメガネをカチカチなおしながらケンイチをあてた。

「算数はなんで一点だけまちがえたのでしょうか?」

それを聞いて先生はふむふむとあごをなでた。

「なんでだと思う?ケンイチよ」

ケンイチ少年はわからない、というように首をよこにふった。

「まったくわかりません」

それを聞いて先生はバシッとつくえをたたいた。

「ずばり、ケンイチは答えにセンチメートルを書き忘れたのだ」

わははと教室中が笑いにつつまれた。ケンイチは頭のうしろのところをかいている。

「それだけなんですか?」

とケンイチ。先生は

「それだけではないぞ。大事なことだ。ケンイチはおっちょこちょいなんだ。頭もいいし、運動神経も良い。でもおっちょこちょいなんだ。そこだけが欠点なんだよ。そのおっちょこちょいが原因でやがて大きなポカをするかもしれないぞ」

「そんなあ」

とケンイチは甘ったれた声をだした。

「そんなあ、じゃない、本当に大事なことだ。くれぐれも注意したまえ。それから成績が一番悪かったシュンタロウよ。」

と先生はちがう子を指さした。指さされた子はびくっと背筋をのばしてから、うつむいて机とにらめっこしてしまった。シュンタロウとよばれたその男の子は小太りで少しにぶそうな子だった。

「はい」

「シュンタロウはビリだった。これだと×印は決定だ。ちゃんと覚悟をきめておけよ」

「は、はい」

そう言われてシュンタロウはもっとうなだれてしまった。

「以上が今回のテストのトップとビリだった。しかし結果が良かったみんな、気をゆるめないでほしい。そして結果が悪かったみんな、あきらめないでほしい。まだ何にもわからないんだ。卒業式後の○×人間式で○印をもらうか、×印をもらうかはその時まで誰もわからないんだ。今からでもがんばればその時になって逆転するかもしれないぞ。では、これで休み時間としようか。日直、黒板を消しておいてくれ」


 今日の一時間目は、二学期の学力テストの結果がかえってきたのだ。その結果を見て、クラスの半分はにぎやかになり、クラスの半分はしずんだ。

もちろんにぎやかなのは成績が上位の子どもたちで、しずんでいるのは成績が下の子どもたちだ。そして成績が良い子はたぶん卒業式の後でおこなわれる「○×人間式」で「○印」をもらえるだろうから喜んでいて、成績の悪い子はそこで「×印」をもらうのだろうからしずんでいるのだ。

 成績がトップのケンイチはもちろん○印をもらうだろう。それだけじゃない、ケンイチは運動もできるし図画工作も優秀で、音楽の才能もある。だからケンイチが○印をもらうことは誰もうたがわなかった。○印をもらえた人はその後の人生を楽にすごすことができる。みんなのお母さんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、子どもが出会う大人はみんな○印をもらった人だ。だからみんな○印が欲しい。

でも残念なことにクラスの半分しか○印をもらえない。

それに×印をもらった人にはだれも会ったことがないのだ。少なくとも小学生は×印をもらった人を見たことはない。

うわさでは○×人間式で×印をもらった人は殺されてしまう、×印をもらった人はひき肉にされてしまう、などといわれている。でもだれも本当のことを知らない。だからだれも×印なんてもらいたがらない。

でもクラスの半分はきっと×印をもらってしまう。

 その×印を必ずもらうだろうと言われているのがビリのシュンタロウだ。シュンタロウはずっとテストでビリだった。そして運動神経もにぶいし、病気がちで絵も下手で、リコーダーもうまくふけなかった。

 シュンタロウはうなだれていた。なにしろ四科目で合計一〇〇点もいかなかったからだ。うなだれているシュンタロウの机にケンイチがにこにこ笑いながらやってきた。

「おい、シュンタロウ、元気出せよ」

「そんなこと言ったって。ぼくはずっとビリだったんだよ。それで今回もビリだったんだ。もうだめだよ。ぼくは絶対に×印だ。殺されるのかなー。ひき肉にされるのかなー。恐いよー。死にたくないよー」

それを聞いてケンイチは笑いながらシュンタロウの背中をたたいた。

「大丈夫だって、殺されたりなんかしないさ。たぶんシュンタロウはブタに似ているから、動物園にでもいれられてブタみたいにくらすだけだよ。そうだ、それなら今から練習しといたほうがいいかもね。おいシュンタロウ、ブヒーって言ってみな」

シュンタロウはいやがった。

「そんなこと言えないよ。ぼくはブタじゃないよ」

するとケンイチは先生のようにバシッと机をたたいた。びくっとシュンタロウはおびえた。

「うるさい。ぼくにさからうな。ぼくはきっと○印をもらうんだ。○印をもらったら×印のおまえなんか、本当に動物園にやってブタとおなじ小屋にいれてもらうからな。だから今ここでブヒーと言うんだ。そうすればゆるしてやる。さあ」

シュンタロウはうなだれてしまった。まわりには見物の人だかりができていた。みんな○印の男子たちだ。そして、みんなケンイチのいいなりだった。

「早く言え!」

「シュンタロウ、このブタ!」

「早く!早く!」

とみんなはやしたてた。そのはやし声におびえて、ますます小さくなったシュンタロウはほんとうに小さな声で

「ブ、ブヒー」

と言った。それを聞いた回りの子どもたちがいい気になってわいわいとはやし立てた。

「おい、声が小さいぞ」

「聞こえないぞ」

「もっと大きな声で言え」

その声援をうけて大将のケンイチがもっと強く机をたたいた。

「ほら、もっと大きな声でブヒーと言え!」

シュンタロウはとうとう大きな声で

「ブヒー」

と言った。

 そのときだ。

「みんなやめて、シュンタロウ君がかわいそうよ」

と言って、トモカが見物の中心に立っているケンイチの前にわりこんできた。トモカは女子の中では一番に成績が良く、男女あわせてもケンイチのつぎにできる子だった。そしてクラスの女子で一番にかわいい。

「どうしたんだ?トモカ」

とケンイチはいきなり目の前に現れたトモカにたずねた。するとトモカはおこったようにケンイチをせめる。

「いくらなんでもそんなことを言わせたらシュンタロウ君がかわいそうよ。」

するとケンイチはトモカの両肩に手をおいた。

「いいじゃん、トモカもぼくも○印になるんだから、こんな×印のシュンタロウのことなんか気にしなくていいんだよ。シュンタロウは来年には、ぼくたちの知らないところにいるんだから関係ないんだ。それにぼくとトモカは大人になったら結婚するんだろ?シュンタロウをかばったってトモカは×印のこいつとは結婚できないぞ」

トモカは自分の肩の上にあるケンイチの手をふりはらった。

「そうだけど。そうだけど、でもケンイチにはもっと優しい人になってほしいの」

それを聞いてケンイチは照れくさそうに言った。

「ぼくは優しいよ。」

トモカはそれに言い返した。

「どこがよ」

するとケンイチはふざけたように言い放った。

「○印の人間にだけはやさしいんだよ」

そう言うとケンイチはトイレに行くためにドアの方にむかった。○印の男子たちもケンイチのあとについて去っていった。ケンイチがさりぎわにドアの向こうから、こうはきすてた。

「×印のやつはみんな金色のネコを見て死んじゃいな」

それを聞いて思わずトモカはどきりとした。

ケンイチたちが去っていくとシュンタロウは机に顔をうずめて泣き出した。うわーん、うわーんと泣き出した。トモカは泣いているシュンタロウにたずねる。

「どうしたの?くやしいの」

シュンタロウは泣きながら叫んだ。

「くそー、くやしいよ。ぼくはブタじゃないよー」

その声につられて×印がほとんどきまっている成績の悪い子どもたちがもらい泣きをはじめた。トモカはこまってしまった。


 成績も悪い、体育もできない、絵も下手で音楽も下手な×印ちゅうの×印であるシュンタロウは、けれどとても心やさしい少年だった。

 シュンタロウが学校から帰るときに、一匹の小さな白い幼虫が、ゆっくりゆっくりと道路をわたっていた。よく車が通る道なのに、まだ車にひかれずに、一生懸命にゆっくりゆっくり道をわたろうとしていた。シュンタロウはそれを見て、助けてあげなくっちゃと思った。

 ちょうど自動車がむこうから来たから、それにふみつぶされたら大変と、その前にたちふさがった。自動車は急ブレーキでとまった。運転手は

「あぶないじゃないか!このガキっ!」

とどなったけれど、幼虫を助けるためだったらへっちゃらだった。自動車が行ってしまうとシュンタロウは木の葉の上に幼虫をみちびいて、道ばたの木にのせてあげた。

 それでも、シュンタロウに○印はつかないのだ。なぜなら心のやさしさは成績にはつけられないからね。

 シュンタロウはケンイチのおっちょこちょいを助けたこともあった。それは班ごとに町について調べて発表したときのこと。シュンタロウはケンイチと同じ班で、他の三人の班員と町にある畑についても調べていた。町のはずれにあるその畑はサツマイモ畑だった。シュンタロウはそこで幼稚園のときに、そこでサツマイモ植えをやったからそこがサツマイモ畑だと知っていた。でもケンイチは

「じゃあ、このジャガイモ畑について調べようぜ」

と班員に言って学校に帰ろうとした。そこでシュンタロウはぼそりと言った。

「これ、サツマイモ畑だよ」

班のだれもがうたがわしそうにシュンタロウを見た。ケンイチがめんどうくさそうにシュンタロウの顔を見た。

「シュンタロウ、今なんて言った」

それだけでシュンタロウはおっかなびっくりになった。

「え、え、なんでもない」

それでもケンイチはたたみかけてくる。

「いや、シュンタロウはなんか言ったぞ」

「言ってない」

「いいや、絶対言った。そうだよね」

とケンイチは班員にたずねた。班員は「そうだ」「シュンタロウは何か言った」と言いたてた。ケンイチはそれを聞いてうでくみをして命令した。

「はやく、なんて言ったか言えよ」

シュンタロウはうつむきながら、その太っちょな体ににあわない小さな声でつぶやいた。

「それ、サツマイモ畑じゃなくてジャガイモ畑だよ」

それを聞いてケンイチはおこった

「そんなはずないだろ」

「で、でも」

と言ってシュンタロウは畑に入ってサツマイモのくきを一本ひきぬいてみた。そこから出てきたのはまだ小さくて白いサツマイモたちだった。

 ケンイチの班の発表テーマはこうして「サツマイモ畑」になった。サツマイモ農家についてやお店にサツマイモが並ぶまでをよく調べた良い発表になった。先生はほめてくださった。

「さすがケンイチ君の班ですね。よくできています」


 三学期、最後のテストが終わった。やっぱりケンイチがトップでシュンタロウがビリだった。

体育館での六年生を送る卒業式が終わって在校生は帰り、卒業生だけが体育館に残った。さあ、これからおそろしい「○×人間式」が始まるのだ。卒業生のあいだにざわめきがおこった。みんなきんちょうしていた。

ひんやり寒い体育館で卒業生がじっと椅子に座って待っていると、体育館の後ろの入り口がガバッと開いて、背広を着た男の人と、六人のおまわりさんがずんずんと入ってきた。そのうちの一人のおまわりさんは大きな鉄の箱を持っていた。

「あの中に○印か×印が書かれた紙がはいっているんだぜ。お姉ちゃんがそう言ってた」

そんなうわさが卒業生の間に飛び交った。

 背広の男はおまわりさんたちをひきつれてどしんどしんと舞台の上にあがった。校長先生や先生たちが背広の男に礼をした。背広の男は言った。

「みなさん、こんにちは」

おどおどしていた卒業生から返事はなかった。そんな練習はしていなかったからね。先生たちがあわててあいさつをするように卒業生たちに注意した。卒業生たちはあまり気のりしない返事をした。

「こんにちは」

それを聞いて背広の男は笑ってこう言った

「あはは、もうすこし返事がおそかったら全員、×印にするところだったよ」

じょうだんじゃない。児童はいっしゅんでしずまった。それを見て背広の男はにやにや笑った。

「じょうだんだよ。じゃあ、ひとりずつ名前を呼ぶから舞台の上にあがって来て。そして私から○印か×印が書かれた紙を受け取ってくれ」

そう言うと背広の男は一組の出席番号一番から名前を呼び始めた。

 つぎつぎと○印と×印がわかってきた。なぜなら紙をもらった人の顔をみれば、その人が○印か×印かわかるからだ。喜んでいる子もいれば泣いている子もいる。そしてケンイチが呼ばれた。だれもがケンイチは○印だと信じていた。だってケンイチが○印じゃなかったらだれが○印をとれるっているんだろう。

 ケンイチが舞台にあがって背広の男から紙をうけとった。きんちょうのいっしゅん。紙をうけとったケンイチは何度も何度も紙を見かえした。そして背広の男にくってかかった。やがておまわりさんがケンイチをかかえて舞台からひきずりおろした。ケンイチに何があったんだ?先生と子どもたちはざわめいた。すぐに理由がわかった。

 なんと、ケンイチのもらった紙に大きな「×」が黒々と書かれていたのだ。

 ありえない。

 体育館中がおおさわぎになった。ケンイチは頭をかかえこんでおちこんでいた。

「はいはい、きみたちだまってくれ」

と背広の男は言った。卒業生たちは言われたとおりにだまった。そして背広の男は紙をわたすのをつづけた。ひとりケンイチはうなだれてた。

 全員分の紙をくばり終わると背広の男は言った。

「これで終わりです。○印の人はおめでとう。君たちは将来この国をせおってはたらくことになるでしょう。がんばって。そして×印の人は残念でした。まあもう×印はどうでもいいや。言うことはもう何もない」

空気が死んだ。かまわず背広の男は話をつづけた。

「じゃあ、×印の人はここに残って、そして○印の人はすぐに体育館から出るように。先生がたは入り口に立って×印の子がまちがって体育館から出ないようにみはっておいてください」

背広の男が言い終わるか終わらないかのうちに、ひとりの男の子がガタリと椅子をけとばして立ち上がり

「わーっ」

と泣きさけびながら入り口に突進した。おまわりさん二人と先生がその子をおいかけて体育館の入り口の前でとりおさえた。その子は

「はなせ、はなせ」

と泣きさけんでいた。おまわりさんと先生がその子をはがいじめにした。

背広の男が舞台からゆっくりおりてきて、はがいじめにされたその子の前にやってきた。そして背広の男はその子にやさしくたずねた。

「君はこの入り口から外に出たいのか?」

すると男の子はうん、と首をたてに何度もふった。

「そうか、そうか。×印なのに外に出たいのか」

そう言うと背広の男はおまわりさんの一人をよんだ。

「君、この子をねがいどおりに外につれていってくれたまえ」

そう言われたおまわりさんはその子のうでをにぎった。

「いたいよう、いたいよう」

きっと、おまわりさんはきつくにぎったのだろう。その子はひきずられるように入り口を出て校庭の方に出ていった。それを見て何人かの×印の子は希望をもった。

そして数十秒後、体育館にもひびきわたる、かわいた音がした。みんなの顔がハッとひきつった。女の子の一人がおもらしをした。背広の男が舞台にとんとんとのぼり、手を広げて言った。

「まだ×印なのに外に出て行きたいとか言う人はいるか?」

×印の児童たちは首をよこにふりつづけた。


 ×印をもらって落ちこんでいるケンイチのそばにシュンタロウがよってきた。

「ケンイチ君、ぼくとかわろうか?」

ケンイチはシュンタロウをうらめし気に見上げた。

「ふん、おれもシュンタロウと同じ×印だとは思わなかったよ」

シュンタロウは首をよこにふった。

「ちがうよ、ぼく○印だよ」

ケンイチはおどろいたように、シュンタロウが持っていた紙をひったくって見た。たしかにその紙には大きな「○」が黒々と書いてあった。

 ケンイチはほえた。

「なんで、いつもビリでにぶいシュンタロウが○で、この俺が×なんだよっ、ぜったいにおかしいよ」

シュンタロウは言った。

「だからとりかえようよ。ぼくが×印をとるから、ケンイチ君は○印をとっときなよ。○印はぼくになんかふさわしくない。ケンイチ君が持っているべきだよ」

ケンイチはなんだか自分の心がしんみりしたのがわかった。

「ありがとう、シュンタロウ」

はじめて、ケンイチはシュンタロウにありがとう、と言った。しかし、残念なことに、それはケンイチがシュンタロウに言った最後の「ありがとう」になった。

そんな話をしているケンイチとシュンタロウのかたをだれかがたたいた。ふりかえると後ろに立っていたのは背広の男だった。いつのまに。

「さあ、仲良しごっこはそこまでだ。まちがえるなよ。ケンイチは×印、シュンタロウは○印だぞ」

びくびくしながらもシュンタロウは言った。

「でも、ケンイチ君のほうが成績もいいし、○印にふさわしいよ」

ケンイチも言った。

「前にも言いましたけれど、これは何かのまちがいです。ぼくは本当は○印になるべき人間なのです。」

二人が言い終わると背広の男は

「わはははははははははは」

と気持ちいいくらいに大笑いして、ものすごい笑顔でこう言った。

「俺はおまえらの先生じゃないから誰が○印にふさわしくて、だれが×印にふさわしいかなんてことは知らない。でもケンイチが×印で、シュンタロウが○印ってことはもうきまったことなんだ。さあ早くシュンタロウはこの体育館から出て行きなさい。君は君の人生を生きるんだ。さあ」

 シュンタロウは後ろをふりかえりふりかえりしつつ体育館から出て行った。ケンイチはぼおっとシュンタロウを見つめていた。


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