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だから私は帰ります

「おはようございます、ハナ様」

「おはようございます」


 最終日の朝、目が覚めて一番に飛び込んできたのはミリィさんの笑顔だった。

 昨日の夜は頼み込んで私の部屋に泊まってもらって、寝落ちするまでずっとお話をしていたのだ。ぶっちゃけ、朝ちゃんと起きれて安心したよ。

「お召し物は、こちらに来た時のものに致しますか?」

「えーっと、さすがにあの恰好でお城うろつけないので、シンプルなワンピースでお願いします。服は持って帰ります」

 向こうじゃキャミソールにミニスカートはおかしくなくても、こっちじゃさすがに恥ずかしい。ウィルにあの恰好でお別れを言う勇気はない。

 用意してくれた服に着替えて身づくろいをしている間に、ミリィさんは朝食の準備をしてくれた。今日は最後だから一緒に食べてと頼んだので、ミリィさんの分もある。そしてウィルの分もあったりする。

「ウィリアム様ももうお越しですよ。入っていただいてよろしいですか?」

「あ、大丈夫です!」

 最後くらいは、私にとって大切な人達と一緒にご飯食べたかったんだよね。今日ならウィルの予定も無理がきくだろうしってお願いした。

「おはよう」

「おはよー! 座って座って」

 促されたウィルは、ミリィさんに一言断ってから座った。ミリィさんも、ウィルが座ったことを確認してから席に着く。二人の準備ができたところで、私から挨拶だ。

「えーっと、今日で最後となりますが、一ヶ月弱お世話になりました。ミリィさんとウィルがいてくれて、今回も前回も心強かったです! さあ食べよう。いただきます!」

 しんみりしても嫌だし、明るく言って手を合わせる。二人もそれぞれの作法をしてから、朝食に手を付けはじめた。

「帰ったらどうするんだ」

「とりあえず実家に顔だそうかなぁ」

 状況確認をして、職場に電話をするのが先だよね。会話の端々からぼんやりとしたことは伝わっているかもしれないけど、ここにいるのと同じだけの時間が経っているから、四年前は行方不明になっていて二人に話したこともある高校は中退したし、今回も仕事はクビになっているだろうということは告げていない。

 王様やリオン様に告げたことを、二人にも話したほうがいいんだろう。だって、前回も今回も私にとってここでの一番は二人だから。でもだからこそ、言いたくないなっていうちっぽけな意地がある。心配をかけたくないもんね。笑って見送ってほしい。

「ウィルは明日からお仕事大変だろうね。最低限はやってたとしても、けっこう溜まってるでしょ仕事」

「たいしたことはない」

「ミリィさんはお孫さんに会いに行くんですか?」

「ああ、そうですね。会いに行こうかしら」

 朝の儀式までの時間、ゆっくりと食事に時間をかけながら会話に花を咲かせる。花を咲かせるとはいっても、最後だからこその会話の比重が多い。昨日の夜にいっぱいお話をしたミリィさんはともかく、ウィルは微妙に顔が強張っているよ。でもさ、最初に帰った後の話の口火を切ったのはウィルだからね。

「そろそろ時間だ」

 食べ終わって、お茶を飲みはじめたところでウィルが腰を上げた。最後の祈りの儀式だし、張り切っていきましょうか。

 ミリィさんに片づけをお願いしてから、ウィルと一緒に神殿に向かう。この道のりも、あと夕方で見納めかぁ。早く帰りたくてがんばったけど、いざ帰るとなると寂しいもんだね。

「昼は近衛隊のところでいいんだな?」

「うん、みなさんにご挨拶したいし」

 ウィル以外にも護衛してくれた人はいるし、ちゃんと挨拶したい。それに、何度かウィルにねだって練習風景とか見せてもらった時に知り合った人もいるしね。

 ああ、訓練で剣をかまえるウィルかっこよかったな。日本じゃあんな光景みれないし、貴重な経験だったよ。

 そんなわけで、朝の儀式が終わった後は神殿の人達に挨拶回りをして、昼食後に近衛隊の人に挨拶をしに行って、その後は部屋に戻って最終的な帰る準備をしてから再び神殿に向かう、という予定だ。その間、ウィルにはずっと一緒にいてもらう。ミリィさんにも神殿に来てほしかったけど、帰る瞬間を見るのは辛いからと辞退した。気持ちはわかるし、ミリィさんとは部屋でお別れだ。

 寂しいなって思う。ここにはウィルもミリィさんのいるから、今度こそ永遠に会えなくなることが寂しい。でもそれを選んだのは私なんだ。帰りたいから、二人とお別れをする。

「ハナ」

「なぁにウィル」

 今日もウィルは私の手をとる。歩きながら、私もちゃんと握り返す。

「好きだよ」

「うん、ありがとう」




 最後の儀式は、最後だからといって特別なことはなく終わった。むしろ、いつもより短い時間ですんだ。万全の状態で輝きを放つ聖石はきれいで、思わず見とれた。

 その後は予定通り、ウィルと一緒になって神殿の人に挨拶しに行って、昼は近衛隊に行った。あっという間に時間は過ぎて、そろそろ部屋に戻って準備をしなきゃなぁってところで、ウィルに庭のベンチに連れ出される。まぁ、どこかで二人きりになってゆっくり話す場を設けられるだろうなって思ってたから驚かないよ。

 手を繋いだまま並んで座るけど、肩は触れあわない距離。これが今の私とウィル。

「この前、お前の世界に一緒に行けたとしても、俺はこっちにいるって話をしただろ」

「したね」

 ウィルはこっちを見ずに、前を見たままだ。だから私も、ウィルと同じように前を見た。視線の先にはオレンジ色のかわいい花がたくさん咲いている。

「ハナがいない四年間も、同じようなことを考えていたんだ。あれだけ帰ることを望んで帰っていったから、ハナと一緒にいたいならハナの世界に行けたらいいのにって」

 思うだけなら害はないもんね。私だって、むこうで生活しながらも、ここにウィルがいてくれたらって思ったことはある。

「でも、二年間の間に話してくれたハナの世界に生きる自分を想像してみたら、――怖かった」

「怖い?」

 思わずウィルのほうに顔を向ける。でも、ウィルはやっぱり前を見たままでこっちは見ようとしない。今度はそのままウィルの横顔を眺めたまま、次の言葉を待った。

「ハナはよく、自分の世界の話をしながら帰りたいと言っていただろ? 俺にはよくわからない話が多かったが、自分の知る世界とは全く違うことはわかった。だから、怖かった。そこでどうやって生きていけばいいのか、まったくわからなかった」

 そういえば、こちらとあちらでのちょっとした違いを見つけて癇癪をおこしては、はやく家に帰してって泣いてたなぁ。それにいちいち付き合ってたのはウィルだから、私の世界の話を一番知っているのはウィルだ。でも、どんなに話を聞いても、科学技術が発達したあちらのことなんて、うまくイメージできなくても当然だ。そして、そんなわけのわからないところで生活する自分のことを考えたら、そりゃあ怖いに決まっている。

「ハナにここにいてほしいとは思っても、ハナを追って向こうの世界に行きたいとは思えない。俺にとってはこっちの世界のほうが大切だった」

 勝手だよね。でも、私だってそうだ。ウィルと一緒にいれたらと思っても、ここにいたいとは思わない。だから、そっちが私の世界に来ればいいじゃないなんていう八つ当たりもしたことは、初期の一番荒れている時くらいしかなかったはずだ。

「……そう思うなら、どうして好きだって何度も言うの?」

 好きだと、一緒にいたいと何度も言ってくれた。その好意はありがたいしうれしいとも思うけど、引き止めるような意味合いに少し辛く感じもする。「帰るな」とは言わないかわりなんじゃないかなって感じてしまう。

 ウィルが、ゆっくりとこっちに顔を向けた。そして曖昧に笑う。

「最初は、それでも言いたかったからだな。早く帰るために一日三回も祈りに行くとは思わなかったけど、どちらにせよハナは帰るだろうと、好きだと言わないまま見送りたくはなかった。せめてここにハナがいる間はなるべくそばにいたかった」

「最初はってことは、今は違うの?」

 問いかけたら、ウィルは繋いだ手に力を入れた。

「うっとうしがるなりして、ハナが泣くなり怒るなりすればいいと思ったんだ」

「え?」

「引き止めるようなことを何度も言われ続けたら、ハナだって困るしあんまりいい気分はしないだろ?」

 そりゃあ好意はうれしいけど困ったよ。拒絶しか返せないから、辛い気持ちもあった。でも、泣いたり怒ったりするようなことじゃない。……昔の私なら、怒っていたかもしれないけど。

「私だって成長してるし、好きって言ってくれるウィルに癇癪なんておこさないよ」

 やっぱりウィルにとっては、今の私より昔の私の印象が強いんだろう。四年の間に美化もされているかもしれないな。

「確かにハナは成長したというか、前みたいに泣きも怒りもせずに早く帰るためにがんばっている。でも、そうやってがんばってるからこそ、泣いたり怒ったりしても儀式に影響は出ないんじゃないか?」

「……どういう意味?」

「我慢せずに、泣くなり怒るなりしろってことだ」

 ぶわっと体の中で感情が膨れ上がるのがわかった。

 なんでウィルはそんなことを言うの? 泣いたり怒ったりしたら、帰れる日が前みたいに遠くなる。一日でも早く帰りたいからこそ、そんなことしてられない。

「ウィルは昔の私と重ねすぎだよ。別にそんなことしなくても大丈夫だから、心配しないで」

 ウィルはただ昔の私を覚えているから、泣きも怒りもしない私を心配しているんだ。好きだと言ってくれるのも、今の私を見てじゃなくて、やっぱり昔と重ねて守らなきゃって思うからなのかな。

 膨れ上がったものを無理やり抑え込んで笑顔を浮かべたら、「ならいいけど」とウィルが小さく息を吐いた。

「最後にもうひとつ聞きたいんだけど、いいか?」

 最後、ね。たぶんちゃんと二人で話ができるまとまった時間があるのは、これが最後なんだろう。

「ハナは前も今も、俺のことをどう思っているんだ?」

「どうって、恩人で大切な人」

「それだけか?」

 ウィルが聞きたいことはわかる。恋愛対象としてどう見ているかってことなんだろう。前も今も、私はそういう意味での好意は口にしていない。そもそも私は、ウィルに対する想いを恋だとは認めたくなかった。

 第一ウィルだって、ついさっき言ったじゃないか。私に好きだと言うのは、泣いたり怒らせたりするためだって。つまり、今の私というよりは昔の私を重ねたうえでの好意だ。それが悪いとは言わないけど、少し寂しい。

「それだけだよ」

 大切だとは思ってもイコール恋ってわけじゃない。――そう、思っていたい。

 だって私は帰るから。この想いが恋だとしても、帰るから。二度目の召喚されちゃったけど、王様とリオン様にはしっかりと釘をさしたし、今度こそこんなことは起こらないはずだ。なら、私がウィルと会うのはこれっきり。

 なら、恋なんてしたくなかった。恋なんて認めたくなかった。私はウィルみたいに、お別れが待っている相手に好きだなんて言いたくない。だって意味ないじゃない。これからを一緒に過ごすことができない人を好きになっても、悲しいだけじゃない。

「ウィルは私を好きだと言ってくれるけど、それよりも自分の世界のほうを選ぶんでしょう?」

「ああ」

「それでもウィルは好きだと言ってくれるけど、私は選ばない世界の人に恋をしたいとは思わない。大切でも、それは恋じゃない」

 はっきりと告げる。ウィルはお別れが目の前にあっても好きだから好きだと言いたいみたいだけど、私はそもそも好きにならない。恋とは認めない。どちらが正しいというわけじゃなくて、考え方が違うんだよね。

「――わかった」

 苦く笑いながらウィルは頷いて、立ち上がるように仕草で示した。そして繋いでいた手を一度放して、改めて握手するように握りなおす。

「ハナは向こうで幸せになってくれ」

「うん、ウィルもここで幸せになってね」

 それは一度目のお別れと似ている言葉だった。あの時は私が、向こうで幸せになるからウィルもここで幸せになってと言ったけど、今回はウィルから言ってくれた。

「じゃあ、ミリィのところに行こうか」

 最後の準備をするためにと部屋に戻ろうと促され、私は歩き出す。

 その時にはもう握手していた手は離れ、改めて手を繋ぐこともないまま、いくつかのお別れをすませて私はあっさりと帰還した。

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