月日はあっという間に流れます
こちらに再度召喚されてから、三週間が経った。
月日って、本当にあっという間に流れていくよね。前回、どれほどの時間を無駄にしていたか改めて実感する。
お役目も順調だ。朝だけでいいと言われていた祈りも、早く帰りたいからと朝と昼と夕方の三回やってるよ。
手順は単純。身を清めてから、水晶の前で祈るだけ。一度の祈りの時間はそんなに長くない。焦って長時間祈りを捧げるよりも、休憩を挟んで回数を分けたほうが効率がいいことは、前回学習済だ。
「あと一週間もすれば、儀式は完了するでしょう」
夕方の祈りを終えて聖石の間を出たところで、神官長のリオン様がそう言ってくれた。あと一週間か。最短で一ヶ月と聞いていたけど、さらに早く帰れるならそれに越したことはない。
「帰還の準備も進めておきます」
「よろしくお願いします!」
穏やかに会話をしていたら、思いっきり背中に視線が刺さる気配がするけど今は無視だ。私の後ろを見たリオン様も苦笑しているじゃないか。
でも私の事情を全て知っているリオン様だから、たとえここに残ってほしいと願う人がいようとも、私が望む限り準備が整えばすぐにでも帰還の儀を行ってくれるだろう。
そう、リオン様と王様には全てを話した。ミリィさんにも、ウィルにも曖昧にしか話していないことを全部。だって王様と神官長だもの。召喚の儀式を執り行う責任者はこの二人だろうし、知っていてもらわなければならなかった。『二度目』だからこそ、帰還した後の巫女がどうなるか伝えることができる。
「少しでも早く、あなたの心が安らぎますように」
その言葉の重さを、ウィルは知らなくていい。
「……こんなにすぐに帰るのか?」
神殿を出たら、後ろに控えていたウィルが声をかけてきた。まぁリオン様と話している時から言いたいことはビシビシ伝わってきたけどね。
「帰るよ。少しでも早く帰るために、がんばってるんだし」
立ち止まって、振り返る。そしたら切なげな表情をしたウィルと目があった。
「俺はハナが好きだ」
「うん、知ってる」
どうしてこんなに好きでいてくれるかわからないけど、ウィルは一貫して私に好きだと言い続けてくれる。すでに再プロポーズもされた。もちろん断ったよ。だって私はもうすぐ帰る。
この三週間、ウィルは多くの時間を私に割いてるんだよね。朝は副隊長の仕事があっていないことが多いけど、昼から、遅くとも夕方には私の護衛についてくれる。
ウィルが無理な時は、必ず既婚者の隊員が担当になるのがちょっと笑えた。その人達も、「うちの副隊長心配性なんですよ」って笑ってたもんなぁ。私が未婚男性に惚れるのを心配しているのか、未婚男性が私に惚れるのを心配しているのか知らないけど、この世界で私にとってウィル以上の異性はいないし、ウィル以外にそこまで私のことを気にする異性なんていないと思うんだけど。
「向こうに好きな男はいないんだろう?」
「まぁ今はそうだけど」
正直に結婚もしてないし恋人もいないし好きな人もいないって言っちゃったけど、嘘をついたほうがよかったかな。
「好きな人がいるからとか関係ないよ。私の世界はあっちだし、そこでの生活があるの」
なにより、もう二度と家族を裏切れない。定期連絡という約束を、絶対に違えたくない。
「……今はもう、ここが嫌いなわけじゃないよ。やっぱり二年間ここで生活したんだし、愛着はある。ウィルのことだって大切。でも私の世界はあっちなの」
今回の召喚理由はあり得ないけど、悔しいことにまた来れてうれしいという気持ちがある。ウィルやミリィさんに会いたかった。向こうでも、時折夢に見た。だから、これは私のそんな想いだって影響したのかもしれない。馬鹿げた妄想だけど、そう感じるくらいには寂しかった。
でもそんな自分が憎らしい。目の前に自分がいたら「あんた最低!」とその頬を叩いていただろう。家族をあれほど苦しめたくせにこの世界が恋しいと思うなんて、どれだけ酷いな娘なんだろう。
だから早く帰らなきゃ。今回こそは、少しでも早く帰らなきゃ。なら、自分の中にある苛立ちや悔しさは邪魔。逃げたっていいことはない。だから目標に向かって一直線に進めばいい。それが、前回の教訓だ。
だって前回は二年だ。二年も家に帰れなかった。最初から我慢してお役目を果たしていたら、あれだけ長く家族に心配をかけなかった。今回はそんなことしない。少しでも早く帰る。第一、今は社会人だよ。会社に迷惑をかけるのは一日でも少ないほうがいい。
「ごめんねウィル。あなたの手を取ることは絶対にない」
だからキッパリと告げるけど、三十手前の男の人が泣きそうな顔を見るのは胸が痛い。というか、この三週間でウィルのこんな顔を何度見ただろう。
二人の時は、こんな会話ばかりだな。好意をぶつけてくれるウィルと、それを拒絶する私。もちろん日常的な会話もするけど、二日に一回は平行線のやり取りが続いてる気がする。
前回は感情を爆発させることが多かったから、ウィルと衝突ばかりしていた。かなり酷いことをたくさん言ったし、逃げ回ったり暴れたりしてたもんなぁ。それに真正面から反応して、怒鳴ったり捕獲したりしてた。優しかったけど優しくなかった。荒っぽかった。でも、腫れ物に触る対応より、ちゃんと衝突してくれるウィルに安心したな。
今はさすがに、前回みたいな衝突はない。私は錯乱してないし、成長もした。ウィルだって真面目にお役目を果たす私に怒鳴る必要がない。ただ、直球告白は悪化したなぁ。四年だよ、四年。あの頃は、いつもそばにいる手のかかる私に絆されたとしても、四年も経てば思い出になると思ったんだけどね。
まぁ、私だって人のことは言えない。四年間必死に生きていたから恋愛なんてする余裕がなかったってのは事実だけど、ウィル以上に私の心を動かす人がそうそういるわけないもんなぁ。
二年間ウィルがいつもそばにいた。正面から受け止めてくれていた。心が傾かないわけがない。深く深く、私の中にウィルの存在が刻み込まれている。だけど、その想いに恋という名前はつけたくない。
だって私は向こうの世界を選ぶ。それは譲れない。だからウィルの手をとることはない。ウィルと生きる道よりも、向こうの世界のほうが大事なんだ。
「ウィルだって、もし私の世界に一緒に来ることができたとしても、この世界から離れはしないでしょう?」
「……。………ああ」
少しの逡巡はしてくれたけど、やっぱり肯定される。それはそうだ。ウィルだって、ここでの生活が大切だ。副隊長になるために努力してきたのだろう。いくら私のことが好きでも、一緒にいたいと思ってくれても、ここを捨ててまでは選んでくれない。わかっている。それは私も同じ。
だからなのかな。好きだと、ここにいてくれとは何度も言ってくるくせに、「帰るな」とは一度も言ってこない。それは、「俺がそっちに行く」とは絶対に言えないことを知っているからなのかもね。
ウィルは無言で私の手を取って、歩きはじめる。
そういえば今回は手以外は一度も触れられてないな。前回は暴れたり逃げたりしていたから、抱え込まれたり担がれたり羽交い絞めにされたりいろいろされたけど、おとなしく真面目にお役目を果たす私にはそんなことする必要がないもんね。
それでいい。それがいい。ウィルに会えて、顔を見て話ができて、そして手の温もりを感じるだけで、私はうれしいから。それ以上は、いらない。