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ミリィさんと再会しました

「ミリィさん!」

「ハナ様!」


 手を取り合って涙を浮かべた私達の様子は、誰がどう見たって感動的な再会シーンだ。

 扉の前に控えたウィルが、相変わらずじーっと見てくるよ。まぁウィルの時はこんな感動的なもんじゃなかったもんね。でも最初に上着投げつけたのはウィルだから。さっきウィリアム様とか言っちゃったのは悪かったけど。

 ああ、それにしてもミリィさん。彼女にまた会える日がくるなんて思いもしなかった。私がここから元の世界に戻る時、彼女と永遠にお別れをしなければいけないことは寂しかったもんなぁ。

「再びお会いすることができる日がくるだなんて、夢でも見ているかのようです」

 綺麗な青が潤んで私を映す。少し皺が深くなった目元が、四年の歳月を感じさせた。

「夢であってほしいような召喚理由だけど、ミリィさんにもう一度会えたことは本当にうれしいです」

 召喚にはいろいろ思うところはあるけれど、今回は二回目だ。帰る方法もわかっている。期間だって短い。その間に向こうで失うものは多いけれど、ミリィさんと会えたことはうれしい。

「ミリィさんの淹れたお茶を久しぶりに飲みたいです」

 目を丸くしたミリィさんは、ひとつ瞬きをしたら苦笑した。

「お茶とお菓子を用意しておりますので、どうぞお席へ。ハナ様がお好きだったソルシュのお茶と豆の甘煮です」

「覚えていてくれたんですね。ミリィさん、ありがとうございます」

 ちなみにソルシュのお茶は緑茶のようなもので、豆の甘煮はその名の通り豆を甘く煮たものだ。つぶせばあんこになるアレっぽいものだ。

 帰りたいと泣いて、食べることも嫌がった私を懸命にあやしていたミリィさんが、私の故郷に似たものを探してきてくれたんだよね。別に和菓子系等が特別に好きというわけではないけど、私の母があんこ好きでよく豆を煮ておやつに出してくれていたから、懐かしさが半端無くて泣きながら食べたなぁ。それがミリィさんに心を開いたきっかけでもあるし、思い出深い逸品だ。

 チクリと胸を刺したものを無視して、私はミリィさんに進められるままに椅子に座る。侍女のミリィさんが同じテーブルにつくことはないけれど、傍で給仕しながら私の話に付き合ってくれることがうれしい。

 ウィルも扉の前とはいえ、姿も見えるし声も届く場所だしね。二人と同じ空間にいれるなんて、本当に夢のよう。

 振り返れば最初の頃、私は侍女という侍女を遠ざけていた。着替えを手伝ってもらうなんてありえなかったし、湯あみの手伝いなんてもってのほかだ。食事を持ってきてもらったり、掃除や洗濯をお願いはしたけど、それ以上関わってほしくなかった。情緒不安定で周囲に当たり散らして暴れる小娘を、彼女達が困惑や怯えや面倒臭さから距離をとるのは当然だ。

 そこで呼ばれたのがミリィさんだった。

 彼女とは親と子ほどの歳の差だけど、結婚するまでは今の王様の侍女をしていた人だ。夫と死別して息子が家を継いでのんびりとしていたところに、私という問題児のお世話をしてほしいと依頼がきたらしい。

 そしてやってきたミリィさんは、私に根気強く話しかけてくれた。それまで私は一方的に怒りや悲しさをぶちまけるだけだったし、周囲も負い目があるから言われるがままだった。でもミリィさんは、受け止めたうえで私の気持ちに寄り添ってくれた。

 ウィルが真正面から衝突してやりあって私の苛立ちを受け止めてくれて、ミリィさんは優しく寄り添って私の心をほぐしてくれた。本当に、二人がいてくれたことに感謝してる。

「ハナ様はあちらで、今はどうお過ごしなんですか?」

 帰ってからのどう過ごしたとか聞かれたの、そういえばこれが最初かも。王様は見た目とかそういうほうに関心いってたし、ウィルは直球告白とかしてきただけだもんな。ミリィさんの問いかけは当たり前のことなんだけど、ちょっとだけ痛い。

「今は家を出て一人暮らしなんです。仕事にも慣れてきました」

「家を?」

 ミリィさんが驚いた顔をする。まぁそりゃそうだよね。以前の私は、家に帰りたいと散々泣いていたんだから。結婚したならともかく、一人暮らしっていうのは意外だったんだろうな。チラッとウィルを見れば、こっちも驚いた顔をしている。

「……家を出たのは、前回の召喚と関係があるのですか?」

 察しがいいなぁ。

 だってさ、私の世界であれから四年経っていて、こっちでも同じ四年が経っている。それってつまり、同じ時間の流れ方がしてるってことだ。私がこっちにいた二年間、あっちでもしっかり二年が経ってたんだよねぇ信じられない。その間、当然私は行方不明。その意味わかる?

 しかもさぁ、召喚されて巫女やってましたなんて言えないじゃん。悩んだ末に、唐突に自分探しの旅がしたくなったので家出しましたっていう馬鹿げた言い訳しか思いつかなかった。家族がふざけるなって怒るのは当然じゃないか。

 無事でよかったと泣いてくれたけど、生まれた溝は深かった。居心地が悪くて、結局家を出ちゃったんだよね。今度はちゃんと住んでいる場所の報告と、定期的な連絡はするようにっていう約束はしたけど。

 三ヶ月もこっちにいたら、定期連絡に間に合わないな。本気で最短帰還しなきゃ。今働いているところでは無断欠勤から行方不明扱いになるし迷惑をかけてしまうけど、せめて家族への定期連絡は守りたい。

 せっかく正社員として採用してくれた会社を、こういう形で迷惑かけて辞めざるを得なくなるのは悲しいな。帰ったら、とりあえず謝りに行こう。クビになった後、次の仕事見つかるんだろうか。憂鬱。

「というか、私の国じゃ仕事をはじめたら男女関係なく家を出て自立する人も多いんですよ」

 曖昧に誤魔化したけど、嘘はついてない。そのまま家にいる人だってたくさんいるけど、地元以外に就職したら必然的に家を出るし、地元でもせっかくだからと就職を機に家を出ることはある。私の場合は少し事情は違うにしても、結果的には他県で仕事をしているから間違ってはいない。

「お前、あれだけ家に帰りたいって泣いていただろ」

 話を聞いていたウィルも口を挟んできた。そりゃ気になるよね。帰りたいからってプロポーズ断ったんだし。

 でも私は、ミリィさんとウィルに全部を伝えるつもりはなかった。ここにいる間行方不明になる私の日常や未来がどれほど理不尽に踏みにじられて、家族や周囲に心配と迷惑をかけまくっているかなんて、この二人には知られたくない。私はあっちで幸せなんだとだけ知っていてほしいじゃない。

「家族にはいつでも会いに行けるよ。姉も結婚して家を出たし、就職や進学で家を出るか結婚で家を出るかの違いってだけ」

 そうそう、去年姉さんが結婚したんだよね。一度行方不明になった私の所在地もわかっていて、仕事もちゃんとしていると確認できて、定期連絡も守っている。ならもう安心して家を出れると判断して、結婚に踏み切ったらしい。姉さんが両親を支えてくれたから、私はまた家族と関係を築きなおせているんだろうし、とても感謝している。

 ……なのにさっそく再び行方不明になって、一ヶ月くらい仕事を無断欠勤することになろうとは。本当に申し訳ない。

「お前は」

「え?」

「お前は旦那とか、恋人とかいるのか」

「……」

 睨むように聞かれちゃった。ミリィさんはほのかに苦笑したけど、口は挟まないとばかりに目を閉じていた。助けておくれよミリィさん。

「いないけど」

「けど? 好きな奴はいるってか」

「将来的にはいる予定」

 どうせ今は好きな人すらいませんよ。この四年、必死だったもん。家族のことや仕事のことのほうが大事だったんだから、恋とかそんな余裕なかった。でも、そのうち誰かを好きになって付き合って結婚したいなって夢はあるよ! まぁでも、仕事はクビになるだろうから、また必死な日々が続くことになるけどね。それでも私は将来的にはいい旦那ゲットしますとも!

「何度も言うけど、私は最短で帰るから」

 気にしてくれるのはありがたいけど、帰る私に執着なんてせずに、さっさと別の幸せを探しに行ってほしいな。出会いなんて簡単にあるとは言えないけど、なんとなく良いなって思った人を恋愛対象に見るっていう気の持ちようは大事だよ。

 ……正直に言うなら、今回ウィルの隣に誰もいなくてよかったと安堵する気持ちはあるんだけどね。自分勝手で嫌になる。

「向こうで好きな人つくって恋人になって結婚するから!」

 ものすごく嫌そうな顔をされたけど、ウィルはそれ以上は口を挟まなかった。

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