さっそく告白されました
たぶん私の部屋に向かって進んでいるのだろうけど、ウィルが無言で先導するから沈黙が居心地悪い。上着を投げつけられた時に怒鳴られたけど、ちゃんとした再会の挨拶はまだだったし、ここは挨拶だよね。
「お久しぶりです。ウィリアム様」
言った途端、ウィルが立ち止まった。危なかった。急に立ち止まったから背中にぶつかりかけたよ。一体どうしたんだろうと頭一つ分高いウィルを見上げたら、嫌そうな顔で見下された。なんでだ。挨拶をしたのにその顔はひどいよ。
「……ウィルでいい」
「え、そう? えーっと、久しぶりウィル」
敬語と様付けが嫌だったらしい。前回は私も錯乱してたから、護衛として頻繁に近くにいたウィルに対しては敬語が消えるのも愛称で呼ぶようになるのも早かった。むしろ酷いことをいっぱい怒鳴り散らした思い出がある。恥ずかしい。
そんな私が他人行儀に喋るのが気持ち悪かったのかな。その証拠に、砕けた調子で言い直したらちょっとだけ笑ってくれた。
「久しぶりだな。ハナにまた会えてよかった」
滲んだ甘さは懐かしさだよね。そうだよね。そうであってほしい。
しばらく立ち止まって見つめ合ってしまったけど、ハッと我に返った私は「部屋は前回と一緒の場所?」と言いながら歩くのを再開した。そしたらもちろんウィルも歩きはじめて案内してくれる。
「部屋は同じ場所だ。ミリィがお前付きになるから、必要な物があれば彼女に頼むといい」
「ミリィさんが!」
思わず声を上げた。だってミリィさんだよ! 前回も私付きの侍女になってくれたんだけど、心細くてわがままな私に根気よく寄り添ってくれた、こっちの世界では姉のようで母のような存在だ。お世話をしてくれようとする人に八つ当たりして遠ざけまくっていたから、彼女とウィルがいなければ、いくら私が巫女という立場であっても周囲に疎まれていたに違いない。
「俺がまた護衛だって言われた時と、反応がえらく違うな」
ジト目で睨まれたけど気にしない。ウィルだって理由はわかってるはずじゃないか。ミリィさんのことは素直に喜べるけど、ウィルの場合はいろいろ気まずい部分もあるわけだし。
「それと護衛の当番制ってなんだ」
ああ、やっぱりそこ気にしてるよね。ウィルも忙しいのだろうし、当番制に前向きになってくれてもいいのに。
「別にウィルじゃなくてもいいじゃない。副隊長になったんなら忙しいでしょ」
「問題ない。俺がやる」
即効で拒否された。でもめげない。
「もう逃げたり泣いたりしないから心配しなくていいよ?」
前回ウィルは本当に苦労していたと思う。そして、心配だってしてくれていた。だからこそ私の面倒は自分が見なければという使命感があるのかもしれない。でも二回目だし、あの時のような醜態は晒さない。
「……迷惑か?」
またウィルは立ち止まった。歩きながら話すには向かない話題だったか。そりゃそうだよね。ってか傷ついたような目で見下さないでほしい。いくらウィルが栗色の髪と目の平凡顔だとしても、そういう目で見られると動揺しちゃうじゃないか。
「迷惑というか、ちょっと気まずい」
ここは正直に言ってみる。
そう、ウィルがずっと護衛としてそばにいるのは気まずいんだ。せっかくここにいるのに全く会えないのは嫌だけど、前回みたいにほぼ毎日ウィルと顔を合わせる状況っていうのも気まずくて嫌だ。
「オレの気持ちはあの時と変わっていない。だから、傍にいさせてくれ」
体ごと向き直って、真正面から切なげに懇願された。相変わらず直球だね! でも「変わってない」って言われるとは思わなかったよ。
だって四年経ってるし、人の気持ちが変わるには十分な時間が過ぎてるから。そもそもなんであれだけ迷惑かけた私のことをそんなに想ってくれてるのか謎だ。
「――ウィルって三十歳くらいになったんじゃないの?」
「今年で二十九だな。それが?」
あ、三十歳と二十九歳の差はでかいよね。間違ってごめんなさい。
「三男坊とはいえ、貴族だったよね?」
「ああ、そうだな」
「だったらもう結婚しててもおかしくない年でしょ?」
私が言いたいことがわかったのか、ウィルが苦笑した。そしてありがたくない誠実な言葉をくれた。
「結婚はしてない。この四年間、恋人も婚約者もいなかった。ハナのことを忘れるなんてできなかったから」
うれしくない。うれしいだなんて、思わない。だって私はウィルを振った。ちゃんと振った。告白どころかプロポーズまでされたけど、全部しっかり断った。
お別れの言葉は、「私は自分の世界に帰って幸せになるから、ウィルもここで幸せになってね。かわいい奥さん見つけてね」ってニュアンスのことだった。悲壮感なんて漂わせず、晴れやかな笑顔で言ったはずだ。それに対して、年上の男のくせに泣きそうに顔を歪めて、でも、だけど、無理やり笑ってくれて「ああ、幸せに」って言ってくれたじゃないか。なのに、どうして忘れるなんてできなかったなんて言うんだろう。幸せを掴みに歩き出してくれなかったんだろう。
「……私は今回も帰るよ。なるべく最短で」
こみ上げたものを抑えこんで、目を見てハッキリと告げる。聞きたくないとばかりに揺らいだ瞳を、逃さない。
「ウィルに恋なんてしない。私の世界はここじゃない。私は私の世界で幸せを掴んで生きるの」
苦しげに歪んだ表情に、胸が痛む。こんな顔をさせたいわけじゃないんだよ。たくさんの迷惑をかけた私を投げ出さず、そばに居てくれた人だ。どうして恋愛感情を抱かれたのかは謎だし、それを受け入れることはできないけれど、幸せになってほしいと、笑っていてほしいと願う大切な人であることに違いはない。
私がこの世界で得たかけがえのない人は、きっとウィルとミリィさんなんだろう。だからこそ、私に恋なんてしないでほしい。だってこの世界で生きるつもりはないんだから。
「わかっている。――だけどお前はここにいる。俺にとっては、ハナはもう世界の一部だ」
淡い微笑み。悲しくて、優しい微笑み。泣きたくなるからやめてほしい。泣きたくないからやめてほしい。
私の世界は向こうにあるけど、ここに存在する時点で確かにこの世界の一部になっていることを自覚させないで。
ここは私の世界じゃない。
だから、帰るんだ。
呆れるほど繰り返した言葉を、改めて胸の中で呟いた。呟いたら、揺らいだ心がスッと静まる。
「ありがとうウィル。私っていう存在を認めてくれるのはとってもうれしいよ。短い間だけど、今回もよろしくね」
にっこりと笑顔を向けた。笑顔で、線を引いた。
「ただ、当番制とまでは言わなくても、ウィルも責任ある立場ならそっちに支障がないようにしてね。基本的にはウィルでも忙しい時は他の人を寄越して。私は、大丈夫だから」
ウィルの口からこぼれたため息に、ホッとする。線を引いたことをわかってくれたんだろう。真正面からこっちに踏み込んでくることがなくなれば、さらにありがたい。
「確かに俺にしかできない仕事も多い。忙しい時は無理せずに、ちゃんと他に任せるから安心しろ」
今はそれで十分だ。当番制は捨てがたいけど、とりあえずウィルが副隊長としての仕事をちゃんとしてくれるなら問題ない。あの頃は私に付きっきりで訓練の時間すら確保しにくかったみたいなんだよね。
それに気がついたのはウィルのお世話になって一年以上すぎてからだ。遅いよなぁ。気がついてからは、ウィルが安心して訓練や他の仕事をしたり仲間との付き合いができるよう、泣いたり暴れたりせずに私の世話にかまわなくてもすむ時間を増やす努力をしていた。努力をしないとウィルに迷惑をかけてばかりだったってのが恥ずかしいけどね。
だからこそ、今回は最低限の迷惑しかかけたくない。護衛の件は仕方がないにしても、手間を掛けないようにしたい。――もっとも、早く帰りたくて真面目にお役目果たすから、迷惑をかけてる暇がないと思う。
「それはそうと」
ガラッと声の調子が変わった。表情だって、ガラッと変わった。たぶんアレだ、さっきの私のにっこりと同じような種類の笑顔だ。
なんだいきなり。思わず身体を後ろに引いちゃったじゃないか。
「あの格好がハナの世界じゃ普通なんだって?」
それか! そうだよね、ウィルもあの部屋の中にいたもんね。私のことガン見してたし、しっかり聞いてるよね。
王様は蒸し暑さに興味が惹かれたみたいだけど、ウィルはやっぱそっちか。好きな女があんな露出した格好を普通に晒しているとなれば、そりゃあおもしろくないか。笑顔が怖いです。
「文化の違いに口出しするのは理不尽だよ!」
「するな、とは言わない。だけどあれだけ短いスカート履くなら動きに気をつけろ。見えてたぞ」
なにがとは聞かない。いつとも聞かない。思い返せば、私は壇上にいたんだ。ちょっとした動きで見えてもおかしくはない。普段なら気を配るけど、あの時はそれなりに動揺していたし全くスカートには意識を向けてなかった。
ここで「見せパンってのもあってね」と力説するのはバカだろう。そもそも別に見せパン履いてるわけじゃないし。
「でも、こっちでああいう格好は本気でやめろよ。俺の理性ぶっ飛んでも知らないからな」
「こっちではこっちの服装に合わせるから大丈夫!」
力強く答えた。頭からあっちの服装を否定せずにいてくれたことがうれしかったし、ウィルの理性がぶっ飛ぶのは嫌だし、少なくともここでは露出少ないドレスを着るよ。郷に入れば郷に従えって言うしね。
とりあえずウィルはそれで満足してくれたから、「さぁいい加減に部屋に行こうよ!」と、止まっていた足を動かした。