運命
それは、雨が降りしきる夜の事でした。
ザーザーと雨音が鳴り響く中の事でした。
とある小国のお姫様だったルカフェルテシエ姫は、木陰に腰掛け雨宿りする一人の青年に出会いました。
「どうしてこんな所で雨宿りをしているのですか?」
美しいお姫様の言葉に、青年は酷く辛そうに答えました。
「突然光が私を包み込み、気がついたら知らない国にいたのです。知人もおらず、私は寝泊まりする所も食べる物もありません」
まあ大変とお姫様は嘆き、青年を馬車の中へ入れました。
「私はルカフェルテシエ姫。あなたの住んでいた国を一緒に探しましょう」
青年はお姫様の優しさに心打たれました。
◇
それはゲルデゲルデ山脈を豪雨の中、それも夜に行軍していた時だった。
一歩進むごとに兵は疲労に嘆き、十歩進むごとに過度の疲労から痛みを覚える、そんな過酷な行軍だった。
「はぁ……はぁ……っ!」
馬上からその行軍を眺め、悲痛そうに顔を歪める者の姿があった。
本来数々の金銀財宝ですら霞むと言われた美しいプラチナブロンドの髪は泥に汚れ、白亜の鎧は肩当てなど所々が欠損しみすぼらしい。
それでもなお海のような深い蒼色の瞳は意志に燃え、行軍中の兵士達を見ていた。
もう限界だ。
馬上から兵士達を見下ろした女はそう思った。
素人でもわかる。
敵軍に追われ休まる暇なく撤退に撤退を重ねていて兵士達は皆疲労し、追われ続けているからか指揮も極限まで下がっていた。
今彼ら兵士達を支えているのは馬上の彼女への忠誠心のみ。
プラチナブロンドの女は彼らの忠誠心に応える事のできない自分に苛立ちを覚えるのだった。
「姫っ!」
「リオンか……どうしたのだ」
腹心の部下の青年が駆け寄ってくると、プラチナブロンドの女は姿勢を低くしてリオンと言う青年の言葉に傾注した。
「この先に洞窟がございます。そこに一時陣を敷き、兵の疲労を癒やしてはどうかと」
「洞窟か……よかろう。案内せい。到着しだい陣を敷きテントを張れ」
「ははっ」
青年は跪くと近くに置いていた馬にまだがり進み出す。
「もう少しの辛抱だ! 我が兵達よ、あともう少しの辛抱だ! もう少し先で陣を張り、そこを一時の陣とする! あと少しで休めるぞ!!」
プラチナブロンドの女が馬上から叫ぶと兵士達は腕を振り上げ小さく歓声を浴びた。
「……ようやく、一休み、か」
彼女もまた酷く疲労していた。兵士達の手前弱音を吐くことは許されておらず隠していたのだ。
小さくため息をついた彼女は手綱を握り治し馬を歩かせる。
その時だった。
バシャ、バチャ。
「!?」
雨でぬかるんだ道を踏む音がしてそちらに眼を向けると、彼女はそこに幽鬼を見た。
いや、人間だった。しかし幽鬼と見間違えてもおかしくないほどの暗く陰鬱とした雰囲気を醸し出していたのだ。
「……貴様、何者だ」
馬上で腰に下げた剣を抜き、その切っ先を幽鬼のような人間に向ける。
「う……あぁ」
幽鬼のような人間はうめき声を上げ、少しずつ彼女へ向け歩き出す。
「姫様っ!」
「何者だ貴様!」
プラチナブロンドの女の前に数人の兵が立ち塞がる。
彼女の異変に気づき駆け付けたのだ。
「あぁ……っ」
だが幽鬼のような人間は兵達を無視するかのようにその場に前のめりに倒れ込んだ。
「し、死んだのか?」
「……一体何なんだこいつは」
本当に幽鬼なのではないか? と狼狽える兵達を見て姫と呼ばれたプラチナブロンドの女が愛馬から降り、倒れ込んだ幽鬼へ歩く。
「姫!?」
「恐れるな。唯の人だ……」
そう言って、プラチナブロンドの女は幽鬼の人間を仰向きにさせ、その顔を覗き込んだ。
「……まだ生きている」
プラチナブロンドの女が覗き込んだ幽鬼は男で、まだ少年とも言える幼さを持っていた。
どんな物語でも誇張は存在する。
ロマンチックな物語が、その真実はこんな面白味もない出会いだったりする事もある。……しかし、このロマンチックとは程遠く、面白味もない出会いが後の世を大きく変える重要な邂逅だった事は言うまでもない。
異世界からの来訪者、そして亡国間近の小国の姫君が時を、世界を越えて出会う時、確かに運命の歯車は回り始めたのだった。
更新はほとんどできないだろうけどとりあえず投稿。






