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死霊王(アンデッドロード)は眠らない  作者: 谺響
ロード、生け贄です!
9/77

意外ですね、魔王様

!王都ジストピア:城壁の鐘楼.上層階


♪遠く離れていても私たちは家族

繋いだその手は海を越えて

頬を伝った涙、どの空より青く

本当は伝えたいことまだあったけれど――



訪れた部屋の開け放たれたドアの向こうから、歌声が流れてきていた。ドアが閉じられていない以上意味はないようなものだが、それでも一応礼儀としてノックする。窓から身を乗り出して歌っていた部屋の住人がこちらを振り返った。


「あら、魔王様?」


「応。もうホームシックか?」


「そんなんじゃないですよー」


サーシャが笑って返す。年相応の、その可愛らしい笑顔に頬が緩む。いや、緩むような頬肉なんてないけどな。



あの後、豹戦士がすぐに棲家も働き口も見付けてきた。できる男はこういう所で気が利く。ルビの件はともかく、何かご褒美の一つも考えてやってもいいかもしれんな。


城内では彼女にできるような仕事など何もなかった。豹戦士も骸骨騎士(スケルトン・ナイト)も他の城の住人もそのほとんどが戦闘職。誤解を恐れずに言えば警備員だ。ごく一般的な村娘(元、がつくが)のサーシャに務まる勤めではない。そして城主の俺を筆頭に死霊(アンデッド)がその大多数を占めるこの城内では給仕の仕事はそう多くはない。死霊(アンデッド)は飲み食いもしなければ、眠りもしない。食事の用意も、ベッドメイキングも必要ないのだ。

仕事が無いうえに、万が一人間の侵入者が彼女を見付けた時にはややこしい話になりかねないということで、豹戦士の進言により彼女は魔王城からは少し離れたところにあるここ王都ジストピアで暮らし始めていた。


「殺風景なもんだな」


部屋と言っても元は倉庫。家具の一つもない。寝床も部屋の隅にわらが敷かれているだけだ。


「豹戦士さんが今度テーブルと椅子くらいは持ってくるって……それは何ですか?」


サーシャの視線が手元の包みに注がれていた。黒く平べったい包みには赤いリボンが十字に結んであった。


「ん?あぁ、就職祝いに、と思ってな」


豹戦士の報告によると、サーシャは街のパン屋で働きだしている。今日はその祝いの品を渡しがてら一度様子を見ておこうと足を運んでいたのだ。サーシャがリボンを解くと包みの中からは真っ白なワンピースが出てきた。おろしたての洋服を広げてサーシャは歓声を上げる。


「うわー、素敵です。ありがとうございます」


そう言ってなんのてらいもなく着ていた服を脱ぎ捨て、その場で着替えだす。この娘、人間は人間でも狂人の類いではなかろうか?いわゆる、露出狂。


「ずっとアレを着てるしかないかなー?って思ってたんですよね。助かりました」


城に連れて来られた時の服は生け贄用の衣装だったらしい。どうりでひんむきやすそうな粗い作りなわけだ。贈ったワンピースも肩のところを前後で結ぶ形で、脱ぎやすく、脱がせやすい代物ではあったが。

よく似合っていたが腰回りが緩かったらしく、包みを結んでいたリボンをベルト代わりに巻くことで落ち着いた。着替え終わると裾をつまみ上げて、くるりと一回りしてみせ、改めて礼を述べた。


「魔族にもこういった物があるんですね。少し意外です」


「そうか?」


実際のところ、知性の高い魔王の治世では魔族の社会も文化的な発展を見せる。綺麗に仕立てた純白のワンピースなど、それほど珍しい物でもない。


「ま、ウチらの文化なんて魔王が代替わりすりゃ廃れるのも早いけどな」


「えーっと、魔王様って、死せる王(アンデッド・ロード)なんですよね?」


「そうだよ。死者たちの王ロード・オブ・アンデッドでも可」


「つまり、元人間?」


……すっかり忘れ去らせていた事実をサーシャは唐突にあっさりと蘇らせた。


「……まぁな」


「道理で…」


サーシャはしきりに一人で納得しているようだった。


「妙に人間っぽい魔王様だなーって思っていました」


「はっ!ンなこと骨になって初めて言われたぜ」


と、笑い飛ばした。


「この体じゃそうそう死ねないからな。どうせ生きるなら面白おかしく暮らせるようにって、これでも骨を折ってんだぜ?」


骨だけに。サーシャがクスリと笑う。


「だからですかね?お城の皆さんも、街の皆さんもとても楽しそうなんですよね。人間の街よりも明るくて活気に溢れていているくらいですよ」


「そりゃ王様冥利だね。ま、お前さんらが能天気に暮らせないのは魔族(ウチら)のせいなんだろうけどな」


ただのジャレ合いを端で見て勝手に恐れをなして生け贄を差し出すくらいだ。(すっかり忘れていたが)元人間の身でもどう対応したものかと悩んでしまう。


「ここの皆さんは魔王様に護られて安心して暮らせてるんですね」


「神様に護られている人間として、サーシャちゃんはこの現状、どうなの?」


「ん~…神様のご加護で九死に一生を得て、新しい生活を始めることが出来た、っていうといい話に聞こえますけど、実際のとこ、全部成り行きですからねぇ~…」


と、苦笑する。


「神様のご加護がなかったから、っていうのはもっと違う気がしますし。どちらにしろ私という人間は神様の意思や力とは全く関係なく生きているんだなぁ~……むしろ、私の為に骨を折って下さっている魔王様や豹戦士さん、育ててくれた家族…私の周りの人達にこそ、感謝しなければならないですよね」


「一部、人じゃないけどな」


俺なんか、人を辞めた身だし。

これ以上はあまり面白くなさそうな話になりそうだったので、早々に撤収する。仕事場のことなんかも聞きたかったけど、まぁいいや。どうせ訊いてもいないのに豹戦士があれこれ話してくれるに決まっている。




!西の荒野


帰り道、荒野の真ん中でふと空を見上げる。いつも通りの黒い空を。サーシャはあの窓からこの空と荒野を眺めて「見晴らしがいい」と大層喜んでいた。その感覚が、分からない。空が青かろうと黒かろうとこの心は動かない。心の中のそういった部分が死んでしまっているのだと思うと胸が痛んだ。いや、ムネなんてない……ないんだが……


こうやって死に損ない(アンデッド)は死んで逝くのだろうか?そんなことを考えていると、遠く離れた地で暮らす一人の幼女のことが思い出された。


「元気にしてるかな、りっちゃん」


今もきっと死に損ね続けているであろう彼女も、長い長い年月の果てには生き飽きて、死を選ぶのだろうか?あまり考えたくはないし、考えても仕方のないことなので、考えるのを止めた。



荒野を吹き抜ける風に、骨の芯まで凍えた。

豹戦士「今日はえらく真面目じゃないですか?」


ロード「…………煩い…」


豹戦士「どうかしたんですか?」


ロード「煩い……」

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