ロード、生け贄です!
「ロード、生け贄です!」
ぶふっ!?
「今時ンなモン寄越すのはどこのどいつだ?!」
豹戦士の報告に思わず噴いてしまったではないか!周囲の他の面々にも動揺が広がる。全くもって、時代錯誤も甚だしい。
「えぇと、西方のトランという村からの貢物です」
「へぇ、あそこってまだあったんだ?」
「先日の大嵐で今まさに存亡の危機みたいですね」
ここ暗黒大陸にも人族が住む地域はいくつかある。しかし日の照らぬ荒野がほとんどを占めるこの大陸では人族が生き抜いていくにはあまりに厳しく、せっかく開拓した村や町も数年で自然に消滅してしまうのが常である。
「なので、生娘を捧げるのでどうか怒りを鎮めて下さい、とかそんな感じです。」
「大嵐は俺のせいじゃないだろ?」
「でも飛び交う竜やら大挙して集う魔物の群れ、それに響き渡る轟音、立ち昇る無数の炎の柱って……これってアレですよね?」
……身に覚えのある話だった。先日のエキシビジョン・マッチがどうやら小さなお隣さんを相当ビビらせていた模様。
「ひとまずこちらに連れて来ますね」
やがて2体の骸骨を伴って豹戦士が戻ってきた。骸骨が担ぐ木の棒には大きな鳥籠の様な鋼鉄の檻が吊るされており、なるほど、その中には両手を麻縄で縛られた少女が納められていた。「出せ」と命じる声に応じて豹戦士がその錠前を外し、扉を開ける。少女がゆっくりと檻を出て、前へと進む。肩と脇を紐で結び合わせただけの簡素な服は丈も短く、だがあまり汚れもなく清楚なものだった。玉座の下で立ち止まると少女は落ち着いた様子で頭を下げた。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
努めて優しく語り掛ける。
「サーシャと申します。取るに足らぬとは存じますがこの身を捧げますので、どうかこれ以上トランの村に災いを降らさぬよう、お願い申し上げます」
そう言ってサーシャは肩の紐を解き抜き取る。必然、支えを失った布切れはすとんと床に落ち、一糸纏わぬ姿となった。正確に言えば糸どころか縄を身に着けているのだが。OVA化の際には腕の置き方とか長くしなやかなその金髪とか、あるいはカメラアングルとかも駆使して頑張って再現して欲しい。一応、このお話は全年齢対象だったはずである。
「ゴメンけどサーシャちゃん、そりゃちょっと無理な話なんだわ」
「私では、お気に召されませんでしたか?」
素で聞き返されたが、お気に召す、召さないとかそーゆー話ではないのだ。そもそもお椀型のそれが年相応の慎ましいサイズだったことが不満だなんて、誰も言っていないのである。
「いや、そうじゃなくって。大嵐とか俺の知ったことじゃないし、ちょいとばかし賑やかだったのはあるかもしれないけど、そもそもお宅らに害を為そうってもんではないんだわ」
説明を理解できないという風に小首を傾げるサーシャ。その顔には不安の影が滲んでいる。
「それに人間の女の子なんて頂いてもどうしようもないんだわ。持て余すだけ」
そんなことないぞ!という悪魔族の熱い視線と、こっちにも需要はあるぞという獣族の荒い鼻息は無視して話を進める。
「なのでどうぞ、お引取り下さい」
「……ですが…」
「…と言っても、村に帰るわけにもいかないか」
貢物が返品されたとあっては村の立場も未来もあるまい。出戻り娘サーシャの立場と未来についてはなおのこと。混乱を深めた村の中で家族もろとも迫害の憂き目に遭うのが容易に想像できた。もっとも、村の未来は放っておいてもそれなりにある(そもそも村民達の勝手な思い込みなんだから)が、サーシャの未来は生け贄に選ばれた時点で潰えている。少なくとも、トランの村娘として生きていくことはもう、叶わないのだ。
「なんなら別の大陸に渡る段取り、つけてやろうか?」
その提案にサーシャは考え込んでしまった。無理もない。この期に及んで自分が生き延びるなんて考えてもみなかっただろう。ましてや、この後の身の振りを考えることなんてなかったはずだ。
「どうしたい?」
ともすれば悪魔の誘惑のような言葉で答えを急かすが、そこにあるのは100%完全に純粋な善意である。ちょっとした勘違いと運の悪さで村に居られなくなってしまった可哀想な少女を援助しようという粋な計らいだ。自分が勘違いの一端である以上、多少のことはしてやるべきだろう。もちろん、援助の見返りなんて求めない。そんなコトして魔王が神にでもなろうものならとんだお笑い草だww
「どうしたいと聞かれれば…ここに置いて頂くわけにはいかないでしょうか?」
何でもしますから、と付け加えた一言に歓声が上がる。煩い。そこ、黙れ。
「村には帰れませんが、近くにいて村を、家族を見守ることが出来たなら、それはそれは素敵なことだと思います」
「居たけりゃ居て構わないぞ。別に追っ払ったりはしない。面倒見たりもしないがな」
「ありがとうございます」
先程よりも深く頭を下げる。
かくして。前代未聞の生身で生きた人間の住民がここに誕生した。大概適当な治世であることは自認しているが、今回もまぁ、なるようになるだろう、ままならないならそれまで。と、ゆるく、甘く考えていた。というか、半分投げていた。
「うん、とりあえず服は着ようか?」
促されて服を拾うも、縛られた手では肩紐を結び直すこともできず、とりあえずは落ちないように胸元で押さえるのだった。
豹戦士「ただの骸骨のくせに……ルビがあるだとっ!?」
ロード「MOB過ぎて種族として扱われているだけだよ」
豹戦士「俺だってこんなに頑張っているのに…」ぐすっ
ロード「いやだって、パンサー・ウォーリアーとか長ったらしいじゃん?」