羽目を外したいだけではありませんか、陛下?
†魔王城:執政室
「だっしゃーっ!討伐完了ゥッッ!!」
遂に書類の山を完全攻略だ。そりゃあ、感極まって雄たけびの一つも上げるさ。高く掲げた拳で天を衝く。地味に増殖を繰り返す、それはそれは手強い相手だった……
「サーシャもよく手伝ってくれたな。助かったぞ」
「それほどでも」
と、照れながら頭を描くサーシャだが、実際、俺一人では絶対に攻略は不可能だったに違いない。間違いなく途中で飽きて、火ぃ放ってたぞ、コレ。
「完了祝いに何か奢っちゃるぞ。何がいい?」
「え、そんなのいいですよ」
「遠慮することないぞ。何かを成し遂げた後にはご褒美があって然るべきだ。頑張った部下をキチンと労うのも、上司の重要な役目だ。こないだ3丁目にオープンしたカフェなんかどうだ?結構評判いいって聞くぞ」
「そう言いながら、ご自分が羽目を外したいだけではありませんか、陛下?」
傍らに控えていたサタンは、見るからに面白く無さそうな顔をしている。まぁ、俺がお出掛けしたらしわ寄せが行くのは当然、サタンしか居ないからな。さもありなん。
だが、譲る気は毛頭ない。そりゃあ、髪の毛どころか、頭皮自体がひとっかけらも残っていないからな。
「頑張った俺にも、ご褒美があって然るべきだろう?」
「行ってもダーク・ブリッツ・サンデーは食べられんでしょうに……それに、もう1時間程で会議が……」
「どーせ軍略会議なんて言っても、上がってくるのは毎度お決まりの哨戒施設の老朽化問題とかそんなのばっかりじゃん。任せる」
サーシャは申し訳無さそうにしているが、気にしたら負けなのだ。無理矢理引き摺って部屋を出ると、暇をもて余してその辺をウロチョロしていたりっちゃんも小脇に抱えて、馬車に飛び乗った。
!ジストピア
りっちゃんを膝上に抱えて、専用馬車の中で揺られている間に、サーシャから希望があった。
「例のカフェも気になるんですが、別の物でもいいですか?」
「応。何でもいいぞ~!」
サーシャの方から要望が発せられるのは、極めてレアである。その“別の物”が何か、確認もしないまま即、承認した。食べられない死霊族二人に気遣った、という意味もサーシャならありそうな話だが、そこは気が付いたとしても触れないのが大人の対応だ。
そんな対応の結果行き着いたのは、ランジェリーショップだった。
「ほら、これ!可愛くないですか?」
そう言って試着室のカーテンを引いたサーシャが身に着けていたのは、ベージュ色の下着だった。ベージュというと、熟女……というよりも、もはやオバサン臭いイメージだが、最新の流行シリーズだというそれは、チューブトップ風のブラの真ん中がかなり大胆にくり貫かれている。大きく開いた逆三角形の周りを黒い糸であしらって、獣の顔にしてあった。
「……キツネ?」
「犬じゃないですか?」
「んもう!狼ですよ、狼。がおぅっ!」
あぁ、なるほど。って、そんな違い分かるか。恐らくはサーシャの胸部がもう少したわわであれば、布地が持ち上げられて穴が膨らみ、獣の顔もふっくらした顔付きになったのだろう。
それにしても、吼えても可愛らしいというか、微笑ましいのだが、この娘は。絶対に肉食系ではないくせに……
「個人的にはこっちの黒にゃんこの方が可愛いと思うんだが……」
「これにします!」
と、満面の笑顔で言われれば、ノーとは言えない。サーシャに限っては、アグレッシブなのは良いことだ。
「他には?」
別にサーシャ・ファッションショーの継続を促すわけではないが、訊いてみる。が、サーシャは十分ですと満足げに首を振った。
しかし、今回のハンコ押しのバイトで結構な給料が入るはずだが、なんでまた下着なんかを?もっと高い物でも全然構わなかったのに、またコイツ変な遠慮してんじゃねぇーのか?
……と、思ったが、どうやらその遠慮は、俺が思っていたものとは少し違ったらしい。
ここには、下着選びを楽しむことが出来ない系の女子もいたのだ。
今はきわっきわのヒモパンに恐れおののきながらも興味津々なご様子のりっちゃんだが、彼女が穿ける下着など、この店にはない。いや、「幼女にはドロワーズだろ!jk!」とか、そーゆー話ではなく、素材的な意味で、だ。
腐蝕系女子、りっちゃんが身に纏うには腐蝕耐性のあるものでないと大変なことになってしまう。
腐蝕耐性と言えば、毒やら酸なんかを全部ひっくるめた複合耐性になるので、無駄に稀少度が高い。具体的に例を挙げると、竜宮殿の宝物庫をひっくり返しても1着しか出てこなかったような代物だ。そんな物、街中のランジェリーショップで売っていてたまるか。
サーシャはお買い上げ商品の入った紙袋を、俺はりっちゃんをそれぞれ胸元に抱えて店を出る。
「あ、でもグリンに頼んでおいたヤツ、ぼちぼち出来上がるんじゃね?」
「あぁ、そう言えばそんな話もありましたね」
「ちょっと様子覗いて来るか」
「今からですか?!……今日って確か、豹の伝令官さんお休みでしたよね?二人で家でゆっくりしてるんじゃないですか?邪魔しちゃ悪いですよ」
「構うか。大体アイツ、MOBのくせに休み過ぎなんだよ」
珍しくサーシャは乗り気ではなかったが、その理由は現場に到着したらすぐに分かった。
サタン「では、会議を始める」
ヴェルウッド「ちょっと待った。参加者が少な過ぎやしないか?」
サタン「骸骨剣士は今、追放喰らっているし、UW54-Pはまだ修理中。陛下は、まぁ、いつものアレだ」
一同(……いつもの、アレか……)




