乗って!
短剣の舞娘は手短に勝つ為の算段を伝えた。一応声を潜めてはいたが、敵の目の前で作戦会議というのも舐めきった話だ。
「あの黒いの、ぶん殴るよ。全力で」
「バカな俺にも分かりやすい作戦だな。簡単すぎて涙が出らぁ。だが、アレに刃が立つものなのか?」
「うん、よーく見るとあの黒い本体の方には幾つか亀裂みたいなのがあるんだよね。そこを狙えばイケると思う。でも、アタシの腕力で足りるかなぁ……?」
激昂に駆られているかと思いきや、短剣の舞娘は意外なほど冷静に敵を観察していた。
「俺にはその亀裂とやらはちょっと見えねぇんだけどな。ま、お前の一撃が浅いようなら俺がそこに追撃をかませばいいだけだろう?それはいいとして、どうやってあのラッシュを掻い潜るつもりだ?」
「それは、根性で」
「おい」
「ってのは冗談で。フォーメーションSSDで行くよ」
「お、アレか」
「作戦会議は終わりましたか?」
UW54-Pの声は焦れている風ではなく、むしろ疲れが滲んでいるように聞こえる。機械族に疲労などないというのが通説だが、実際のところは長時間にわたって次元の裂け目を展開したことでかなりエネルギーを消費してしまっている。活動限界まではまだ幾分の余裕があるとはいえ、その消耗が倦怠感となって顔を覗かせていた。
「そっちこそ覚悟はいいんでしょうね?いくよっ!」
威勢よく叫ぶ短剣の舞娘だが、その姿は重戦士の陰に隠れていてUW-54Pからはまるで見えなくなってしまっている。逆に短剣の舞娘の方からも敵の姿は殆ど見えていない。その配置では重戦士が攻撃を避けれても、その背後にいる短剣の舞娘には回避は困難だ。
重戦士がジリジリとにじり寄る。距離にして一歩半も行かないうちに、UW-54Pがしかけた。二人が一直線上に並んでいるのだから、攻撃方法としては突きが効果的なはず、だった。
「左っ!右、右っ!」
短剣の舞娘の掛け声に合わせて重戦士の体が左に、右にと揺れる。不恰好なステップで、しかし確実に攻撃を避ける。短剣の舞娘にも、攻撃はかすりもしない。重戦士の陰からはみ出しても来ない。自分で指示を出しているのだから当然のように回避している。
声で重戦士を導きながら、一体となってワルツでも踊るかのような回避行動。かと思えば、
「右、左、中!中、左、右!!!!チャンスだ!」
僅かな攻撃の切れ目も、見逃しはしない。重連節棍が振り下ろされ、伸びきった円柱を打ちすえる。耳障りな金属音が鳴り響いたが、見たところダメージは認められない。
更に激しさを増したラッシュが二人に襲い掛かる。
「右っ!左、右、っ上!」
二人が宙へ舞った直後に、左右真横から奔った光の矢が壁を貫く。
この頃にはUW-54Pにも分かってきた。短剣の舞娘が重戦士の背後に隠れていることでどうしても攻め手が一点に集中してしまっているのだ。
先程と比べて攻撃対象が減ったことで攻撃の密度は上がっている。しかしその配置上、どちらを狙ってもほとんど変わらないという状況は、受ける側の立場からすればすべての攻撃が自分に向いていると割り切ってしまえるもの。ある意味、攻撃を誘われているとも言える。かと言って、それが隠れている短剣の舞娘が見もせずに攻撃を避け続けられる理由になるとは思えないが。攻撃を見切るだとか、読むだとかは、達人の域に到った者にだけに可能な芸当なのだ。しかし現実問題として、ラッシュの回転を更に上げても結果は変わらない。それどころか、レーザーを撃とうとした衛星が2機、投げナイフの餌食になっていた。二人がジリジリとUW-54Pの本体へと距離を詰めていく。
「↙、⬅、⬇」
「おいっ!ナビがなおざりになってないか?」
「乗って!」
「はぁっ?」
身を屈めて攻撃を躱すことは出来たが、その次の指示には着いていけなかった。足元を狙った突き2連撃を重戦士はサイドステップで躱す。躱すことは出来たが、短剣の舞娘のナビを外れてしまっている。次はどうするのか?と、短剣の舞娘の方を窺おうとしたところで、視線は短剣の舞娘とすれ違った。背後にいた短剣の舞娘が重戦士を置いて敵の方へと迫っていったのだ。敵が繰り出してきた足(?)に乗って。
「足同士がぶつかるような動きは出来ないんでしょ?どっからどこまでが攻撃の届かない領域かも、全部見えてるよっ!」
短剣の舞娘の指摘の通りなのか、UW-54Pは別の足で攻撃を加えるではなく、短剣の舞娘を振り落とそうと必死に足を振り回している。短剣の舞娘はと言えば、その上で左手に短剣を構え、右手は足元に添えて、低く屈めた体を左右に揺らし、巧みにバランスを取っている。
UW-54Pがその足を高く振り上げたところで短剣の舞娘は飛び降りた。短剣の柄尻に右手も添えて、全体重を預けた一撃。鈍い音を響かせて短剣は黒箱に突き刺さった。
「!!!」
「きゃぁっ!?」
が、それと同時に走った雷光が短剣の舞娘の全身を駆け巡る。弾き飛ばされ、背中を強く床に打ち付けたが、堪えられないダメージではなかった。UW-54Pの方も少なからずダメージを負ったようで、ガクガクとぎこちない動きで身を震わせていた。
「やったか!?」
「まだ!ってか、何やってんの?追撃は?!」
「無茶言うな!」
敵を挟んで重戦士は相方の無茶振りに抗議した。
重戦士は咄嗟のナビを理解してそれに従うことが出来なかった。それが出来ていたところで、短剣の舞娘と同じ様にあの激しく振り回される足から振り落とされないでいることはまず、無理だっただろう。しかし、ああでもしなければ、数メートルのこととはいえ、宙空にあるUW-54Pの本体を叩くことは出来ない。重戦士にそれだけの跳躍を要求する方が間違いだ。
何度かパリパリと小さな雷光をその表面に走らせていたUW-54Pがにわかに動き出した。大きく振りかぶってからの、叩き付け攻撃だ。だが、それを見逃す短剣の舞娘ではない。
「右っ!あっ、違っ!」
咄嗟のナビに重戦士は今度こそちゃんと従うことが出来た。だが、叩き付けを躱したその先には敵の第2撃が迫っていた。一瞬先に見える未来を、それで拒める筈もないが、短剣の舞娘は思わず目を瞑った。強く、強く。涙が溢れる程に。
鈍く金属のひしゃげる音が響いた後で、短剣の舞娘が再び目を開くことはなかった。




