これは確かに、魔王様の手には負えませんね……
うっそうとした木々の生い茂る中、道は続く。辛うじて道と呼べるほどに踏み分けられた道が、森の更に奥へと導く。
流石のサーシャも今日は歌っていない。どこまでも冷たく澄み渡る空気に当てられたのか、辺りをキョロキョロと見回しながら無言で着いてくる。あるいは、今朝の話に緊張してしまったのか。
朝方出発前に今回の任務内容とイルヴァーニャ霊廟に到着してからの作戦を簡単に説明している。作戦と言うほど大層なものでもないが、それはすなわち――
「今回の任務はイルヴァーニャ霊廟に現れた者に元いた場所にお帰り頂く事だ。出来れば今後再び同じことの無いように交渉したい」
「戦闘はナシな方向ですね?」
安堵と不満の入り混じった顔の豹の伝令官を睨みつける。
「何があっても絶対に手出し無用だ。いいか?お前にできることは何一つない」
「わっ、分かりました……」
本気の魔王の威圧が豹の伝令官を怯ませる。ほんと、途中で追い返すべきだったかなー……?
「まぁ、俺にも出来ることは何もないんだがな」
「えっ!?それじゃぁ、どうするんですか?」
「全部サーシャにやってもらう」
「はぁっ?」
「えぇ!?」
「ある程度魔法で援護してやるが、直接事に当たるのはサーシャだけだ。俺とお前は遠くから見守るだけ」
そう、コレはサーシャの仕事だ。このためにサーシャをここまで引っ張り出してきたのだ。決して俺がいちゃラブしたいがために連れ回してたわけではない。
「サーシャ、これはお前にしかできない任務なのだ。やってくれるな?」
「えっ……えぇ。…………でも、本当に私なんかで大丈夫なんですか?」
不安げなサーシャの肩に手を添える。
「心配すんな。お前にとっては赤子の手を捻るより簡単だ」
俺にとっては、赤子の手を捻ることほど難しいこともそうそうないがな。
以上、回想終わり。
「それにしても……よくよく仕事をボイコットする人だとは思ってましたけど、遂にサーシャにまで仕事を丸投げするなんて……」
「いやいや、お前、話聞いてなかったのか?だからこれはサーシャにしかできない任務なんだって。初めからそのつもりでサーシャを連れて来たんだって」
豹の伝令官の呟きに必死に抗弁する。が、その視線には疑惑の色が増すばかりだった。当のサーシャは辺りの様子を注意深く窺いながらついてくる。
やがて、木々が途切れ、目的の地がその姿を現す。サーシャが小さく声を上げた。
「ここは……」
イルヴァーニャ霊廟――その朽ちかけた石造りの遺跡は、森の中の沼の中に厳かに、そして静かに佇んでいた。その静謐な様はまるで、遥か太古の時代の空気をゆっくりと吐き出しているかのようだった。
元々沼地に建てられていたのか、それとも沼地が遺跡を侵食しつつあるのか。それはどちらが正しいのか定かではないが、遺跡は一本の参道を除いて沼に取り囲まれている。
遺跡には入らずに森の中を迂回してゆくと、ちょうど真横から遺跡の中の様子を窺うことができた。
――――いた。
環状列石の中央に設けられた祭壇に、それ――――彼女はいた。
報告よりも数段手強そうだった。
供犠台の上に腰を下ろし、放り出した両足をぶらぶらと揺らしている。
傍らに並べられた中から一際大きなアケビを手に取ると、大きく口を開けて齧り付いた。
「……っくっ…………」
「ロード、冷静に!」
その姿を目の当たりにして、思わず呻き声が漏れてしまう。豹の伝令官の静止に何とか我を保つ。
「あれは確かに、魔王様の手には負えませんね……」
自分がこれから対峙する相手の姿を確認してサーシャが顔をしかめる。
ふてぶてしくも供犠台の上に鎮座していたのは、簡素な服に身を包んだ赤髪のぷっくらとしたほっぺたのニンゲンの女の子(推定5才)――――要するに、幼女だった。
ロード「お……お持ち帰りしてぇ……」
豹の伝令官「でもアレ、イルヴァーニャに捧げられた供物でしょう?横取りするんですか?」
サーシャ「というか、あの子をお家に帰してあげるっていう任務だったんじゃぁ……」




